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第捌拾捌章 聖女と小悪党の約束

「回廊を抜けるとそこは洞窟だったってか?」


 荘厳な城の下に洞窟が広がっているという光景は珍しい事ではない。

 敵に襲われた際には外へ脱出する為の避難路としているからだ。

 ただしヴァルプルギス家に限って云えば脱出路として使われてはおらず、むしろ忌まわしいモノ(・・)を封印する為に用いられているという。


「ぐっ…また見る事になるのか…」


「ベアトリクス様、大丈夫ですか? 失礼しますね」


 自らを抱きしめるかのように二の腕を抱いて震えるベアトリクスにイルメラは手の平から波動を出して彼女を包み込んだ。

 “闇”と“安息”を司る『狼』の聖女であるイルメラは怒りや恐怖、憎しみといった激しい感情を癒やし安寧を与える事が本来の役目である。

 枢機卿オリバーに操られていた時はその力を悪用されて理不尽な偽の神託への正当な怒りを燃やす地主達を強制的に宥めていたが、解放された今は己の罪と向き合いつつ元の使命に邁進していた。

 闇色をしながらも温かい波動は砂浜に書いた文字を波が掻き消すかの如くベアトリクスの胸を支配する恐怖を拭い去る。

 やがて落ち着いたベアトリクスは巨躯に似合わぬ醜態を晒したと恥じると同時に詫びたものだ。


「謝る事じゃねェが、ベアどん、もう大丈夫なんだな?」


「ああ、見苦しいところを見せちまったがイルメラの御陰で持ち直した。もうニ度と無様は晒さねェよ。何なら金打(きんちょう)しても良い」


「そこまでしなくても…いや、ベアどんの気が済むならしてもらおうかい」


 金打とは武士同士が堅い約束をする際に鞘から刃を少し出し、鍔を鞘に打ち合わせて音を鳴らした事に由来している。

 厄介事が起こると異世界より勇者を召喚して事態を収めていたからか日本の文化もまた持ち込まれる事がしばしばあった。

 ある時代の勇者が魔王打倒と誓う為に金打したところ、それが騎士達の琴線に触れたようで広まっていったそうな。


「では私もご一緒しても宜しくて?」


 ヴァレンティーヌもイルメラの力によって持ち直したようで愛用のサーベルを手にしていた。


「勿論、一緒にやろうぜ。我らはこれより如何なる恐怖が待ち構えていようと勇気を持って進む事を誓う」


「そして如何なる困難が待ち受けていようと怯まず立ち向かう勇気を持ち続ける事を誓います」


 二人はカットラスとサーベルを少し抜くと鞘に打ちつけて澄んだ音を立てた。

 これで二人の聖女の誓いは成され、それにより勇気のよすが(・・・)となるのだ。


「そろそろ奥に案内してもよう御座ンすかね?」


「ああ、待たせちまったな。もう二人は大丈夫そうだ。再開してくれ」


 おシンからすれば足止めを喰った事への皮肉のつもりであったがアンネリーゼは待っていてくれていたと解釈したようだ。

 聖都の暗黒街を支配する大親分であるが聖女でもある為か、基本的に人が良いのである。


「ったく、人品卑しからずは結構な事だがな。そんな様子じゃこの先が思いやられるってもんだぜ」


 聖女達には届かぬ小声とはいえ()を出して舌打ちするおシンにゲルダはニヤリと笑ったものだ。


「何ですかい? 云いたい事がおありのようで御座ンすね」


「いや、善良な乙女達に苛立って舌打ちとは随分と可愛げがあるものよ、と思ってのゥ。あの教皇ミーケさえも畏れる幻魔王殿も人の子と知れて安心したわえ」


「よして下せェ。やつがれにとっちゃあ忌々しい呼び名ですぜ。やつがれを諸侯王の一柱に(ほう)じて魔界に押し込めようって天界のハラ、思い出すだけでも(はらわた)が煮えくり返るったらありゃしねェ」


 おシンは顔を顰めて手を振ったものだ。

 そんなおシンにゲルダは呵々(かか)と笑う。


一度(ひとたび)その錫杖(しゃくじょう)を鳴らせばどんな大店(おおたな)の金蔵も(あるじ)自ら開かせ、どんな大貴族さえも(かしづ)くようになるというではないか。偉大なる幻術遣いに相応しい称号であろうさ」


「白々しい。幻術なんざ大層なモンじゃないって(こた)ァ貴方様も御承知でしょうや。相手の心が強けりゃ、それだけで幻と見抜かれちまう。幻術に落とし込むには騙されざるを得ない状況と念入りな下準備が必要なんで御座ンすよゥ。一つ目(・・・)ンなって“お化けで御座い”と云ったところで餓鬼でも怖がりゃしない。『この神社には神に愛されようと片目を抉ってそのまま死んだ神主の怨霊がいる』という下地があって初めて一つ目小僧は怖がられるんでさ」


