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第百肆章 教皇対冥王

「ほれほれ、どうしたどうした、当たらねェぞ、デカブツ」


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 三池月弥は洞窟を移動しながら冥王の攻撃を躱している。

 月弥の体術と空間認識能力は並外れているのだ。

 月弥は夜も明けきらぬ内に起き出して独自の鍛錬をしており、両手に木剣を持つと闇そのものと化している山へと入る。

 立つだけでもツラい急斜面を駆け登りながら迷路のように密集している木々を躱しつつ木剣で打つのだ。

 これにより強靱な握力を鍛え、あらゆる武術で要となる足腰を鍛え、空間認識能力も同時に養ってきた。

 月弥の体は実体を持ちつつも精霊に近い存在と化している為にいくら鍛えても成長できないと前述したがご記憶であろうか。

 しかし、それでも修練を積む事で勝負勘や技術を養う事はできる。

 事実、一メートル強ほどの矮躯かつ非力でありながら魔界の強豪や勇者などに打ち勝ってきており、魔王を別とすれば魔界の武の頂点に君臨しているのだ。

 ちなみに月弥の鍛錬は夜中に山中を移動する木を叩く音から『天狗の山走り』と名付けられ、剣術界の重鎮達から『野州の小天狗』と渾名を付けられている。

 これは月弥の天狗を思わせる身軽さを称えたものであるが同時に自らの力量に自惚れて天狗になるなという戒めも込められているのは云うまでもない。


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


「あん?」


 殴りかかってくるものと思ったが様子が可笑しい。

 不気味な鳴動と共に冥王の腹部が波打っているのだ。


「やっべ! 悪い予感がしやがる!」


 なんと冥王の腹から砲弾のようなものが撃ち出されたではないか。

 彼女(?)の体を構成している垢を硬質化して射出しているのだ。

 虚を突かれたが、これまでの戦闘経験からすぐに心を凪ぐ事ができた。

 大砲の如く撃ち出される垢を月弥は身を捻って躱していく。

 いくら速くても軌道が真っ直ぐである以上、月弥程の体術を得ていれば躱しながら接近することも可能であった。


「おっと! 今のはヒヤッとしたぜ。なかなか小器用な事をするじゃねェか」


 そう云いつつ危なげなく躱すが、その直後に驚く事となる。

 なんと躱したはず垢の砲弾が地面に着弾すると人型に変形して背後から月弥に襲いかかってきたではないか。


「待て、待て! そんなン有りか?!」


 冥王の砲撃は当たれば重量と速度だけでも十分に殺傷力はあるが、躱されたとしても分身として操る事ができたのである。

 冥王からの砲撃は続き、月弥はいつの間にか垢人形に取り囲まれていた。


「怖っ! もはや神というよりモンスターだな。事実、神気よりも怨念の瘴気が勝ってきてやがる。いや、勝ってきているというより怨念を取り込ンだか?」


 月弥の推察通り、冥王の怨念そのものも膨れ上がってきているが、同時に周囲の怨念を取り込む事で力は際限なく上がっているのも確かな事だ。


「はっ! むしろ戦いやすいぜ!」


 窮地ではあるが月弥の表情に絶望はなかった。

 むしろ獰猛な笑みさえ浮かべているではないか。

 月弥は刀身に光を灯すと垢人形の一体を斬り裂く。


『ぎゃああああああああああああああああっ!!』


 斬られると同時に破邪の光に灼かれた垢人形は脆くも崩れ去る。

 冥王本体から切り離された垢人形は怨念のみで神気は無く、破邪の技をもってすれば容易く斃すことができた。


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 しかし垢人形に囲まれながら冥王の重量攻撃を躱すのが段々厳しくなってくる。

 垢人形の数が多過ぎるのもあるが月弥の体力とて無限ではないからだ。

 疲労と際限ない分身の攻撃に流石の月弥も苛立ちを隠せない。


「だァ! 鬱陶しい! 流石に恰好つけすぎたか。一人じゃなくてヴァレンティーヌの嬢ちゃん一人くらいついてきて貰えば良かったぜ!」


 収納魔法『セラー』からエナジードリンクを取り出して飲み干す。

 月弥は空き缶を後ろに放り投げるが、そこへ黒い渦が生じて収納した。

 緊急時でも空き缶のポイ捨てをしないところに月弥の根が生真面目である事が知れたものだ。


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 垢人形を斬り捨てるたびに冥王の体も小さくなっていくが攻撃の激しさは益々増していくばかりで衰える事を知らない。

 死が近づくごとに力を増す冥王の執念には、然しもの月弥も呆れたものか敬服すべきか迷うものがあった。


「せめて奥義で葬ろう! なんつってな!」


 冥王が月弥を踏み潰そうと右足を上げた隙に横薙ぎで左足を斬り裂く。

 攻撃は巨体という事もあって速いのだが、その巨体故に予備動作は遅い。

 破邪の光に灼かれながら冥王は地響きを立てて転倒するが月弥は止まることなく、横薙ぎの勢いのまま振り返りつつ剣を上段に振り上げて背後から抱きつこうとしていた垢人形を両断した。

 前後の敵に挟まれた際に前方の敵を斬りながらも背後の敵に一撃を与える三池流『三日月』といい、並外れた空間認識能力を必要とするまさに奥義だ。

 体を回転させながらの横薙ぎが美しい三日月の弧を描く事からつけられた名であるが、見えぬ背後を三日月の欠けた大部分に見立てている。

 背後の敵を捉えつつ前方の敵を攻撃する気概も必要としており、前方の敵との間合いを半間(約90センチメートル)とし後方から迫る敵との間合いを一間(約1・8メートル)とするのが理想としているが月弥は『天狗の山走り』で培ってきた空間認識能力によって理想に囚われず前後の間合いは変幻自在であった。

