ジェネラルキングZ 第十話「さらば友よ、黄昏に消ゆ」 後
『……は? 何を言って……』
聡く強い者ならば完全に理解し、真正面から受け止められただろう。
しかし、悠太は数奇な運命を辿り特異な立場にいるが根は一般人。
理解できない。理解したくない。
そんな感情がありありと見て取れるリアクションをして見せた。
(……やっぱり、良い)
やはり自分たちの見立ては間違っていなかったと頷く。
まあ、アバズレーネの見た目と名前で素に戻っていたりもしたが、そこはしょうがない。
初めてでこれなら八十五点はあげても良いだろう。
『しかし、陛下。一から十まで予想の範疇ってのも張り合いがないと思わないか?』
「……こうも綺麗に引っ掛かると拍子抜け」
『うむ。そなたらの言うことも分かるが猿にこちらの予想を超えてみろと言う方が酷であろうよ』
ふふふ、ははは、嘲笑を響かせる。
『ッッ……何を言ってるのかって聞いてんだよ!!!!』
半ば恐慌状態で叫ぶ悠太にアバズレーネは揶揄うように問う。
『逆に問いたいのだが、そなたらは何故“敵”の言うことをそのまま鵜呑みにするのだ?』
そう、そこだ。
ゲドゥーラのルーツが地球にあると言うのは、ゲドゥーラの自己申告でしかない。
地球人類側にそれを証明するような証拠はないのに何故、信じてしまったのか。
『それ、は』
言葉に詰まる悠太にアバズレーネは更に嘲笑を深めた。
『分からぬか。いや、分かりたくないのかな? まあ良い。
これは種明かしまで含めた遊びだからな。説明してやろうではないか』
光栄に思うが良い。
そう言ってアバズレーネは残酷な真実を語り始める。
『妾たちゲドゥーラはこれまで多くの星を滅ぼして来た。
様々な種族。様々な文化。一つとて同じものはなかった。
だがなある時、これまで滅ぼして来た者らに一つだけ共通点があることに気付いたのだ』
それが何か分かるか? 向けられた問いに悠太は無言を返した。
アバズレーネはそれに気を悪くした様子もなく続ける。
『奴らは皆、必ず“理由”を求めておったのよ』
『理由……?』
『そう。種が、星が滅びる理由だ』
そこでアバズレーネは耐え切れぬとばかりに腹を抱えて笑い始めた。
『ふ、ふふふ……あははははははははは!!!!
連中はな。信じたくないのだ。自分たちの過去が! 現在が! 未来が! 無意味に潰えることを!!
何の因縁もなく。何の糧になるわけでもなく。生産性のない悪意によって築き上げて来た全てが零になるなど受け入れられぬと!
だからありもしない幻想に縋り付く。そうして己を慰めながらめそめそと滅んでいく様の何と滑稽なことか!!!』
そう、ゲドゥーラの侵略に意味などありはしない。
ただただ他を蹂躙するのが楽しいからやっているだけ。
それ以上の理由はない。
その星の歴史を紡ぐこともなければ、技術や資源を奪い自らの糧とすることもない。
歴史を、尊厳を、その星に生きた者らが築き上げて来たものを、ただただ踏み躙るだけ。
納得出来るわけがない。
踏み躙られる側がそんなことを受け入れられるわけがない。
何故、無意味にこれほどの仕打ちを受けねばならないのか。
そう思うのが自然で、それゆえに意味を求めるのは当たり前のことだ。
『――――』
言葉を失い呆然とする悠太の様子がアバズレーネにも伝わっていたのだろう。
ますます機嫌を良くしたアバズレーネが絶好調に舌を回す。
『そのことに気付いた時にな。ふと思いついたのだ。これを遊びに組み込んでみてはどうか? と』
それらしい理由をでっち上げて侵攻。
一息には滅ぼさず、悪逆非道の限りを尽くす。
彼我の圧倒的な差に絶望した弱き者らにはもう、抗う気力さえない。
そして彼らは諦めと共に受け入れる。
攻め滅ぼされるだけの理由はあった。だから、これは仕方のないことなのだと。
『試しにやってみたのだがな。これが当たりも当たり大当たり!