 おシンが手で目を隠すと帯に挟んだ錫杖がシャランと澄んだ音を立てた。


「ばあっ! ほら、こんな子供騙し、怖くも何ともないでしょうや?」


 手をどかすと単眼となったおシンが耳まで裂けた口から長い舌を出した。

 なるほど、確かに怖いというより滑稽である。

 元のおシンが美形だけにむしろ可愛くすら見えたものだ。


「それで幻魔王なんて聞いて呆れる話じゃ御座ンせんか。けど天界としてはどうしてもやつがれが地上にいる事を許せないようでしてね。何がなんでもやつがれを魔王にしたかった。しかも『一頭九尾(ナインテール)』まで巻き込んでだ。その上でやつがれに勇者(・・)を斬らせて実績(・・)にしやがったんで御座ンすよゥ」


「お主が数十年前に勇者に選ばれクシモ殿の復活を巡って月弥と戦った話は聞いておる。その過程で同じ勇者を斬ったという事もな。だが、その様子では悔いているようじゃ。否、今もなお苦しんでおるな?」


まさか(・・・)! 小悪党が人を斬って悔いるなんて有り得ない話でさ」


 おシンはニンマリと笑ってみせたが見詰めるゲルダの表情にあったのは憐れみであった。


「お主が何故小悪党と名乗るのか、それは察するに余り有るわえ。大切な()だったのじゃな」


「おっしゃる意味が分かりやせんや」


「今はそれで良い。状況が状況じゃ。そなたの心を乱す事は本意ではない」


 だがな――ゲルダはおシンの肩に手を乗せる。


「事が終わって『水の都』に戻れば再び時間を持て余す生活となろう。バオム騎士団の稽古とて毎日ではないし、稽古日も丸一日拘束されておるでないしのゥ」


「何がおっしゃりたいんで?」


「退屈しておる年寄りの話相手になっておくれ、と申しておる。『水の都』を侵しておる瘴気もそなたなら無効にできよう。一考しておいてくれ」


 いつでも話を聞くというゲルダの誘いにおシンは鼻を鳴らして返した。


「生憎、こちとら貧乏暇無しで御座ンしてね。年寄りの茶飲み話にお付き合いできるだけの時間はありやせんや」


「さよか、残念じゃが無理強いはせぬよ。ただ、これだけは心に留めておいてくれ。世間の噂は知らぬ。だがな、ワシにはお主が救いようのない小悪党とはどうしても思えぬのじゃ。出来れば今回の事件が解決した後もそれっきりで終わらずに友誼を結んでいきたいと思うておる」


「聖女様にそこまで云って頂けるとは小悪党冥利に尽きやすよ。ま、茶飲み話はご遠慮頂きてェが、美味い酒でもあればこの口も滑らかになるかも知れやせんね。「飲む」不良聖女が秘蔵する酒だ。期待しても罰は当たらないでしょうよ」


 ニヤリと笑う小悪党に『亀』の聖女もまた笑う。


「任せい。清酒から濁酒(どぶろく)葡萄酒(ワイン)に梅酒、老酒(ラオチュー)も仕込んであるぞ。選り取り見取りじゃ」


「ほう、紹興酒もあるとは流石は呑ん兵衛で鳴るゲルダ様だ。なら餃子を仕込んで持っていきやすので煮ながら食べやしょうや」


「それは良いな。しかと約束したぞ」


 こうして計らずも聖女と小悪党の飲み会が確約されたのであった。

まずは精神状態が不安定だったベアトリクスとヴァレンティーヌを回復させました。

流石にあのままだと最終決戦で戦力外どころか足を引っ張りかねないので(苦笑)

サブタイ、季節が春じゃなくて夏だったら「金打の夏」ってつけたかも知れない。

最終決戦近くでこれは寒いし締まらないですよね(汗)


話は進んでませんが今回の文字数だとこんなものかな。

けど誤解を畏れずに云うと一番楽な文字数でした。

一晩で書けるし誤字の確認もしやすい。

前もそんなコメントを書いたと思いますので、まずはこの文字数の維持が目標の一つとなります。

それから更新ペースを上げていければ云う事ないですね。


さて、おシンにも色々と事情があったようです。

天界はおシンを魔王にして魔界に封じるつもりでしたが、小悪党ゆえに簡単に放棄して逃げてしまいましたw

神様から隔離されそうになったおシン、一体どれほどの秘密があるのでしょうか。

そしてゲルダと飲み会の約束が成立しました。

フラグ? さあて、ゲルダとおシンに通用するのでしょうかね。

おとなしく敗北するタマではない二人なのでどうにかするのでしょう。


次回からいよいよ真相に迫ります。

設定に固執してつまらない話にしないよう気を付けて続きを書いていこうと思います。


それではまた次回にお会いしましょう。

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