表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/170

第百参章 隠された死の道

「面倒なことと痛いのは嫌いでゲス。なので、さっさと死んでおくんなさい」


 鈴笛終点(すずふえしゅうてん)が姿を消した途端、四方八方から無数の竹筒が飛んできた。


「結界を張れ! 爆弾じゃ!」


 竹筒から紐が伸びて火花を散らしているのを見たゲルダが叫んだ。

 聖女達は即座に結界を張り、爆発に備える。

 その直後に大浴場内で大爆発が起こり、炎で包まれてしまう。

 呪文を詠唱せず咄嗟に張ったものであるが聖女六人によるものであったので爆発の炎熱や衝撃にも十分に耐えられた。

 しかし、耐えたのは結界のみであって浴場は耐える事が適わず床が抜けて落下してしまう結果となる。


「チッ! 何が賑々しくだ! 無茶しやがって!」


「聖女殿達は結界の維持を! 私が補強する!」


 すぐさまキルフェが爆発の衝撃と落下の動揺で緩んだ結界を張り直し、月弥が浮遊の魔法を遣ってゆっくりと降下する。

 結界の御陰で衝撃と熱は遮断されているが流石に爆音はどうにもならずに驚いたローデリヒ皇子の娘が泣き出してしまう。


「おのれ、私の娘を泣かせるとは許せん」


「だ、大丈夫ですよ! 何も怖くはないですからね」


 イルメラが『安息』の波動を手の平から発して赤ん坊を落ち着かせる。


「今、静かにしてやるからな」


 アンネリーゼも空気を操って防御結界の内側に『防音』の結界を張り、爆音から赤ん坊の耳を守ってやる。


「ああ、面倒臭い。結界を張るなんて往生際が悪いでゲスよ」


 下の階にまだ着いてもいない内に第二波の爆弾に囲まれる。


「一人でどうやってこんだけの爆弾を投げてんだよ!」


 ベアトリクスが無数の火球を作ると全ての竹筒を包み込んだ。

 火薬が詰まった竹筒に火球を放てば余計に爆発を起こしてしまうだろうと思うかもしれないが、ベアトリクスが放った炎は『獄炎(ごくえん)』といって文字通り地獄から召喚した滅び(・・)の炎であり、爆発させる間も無く、爆弾を焼き尽くしてしまう。