最初は意気軒昂に抗っておった者らも、徐々に受け入れ始めるのだ。ありもしない理由をな。
そして何もかもが終わるその寸前にな。真実を突きつけてやるのよ。
奴らは、実に良い顔をするのだ――――今のそなたのようにな』
最後の最後に縋ったものさえ虚構だと知った時、感じる絶望は如何程のものか。
『ククク……何度味わっても飽きん。
その甘く蕩ける絶望を舌で転がす時、妾は無上の幸福を覚えるのだ』
膝を突き、項垂れるジェネラルキング。
そこに護国の機神たる威容は微塵も窺えない。
『もう言葉もないか。つまらぬ――とは言わんよ。
下等な猿にしては愉しませてもらった。その褒美だ、妾が手ずからそなたの命を刈り取ってやろう』
空が歪み、一機の禍々しくも荘厳な怨絞獣が姿を現す。
アバズレーネの登場する専用怨絞獣だ。
『安心せい。そなたの仲間たちも直にそちらへ送ってやる』
アバズレーネが剣を引き抜いた正にその瞬間だ。
『――――かかったな阿呆が』
◆
終幕へと続く膳立ては完全に整えられた。
あとはもう、一直線に駆け抜けるのみ。
『テメェ、一体何を……こ、これは!?』
ジェネラルキングを包囲していた怨絞獣がドロドロと溶け崩れていく。
いや、怨絞獣だけではない。ジェネラルキングの装甲もまたゆっくりと溶解を始めていた。
「ふ、ふふふ……予想通りだが……こうもあっさり引っ掛かると張り合いがないね」
アバズレーネの発言を真似、悠太は嗤う。
『……何をした!?』
「高次生命体を名乗っておきながら“猿”に教えを乞うのか? お笑いだな」
だが良い。教えてやろう。
言わねば分からぬ馬鹿のようだから、懇切丁寧に。
挑発的な悠太の物言いに殺意が膨れ上がる。
「ビッチーノ。直接、僕らと戦った癖におかしいと思わなかったのか?」
ジェネラルキングは三人揃って初めて真の力を発揮する。
先の戦闘において三人揃っていたにも関わらず敗北したのに、だ。
悠太がたった一人で操縦するジェネラルキングで以前の戦いよりも多くの怨絞獣を相手取れるのはおかしいだろう。
「ひょっとして隠しダマやら真の力を発揮したとでも思ってたのか?」
そんなものがあるならとっくのとうに使っている。
『……まさか!!』
「――――オーバーロードさ」
DT線の意思だろう。
戦いが始まるや決死の思いに応えるかのように炉心が暴走を始めたのだ。
元々、炉心のリミッターを解除して戦うつもりでいたから渡りに船だったと悠太は嗤う。
(まあ、この状態で半日も戦い続けられたのは予想外だけど)
懸命な修復のお陰か。はたまたDT線の意思か。
いや、どちらか一つではない。きっと両方だ。
『……テメェ、ホントにあの根暗猿か?』
チーム:ジェネラルにおいて夕凪悠太という人間はハッキリ言ってお荷物だ。
青司と善に比べると肉体面でも精神面でも大きく劣っている。
そんな悠太がここまで覚悟を決めて戦っていたことがビッチーノには信じられないのだろう。
「僕を舐めるな――……と言いたいところだけど、正直な話をするとさ。怖くて怖くてしょうがなかったよ」
散々カッコつけたことを言ったが、心の奥底では逃げたくて逃げたくてしょうがなかった。
強い言葉を使ったのは自分の鼓舞するため、そして逃げ道を塞ぐためだ。
「けど、もう怖くない。お前たちのお陰だよ」
『何だと……?』
アバズレーネの暴露を聞いて悠太が抱いたのは絶望などではなかった。
それは正しき怒り。悪を許さぬ正義の心が絶望を、恐怖を上回ったのだ。
だからこそ、あのような演技をした。
あのタイミングで絶望に沈んだ振りをすれば糞のような性格のアバズレーネを釣れるかもしれない。
そして悠太の目論見は見事、的中した。
今、この場にはゲドゥーラのトップに将軍二人が居る。
運が良ければここでトップをまとめて殺すことが出来る。
殺せれば万々歳だが殺せずとも問題はない。
この状況で自爆すれば万全を期すため、一度は必ず退くだろう。
何せ奴らはGの存在を知らない。確実に時間が稼げるわけだ。
そうすればきっと、きっと仲間たちが未来を切り拓いてくれる。
ならば恐れる必要はない。燃える正義を胸に――突き進め!