 事実垢人形の知性は皆無に等しいが獰猛果敢であり攻撃も素早く、前方半間、後方一間の間合いでは冥王への横薙ぎから後方への攻撃は間に合わなかったであろう。

 実戦の積み重ねと天才的なセンスにより可能な芸当である。


「さぁて、親玉が寝ている間に子分共を駆逐してやるか!」


 重量攻撃が無ければ有象無象を斬るのは容易い。

 瞬く間に垢人形を撫で斬りにしていく。

 兎に角、数で来られるというだけでも圧倒的に不利だ。

 冥王という司令塔が動けない内に減らす必要があり、しかも垢人形を滅ぼす事は冥王の肉体(?)そのものを削る事にも繋がる。

 神である冥王本体はいくら傷つけても修復されてしまうが、切り離された垢人形は怨念のみで動いているので滅ぼす事が可能だ。

 それに持久力の乏しい月弥も限界に近い。

 決着を早める為にも垢人形の殲滅は不可欠であった。


「有り難く思えよ? 普段はバトルに魔法は遣わねェ主義の俺が大盤振る舞いしてやるンだからよ!」


 月弥が掲げた右の人差し指に巨大な火球が出現する。

 それだけでも熱量で垢人形達の表面が乾燥してヒビ割れていくが、それだけでは終わらず、なんと太陽を思わせる火球が見る見るうちに小さくなっていくではないか。

 勿論、魔力が萎えているのではなく、火の魔力を凝縮しているのだ。

 やがて火球は目にも映るか映らないかまでに小さな点になってしまう。


「俺にとって魔法を極めるってのは多くの魔法を修得する事じゃなくてな。一つの魔法を徹底的に極め尽くすって事なんだ。で、長年かけて『プロミネンススフィア』を極めた結果、誰もが畏れ入っちまう魔法を編み出した。これが俺の火系必殺魔法(・・・・)! 『クリムゾンライン』だ!」


 初歩にして基本である火系攻撃魔法で敵に火球を撃ち出す『プロミネンススフィア』を極めたという月弥は一度に複数の火球を撃ち出したり、巨大な火球を生み出す事ができる。

 しかし月弥はそれで満足せずに最大にまで高めた大火球を極限まで圧縮して撃ち出す新魔法を編み出してしまう。

 その熱量は岩どころか火吹き竜の鱗までをも融解させる程であり、しかも糸よりも細い線、或いは点にしか見えず、見切る事はほぼ不可能である。

 圧倒的熱量により防御も不可能で、躱すにも魔力の流れそのものを視る(・・)事ができなければ無理だろう。

 月弥の持ちうる魔法の中でも最も破壊力を誇るまさに必殺魔法(・・・・)だ。

 魔界軍の中でも月弥は剣士ではなく魔法遣いにカテゴライズされている事に不満を持っているそうだが、『クリムゾンライン』を筆頭に畏るべき必殺魔法をいくつも秘している事を考えれば納得であろう。


「あばよ。雑魚でも数の暴力は侮れねェって教訓をくれた事は感謝してやるぜ」


 月弥が人差し指を一閃させると垢人形達は一瞬にして燃え上がって消滅した。

 これが人類を裏切り魔界に魂を売った騎士、フェアラートリッターの中で筆頭として君臨している月弥の魔法である。

今回は月弥と冥王の戦いをお送りしました。

滅びが近付くにつれて強くなっていく出鱈目仕様です。

月弥は一人で戦っていますが魔界軍で魔王に次ぐ実力があればこそですね。

聖女では全員揃っていてもあっという間にペシャンコだったでしょう。


月弥は事実上の精霊なのでいくら鍛えても身体的に成長はできませんが、それでも修行を続けているのは作中にもある通り、技術は磨く事ができるからで、持って生まれたセンスによって冥王の重量攻撃にも対処できるのですね。

また月弥は魔力量を見れば最高位の精霊に匹敵しますので精霊魔法遣いとしては作中ほぼほぼ最強です。

月弥にとって魔法を極める事は基礎の魔法をも極め尽くす事で、最弱の火球を撃つ『プロミネンススフィア』を極めた結果、最大限にまで魔力を増幅した火球を極限まで圧縮して撃ち出す『クリムゾンライン』という必殺魔法を編み出してしまいました。

彼は最弱の基本魔法だからこそ応用がきいて、いくらでも強化できると考えています。

熟練の魔法遣いでも真似は出来ず、圧縮する事は可能でも見えるか見えないかまでは無理ですし、撃ち出すとなったらもう不可能です。

下手をすれば暴発して圧縮した魔力を自分で受けて滅びてしまうでしょうね。

必殺魔法は基本を大切にする気持ちと武道で鍛えた精神力のなせる業です。

勿論センスも神掛かっていますが、結局のところ努力に勝る才能無しといったところですね。


垢人形を殲滅して冥王の力をかなり削ぎましたが、まだまだ決着ではありません。

どんどんパワーアップする冥王に果たして月弥は勝てるでしょうか?


次回は聖女対終点の中盤戦となります。

こちらも激闘ではありますが同時に騙し合いも含めた頭脳戦ともなるでしょう。

まだ謎のベールに覆われている竹槍仙十の実力は如何に。


それではまた次回にお会いしましょう。

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