 竹筒に覆われた火薬に水を掛けるよりは確実である為にゲルダもあえて水や氷を出さずにベアトリクスの判断に任せた。

 第二波を退けると同時に彼らは浴場の下の階へと着地する。

 同時に第三波の竹筒が押し包むように飛んできた。


「地面に着いたらこっちのものよ! 『タイタンウエーブ』!」


 それを予測していたイルゼは予め詠唱を済ませており、着地と同時に土砂の津波を起こして竹筒を全て押しやった。

 『タイタンウエーブ』は土属性の高位魔法で大量の土砂の巻き上げる。 

 この土の波は周囲の敵を薙ぎ払う強力な攻撃魔法であると同時に強固な物理特化の防壁となるのだ。

 結果として爆弾は遠ざけられて爆発の威力も届く事はなかった。

 もっともおシンの秘密基地は大破壊を(こうむ)る事になるのであるが、そこは勘弁して貰いたいところだ。


「第四波が来ないわね? 押しやった爆弾の爆発に巻き込まれた…訳ないわよね」


「そりゃそうだろ、イルゼどん。そんな間抜けが悪名高い竹槍一味の首領なんか務まらねェ。野郎、何を企んでやがる?」


 イルゼの疑問にアンネリーゼが答える。

 手下の『百化け』の白蔵主(はくぞうす)でも苦戦を強いられたのだ。

 その白蔵主を手足として遣う竹槍仙十がこれしきで死ぬとは思えない。

 すると足元を振動が襲ってきたではないか。


「何だ、地震か? それとも建物自体が崩れてきてるのか?」


 その時である。

 壁を砕いて巨大な腕が飛び込んできた。


(くせ)ェ! この垢だらけの腕はとうとう冥王に嗅ぎつけられたか!」


 おシンによって幻術の迷路に迷わせていた冥王であったが連続した爆発音で流石に惑わされていた事に勘付いた。

 そして脆くなった壁の向こうから生者の気配を感じ取って腕を伸ばしたのだ。

 これまでの爆撃は冥王を誘導する事が目的だったのかも知れぬ。


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 憎悪を呑んだ呪詛の声が洞窟内に響き渡る。

 腕が引っ込むと不器用に泥で拵えたような人形が覗き込んでいた。

 目も鼻も口も耳も無いのっぺらぼうだが、こちらを視認している事は分かる。


「俺を御指名かよ。しゃーない。ちと行って大人しくさせて来っから竹槍の方は任せても良いか? 野郎は野郎で狙いはゲルダ、お前さんだろうしな」


「それは良いが、そなたの方こそ大丈夫か?」


「なぁに、五衰作戦は裏目に出ちまったが戦いようはいくらでもあるさね。あの力太郎(・・・)に俺の指名料がどんだけ高くつくか教えてやるよ」


 月弥は不敵に笑い、冥王の成れの果てに飛び出していった。


「はぁい♪ ご指名頂きありがとうございまーす♪ ミーケです♪」


 月弥が抜刀すると、なんと刀身が炎に包まれたではないか。

 外に出ると同時に跳躍し、這い蹲って覗き込んでいた冥王の頭部を両断した。

 垢の塊が燃える何とも云えない悪臭が立ち込める。

 しかし截断された頭を両手で掴むと何事もなかったかのように修復してしまう。


「断面を焼けば或いはと思ったが、やっぱ、そう簡単にはいかねェか」


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 冥王は腕を振り上げると指が無くて拳とはいえぬ先端を叩きつける。

 月弥はその巨体に相応しい重量と速度を持つ攻撃を軽やかに躱すと基地から冥王を遠ざけるべく走り出した。


「ほーれほれほれ♪ 鬼さん、こちら♪ 手の鳴る方へ♪」


『ミイイイイイイイイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』


 振動と呪詛は瞬く間に遠ざかっていった。

 こちらも呆けてはいられない。

 結界を解くと移動を開始する。


「おシンよ。まずはローデリヒと赤子、それにキルフェを脱出させたい。脱出装置とやらに彼らを案内してやってくれ」


「承知しやした。こちらでやす」


 先導するおシンに聖女達はローデリヒを囲む格好で追従する。

 いつ竹槍仙十こと鈴笛終点の攻撃が再開するか分からない為に警戒しているのだ。


「ゲルダ殿、私も…いや、ローゼマリーの安否が知れぬ今、この子を一人には出来ぬか。すまない」


「そういう事じゃ。キルフェも教皇という立場を忘れてはならぬぞ」


「承知」


 キルフェも内心ではゲルダに加勢したかったが、今の自分は幼い子供の姿だ。

 転生武芸者だった時ならまだしも地獄の業火で浄化された今は人間へと戻っており、体得していた三池流の技もどこまで遣えるか分からないのでは足手纏いにしかならぬのは考えるまでもなかろう。

 悔しいが、今は意地を張っている時ではない。

 ローデリヒと共に安全な場所へ避難することが、一番の助力だ。


「けど竹槍のヤツ、どうして攻撃を仕掛けてこない? 脱出をする時に出るだろう隙を待っていやがるのか?」


「さてな、終点は御庭番であったがな。本人が戦っているところはワシも二度三度しか見ておらぬ。それも見ていて危なっかしいものであったわえ。密偵としては優れていたが武の者ではなかった…はずじゃった」


 鈴笛終点との付き合いは十年ではきかないが、まったく気配を感じさせない恐ろしい隠密であったとは知らなかった。

 御庭番を創設した徳川吉宗とて知らなかったに違いない。

 知っていたら前世・仕明(しあけ)吾郎次郎に打ち明けないはずがなかった。

 越前の孤児であった吾兵衛は葛野(かずらの)藩士・仕明二郎三郎に拾われ、吾郎次郎の名を与えられた。

 葛野藩主・松平頼方、即ち後の八代将軍・徳川吉宗の寵愛を受け、馬廻りとして尾張の継友・宗春兄弟から送られてくる刺客から守り抜いてきたのだ。

 二人の絆は兄弟のように強く、そして深かった。

 その吉宗が吾郎次郎に終点の本質を伝えていなかったのは知らなかったからだ。

 それだけに鈴笛終点の思考を読む事がゲルダには出来なかった。


(ワシにさえ十年以上も真の実力を悟らせなかった終点…畏るべき敵よ)