「お前たちのような腐れ外道に地球の……人類の未来は渡さん!!!!」
胸に手を突きいれ炉心を引き摺りだし、右手で掲げる。
太陽の如き輝きを放つDT線が怨絞獣を、己もろとも焼き尽くしていく。
「分かるか!?」
DT線は既に外部のみならず内部にも届き始めていた。
ドロドロと焼け爛れる操縦席の中、悠太は叫ぶ。
「これがDT線の……いや、命の輝きだ!!!!」
ますます輝きを増すDT線に、このままではマズイと直感したのだろう。
『ぐ、ぅ……陛下! ここは御退き――――』
ビッチーノがアバズレーネに退却を進言しようとするが、
「ならば僕の勝ちだな!!」
『何ィ!?』
「下等な猿と嘲笑った相手にしてやられ命惜しさに逃げだすんだ! これを僕の勝ちと言わず何と言う!?」
『ぐ……ぬぅぅ……!!!!』
「リベンジも二度と叶わない! 僕の勝ち逃げだ!! 笑って逝かせてもらう!!!」
肥大化したアバズレーネのプライドが、迷いを生じさせる。
悠太は見事、運命を分かつ数十秒を勝ち取ったのだ。
『止めろ悠太! もう良い! もう十分だ!! 今直ぐ脱出しろ!!!』
『ここで死んで何になる!? 俺たちは三人揃ってこそだろうが!!!』
決意が鈍らぬようにと閉じていた通信が開かれる。
DT線がせめて最後にと気を利かせてくれたのかもしれない。
悠太は場違いなほどに穏やかな声色で告げる。
「青司、善」
そして、
「――――後は任せたよ」
極光が溢れる。
『~~~~ッッ……悠太ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
ジェネラルキングZ 第十話『さらば友よ、黄昏に消ゆ』
終
◆
「ん……むぅ……」
沈んでいた意識が浮上する。
少し気怠るさを覚えながら目を開く――どうやら現実世界に戻って来たらしい。
「お、目が覚めたか! 初めてにしてはやるじゃん!!」
「ちょ……!?」
同じく現実世界に帰還した小春が満面の笑みで抱き付いて来る。
しかもビッチーノの衣装のままだ。
慌てふためく悠太を他所に先輩らが次々に口を開く。
「いや良かったぜ。お世辞でも何でもなく、良い演技してたよ」
「とは言え、ここで満足されても困りますわ。悠太さんでしたらまだまだ上を目覚めせるでしょう」
「……エリー、今は素直に褒めてあげるべき」
エリザベートと小夜もだ。
二人もまた小春と同じようにあの痴女い衣装のまま。
だと言うのに当人らも、青司も気にしていない。
おかしいのは自分なのか? と戸惑う悠太に小夜がググっと顔を近付けて来る。
「な、何です……?」
目に毒と言うのもあるが、恋人でもないのにここまで距離が近いのは普通に怖い。
慄く悠太だが小夜はお構いなしに話を始める。
「……良かった。本当に良かった。なので時系列順に具体的な評価点を挙げていこうと思う」
「え」
「あー、まあとりあえず付き合ってやってくれ」
青司が苦笑気味に言う。
「……まず最初。目が覚めた時点。最初だし、戸惑いは見えたけどその戸惑いを口にしなかった。
何これ? どうなってんの? 頭の中で流れてる曲は何? とか本当に色々疑問だったと思う。
でもそれを言葉にはせず自分の内で留めたのは本当に偉い。
だから表情に出ていた戸惑いも登場人物である“夕凪悠太”の戸惑いに変換することが出来た。
次、第一声。『た、戦いは……僕らは、どうなったんだ……?』これが良い。とても良い。
戦い――それも敗戦の後だというのが察せるし、さっきの素の戸惑いのフォローにもなってる。
で、その後。部屋を出て司令室に向かうまでの道中にも評価ポイントがあった。
ちゃんと現状――つまり重傷であることを心がけて息を荒げたり、壁に手をついたりしてフラフラ進んでくのがとても良かった。
誰かとの絡みがないところでも演技を止めないのは、本気でやってる私たちに合わせてくれたからだよね? ありがとう」
待ってくれたまえ。ことばの洪水をワッといっきにあびせかけるのは!
そう言いたくなった悠太だが、ふと気付く。
あれ? 何でそんなところまで細かく把握されてるんだ? と。
すると察したのか青司が小声で教えてくれる。
「普段は全部終わった後に俯瞰映像で振り返るんだけどさ。
ほら、今回は最初だろ? ちゃんとフォロー出来るようにこっそり見てたんだわ」
とのことらしい。
思うところはないでもないが、
「……今は私の話。ちゃんと聞いて」
両手で顔を挟まれ視線を小夜に合わされてしまう。
近い。やっぱり距離が近い。吐息を感じるほどに。
「……司令室についてからの言動。設定からするとちょっと不自然。
でも察せないわけじゃない。自分を奮い立たせるため無理をしている。
パンピーポジションの悠太にとって一番頼りになるのはリーダーである朝比奈青司。
だからそっちに寄せた言動行動をしているんだなっていうのが分かってとてもグッド。
特にあの、ギプスを叩き割るシーン。青司を真似たんだなっていうのがよく分かる。
で、序盤で一番良いと思ったのはここから。操縦席に乗り込んだ後。
震える手を止めるために包帯でレバーに縛り付けたところが――――……素晴らしい。
絵面もカッコ良いけど、それ以上に……必死で勇気を振り絞った決断だったんだというのが痛いほど伝わってくる。
絶望極まる状況で、頼れる仲間たちは意識不明のまま。自分だけ。自分だけしか戦える者は居ない。
本当はもう足を止めてしまいたいけれど、抱え切れないぐらいに大切なものがあって……!」
「コイツ、好きなシチュの話になると早口になるよな」
「やめてやれ」
平然としている三人だが悠太は心底、戦慄していた。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い。え、何でこの人こんな深く僕の演技の理由を察してんの?)
理解されることに恐怖を覚える日が来るなんて、思いもしなかった。
また一つ、学びを得る悠太であった。
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