 かつての戦友が次にどのような攻撃を仕掛けてくるのか、思案をしていると前を歩いていたヴァレンティーヌにぶつかってしまう。


「おっと、どうした急に立ち止まって? 何かを見つけたのか?」


 声を掛けるがヴァレンティーヌからの返事はない。

 しかも僅かであるが彼女の体が震えていた。


「おい、どうしたな?」


「げ、ゲルダさん…私を置いていって下さいまし」


 いきなり何を云い出すかと思うまでもなく、ヴァレンティーヌが震える指で床を指し示したではないか。

 視線を下ろして、然しものゲルダも絶句させられた。

 彼女の足元には円盤状の物があって、その真ん中を踏んでいたのである。

 少し前のヴァレンティーヌであれば、そのまま足を離していたであろう。

 しかしイルメラとイルゼから地球の兵器である地雷についても聞いていたのが幸運であったようで、自分が踏んだ足元の異物が地雷だと気づき、心臓が凍りつくような恐怖を感じた。

 動けば爆発する。

 彼女は震える足をどうにか動かさないように、必死に息を殺し、恐怖に耐えた。

 土に埋められたならまだしもリノリウムの廊下に設置してある地雷など踏みそうにないと思う向きもあるであろう。

 勿論、脱出を急いていた為に足元の警戒を疎かにしていた非もあったが、終点の地雷は恐ろしい事に設置した廊下と同色に擬態していたのである。

 これは態々塗装した訳でもカラーバリエーションが豊富だった訳ではない。

 二十一世紀に生きる隠密集団が開発した特殊な地雷で設置した場所をAIが判定して、その場に合った色に擬態するという恐ろしい地雷であった。

 しかも厚さは1センチにも満たず、踏むまで気付く事ができなかった。

 警戒して進んでいたから気づいたが、急いで走っていたら、爆発していただろう。


「地雷じゃと?! 終点め、道理で攻撃をしてこないと思ったわえ。あやつ、罠をせこせこと仕掛けておったか!」


「せこせことは聞き捨てならないね」


「終点!」


「うふふ、その通路には地雷がたくさん仕掛けてあるでゲス。見えるかい? あの細い糸。触れるとドッカンだよ」


 目を凝らしてみれば確かに電灯の光を受けて細い紐状にキラキラと反射しているのが見えるではないか。

 しかも廊下を縦横無尽に張り巡らせてあるようだ。


「その糸は無色透明で限界まで細くしたものでゲスよ。勿論、触れれば信管が起動してドッカンという仕組みでゲス。ご理解頂けましたでゲスか?」


「それがどうしやした。脱出装置は一カ所だけじゃありやせんぜ。引き返して別の所に行くまでやすよ。それとも基地の全ての廊下に罠を仕掛けてるとでも云うつもりでやすかい?」


 この秘密基地は用心深いおシンが建造したものであるからか、脱出する方法はいくつも用意してあるらしい。

 ヴァレンティーヌが踏んだ地雷も恐ろしいものであるが、所詮は人が作った物である以上は解除する事も可能だ。


『そうはいかん。これを見ても別の脱出路を行くつもりか?』


「この声は?!」


 聞き覚えのある声にアンネリーゼが驚いた。


『久しぶりだな。約束通り、また(まみ)えたぞ』


 彼らの前に四角くて黒いものが現れる。

 それはモニターのように光が灯って映像が映し出された。


「こ、これは!」


 いつもの下卑た笑みも消えておシンが驚愕に目を見開く。

 どこかは分からないが倉庫のような場所で神職姿の男女が拘束されていたのだ。

 おシンの手下達は脱出しようとしていた所を竹槍仙十の配下の者達に捕らえられたに違いない。


『引き返せば一人ずつ人質の頭を撃ち抜く。貴様達に許される事は、その地雷原を進む事と地雷を解除する事、そして竹槍の御頭の一人、終点様と戦う事、この三つのみだ。勿論、『錫杖(しゃくじょう)』の手下なんぞ貴様ら聖女サマからしたらどうなろうと知った事ではないのかも知れぬがな』


「て、テメェ、白蔵主(はくぞうす)、やっぱり黄泉返ってやがったか?!」


 アンネリーゼは、映像の中で人質達に銃を向けている非情の殺し屋を睨む。

 見覚えのあるその顔はやはり白蔵主のものであるが、一揆勢のアジトで対峙した時とは様子が異なり、耳は尖り、目の強膜は黒く、瞳が赤く変じていた。

 明らかに転生武芸者の特徴である。


「本当に白蔵主か。話しに聞いていたし教皇キルフェ殿の変わりようを目の当たりにしているが、死人を復活させるなど未だ信じられぬ」


『皇子殿も久しいな。だが安心しろ。今回は動くなとは云わぬ。地雷原を進みつつ終点様と戦えと申しているのだ。脱出路を目指す事を妨げてはおらぬのだから文句はあるまい?』


 歯噛みする聖女達とは逆におシンは不敵な笑みを浮かべたではないか。


「ようがす。要するに地雷原(ここ)を生きて通って終電(・・)野郎をぶちのめせば良い話で御座ンすね。なら行ってやろうじゃねェですかい」


『終点様だ。だが、これは驚かされたぞ。生きた悪霊と畏れられたおシン殿は意外と人情家のようだ』


 おシンを揶揄(からか)って嗤う白蔵主であったが、突如、息を呑んで聞くに堪えない笑い声を引っ込めてしまう。


「アンタ、白蔵主とか云いやしたかい?」


『あ、ああ…』


 白蔵主は明らかにおシンを見て怯えている。

 先頭にいる為に聖女からはおシンの顔は見えないが、背中を見れば彼の怒りがありありと感じられた。


「テメェ、誰の仲間(・・)に無粋なもん向けてやがる。よし、決めたぜ」


『き、決めた? な、何を云っている?』


「テメェは殺さないでやる」


『はぁ?』


 言葉の意味が分からず白蔵主は間の抜けた声を漏らした。

 普通と云っては語弊があるが、こういう場合は“真っ先に殺してやる”とか、逆に“殺すのは最後にしてやる”と云うべきではあるまいか。


「テメェはケツから飯を喰って口からひり出すように内臓の位置を変えてから永遠に生きられるようにしてやる。精々楽しみに待ってな」


『ぐっ!』


 おシンから放たれる濃厚な殺気に白蔵主は思わず半歩下がり人質から銃口を下ろしてしまっていた。

 だが、今更おシンは許す気は無く、声も無く笑っている。

 その異様な雰囲気に呑まれかけていた聖女達であったが、不意におシンが殺気を引っ込めて首だけを後ろに向けてニンマリと笑うと何故か救われた思いをしたものだ。


「と云う事なのでさっさと行きやしょう」


 彼女達は一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 いつの間にか、おシンの手の中に地雷があったのだ。

 ヴァレンティーヌが慌てて足元を見ると、なんと踏んでいた地雷が無いではないか。


「え? 気付きませんでしたわ?!」


 おシンが前方に地雷を投げると爆発が起こって無数の地雷やブービートラップを巻き込んで安全を確保してしまう。

 爆炎と爆風が迫ってくるが、その寸前で障壁が床から迫り上がって彼らを守った。

 繰り返しになるが秘密基地を建造したのはおシンである。

 ならば床に継ぎ目が見えなくても、どこに防護壁があるのかなど頭に叩き込んでいるに違いない。


「竹槍だか竹竿だか知らねェが、誰に喧嘩を売ったのか、教育してやる必要がありやすね。終電? なら、ここがテメェの終着駅だよ」


「終点でゲスよ。鈴笛終点、以後、お間違えなきよう」


 彼らを爆風から守った障壁の手前、天井に貼りついた終点が細い目を開いておシンを見詰めている。

 その目には冷徹な光が宿り、不気味な笑みが浮かんでいた。

長かった聖都編も漸くラスボスとの最終決戦に入りました。

と思ったのも束の間、終点と冥王に分断されてしまいましたね。

月弥は冥王を秘密基地から遠ざけるべく離れていきました。

そしてゲルダ達を待ち受けていたのは地雷原です。

AI搭載の地雷なんてコスト度外視も良い所ですが、これもまた外連です。

作中、テンポの都合でカットしましたが、この地雷は適切な擬態の判断だけでなく敵味方の区別もつきます。

敵が踏めば爆発しますが、味方なら踏んで足を離しても爆発しなかったりします。

おシンの機転で大半は破壊しましたが、まだまだ安全ではありません。

そして、ついに姿を見せた終点ですが、追い詰められてはおらず、引き出しも残っています。

果たしてゲルダは終点を斃し、月弥も冥王に引導を渡すことが出来るでしょうか。


それではまた次回にお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