茶番劇の始まり
土曜日。悠太は待ち合わせの三十分前に、待ち合わせ場所である学校を訪れていた。
普通の友人ならば五分前に来るのだが、相手が相手だ。
先輩であり超常の力を有する存在の機嫌を損ねたくないと思うのはパンピーらしい思考だろう。
(……どうなるのかねえ)
シナリオとキャラ設定(自分と先輩四人)はしっかり頭にインプットされている。
結構な量があったが、青司がかけてくれた物覚えが良くなる魔法とやらのお陰で全部覚えられた。
後は自分がどれだけノレるかだ。
(即興で台詞考えるとか普通にハードル高いよな。
始める前に思考速度を速める魔法をかけてくれるって言ってたけど……大丈夫かなあ)
そんなことをつらつら考えながらグラウンドで汗を流す運動部を眺めていると、
「およ? はえーな悠太。待ち合わせとかには気ぃ遣うタイプ?」
「藍川先輩……おはようございます。気を遣うってより人を待たせるのが嫌なだけです」
「へえ。まあ俺も待たせるよりは待つ方が好きだな」
隣に腰掛けた青司がニカっと笑う。
一番絡み易い人が最初に来てくれたのは正直、ありがたかった。
これが小夜あたりだと、かなり気まずい空気になっていただろう。
「そう言えば先輩」
「あん?」
「……その、聞いて良いのか悪いのか分からないんですけど」
「良いよ良いよ。何でも言ってみな。聞かれて困ることなんざあんまりねえしな」
やっぱり絡み易い。
こう、自然と心を許してしまえる魅力が青司にはあるような気がした。
「先輩は元は普通の一般人だったから不思議じゃないんですけど」
「あー……はいはい。何で邪神やら古代兵器、吸血鬼の女王なんて物騒な連中が一箇所に集まってんだって話か」
「ええ。その、あの……この学校、何かあるんですか?」
邪神の落とし子。
人型古代兵器。
ヴァンパイア・クイーン。
どれもラスボスを張ってもおかしくはない肩書きだ。
そんな肩書きの三人プラス勇者なんてものが一所に偶然、集まるというのは考え難い。
そう考えていたのだが、
「何もないよ」
あっさり否定された。
「いやホント、ただの偶然。
この高校や街に特別な何かがあるわけでもないし俺らが妙な運命に導かれたわけでもない」
本当だろうか?
実はこの街は特異点(創作でよくある何かカッコ良い用語)とか何とか言われた方がまだ説得力がある。
「いや俺らも最初は何かあるかと勘繰ったよ? でもホント何もないんだわ。
物理的な調査でも何も見つからないし、概念系の何かがあるのかと思ってそっちも調べてみたが全然」
すぅ、と青司の瞳が虹色に染まる。
「俺の眼はちょっと特殊でな。運命の潮流を読み解けたりするんだが」
「先輩止めて。いきなり運命の潮流とか言う日常で使えないワードぶっこまないで」
生まれてから死ぬまでを大体百年としてだ。
百年生きてても運命の潮流なんてワードに出くわす可能性は限りなく低い。
何なら交通事故に遭う確率の方が高そうな気さえする。
そう考えれば自分は運が良いのか? などとも思ったがこんなくだらないことで運を消費してるのだから差し引きマイナスである。
「まあ聞けって。それで色々視てみたんだけどよー。ガチで何もないの。ガチでただの偶然。
限りなく零に近い確率を偶然引いただけ。
宝くじで五連続ぐらい一等取るような可能性を無駄遣いしたようなもんだよ」
「うっわ……それはまた……」
「ああでも、何もなかったってのは少し違うかな」
え、やっぱり何かあるの? 不安がる悠太に青司は大丈夫大丈夫と言いつつ、告げる。
「俺らの引き寄せるような類のものではないんだがな。この部室、おかしいと思わねえか?」
「そりゃまあ、壁が裂けて入り口になるようなとこですしね」
「違う違う。そういうこっちゃねえよ」
「?」
「気付いてないみたいだが、部室棟の外観を思い出してみ」
「部室棟の外観?」
はて? 何かあっただろうかと思い返し――気付く。
「あ」
そうだ。よく考えてみればおかしい。一、二階とで部屋数が合っていないではないか。
ごっこ部の真下に位置するのはは確かラグビー部の部室。そしてその下はサッカー部。
当然、その二つの部室は普通に存在して普通に入ることが出来る。
だがごっこ部の部室は?
「先輩たちが何かした…………わけじゃない、ですよね」
「ああ。隠したいんだとしてもわざわざコンクリの壁で隠す必要はねえしな」
認識を阻害するような技術を持ち合わせているのだ。
物理的なカモフラージュなど要らんだろう。
ならば何故?
「……も、もしかして……」
「そ。俺らが使う前からこの部屋は隠されてたんだよ」
ただ使わせないだけなら鍵をかけるだけで良いのにコンクリで固めてその存在さえ隠蔽しようとした。
ただならぬ何かがあったと勘繰るには十分過ぎるだろう。
「ま、安心しな。連中はまとめて小夜の餌になったからよ」
「連中? 複数? 複数居たの? 何が……あ、いや言わなくて良いです。聞きたくないです」
「ははは、賢明だな」
好奇心がないと言えば嘘になる。
嘘になるが藪を突いて蛇を出すような真似をするつもりはない。
(……下手すりゃこれから最低でも二年はここで過ごすかもしれないんだ……)
肝が冷えるような話を聞きたくはない。
既に手遅れな気がしないでもないが、きっと気のせいだ。
「は、はにゃ……話変わりますけど!!」
「あらやだ唐突。でも良いぜ。武士の情けだ。見て見ぬ振りをしてやらあね」
「お、御三方はどういう経緯でごっこ部を結成したんです?」
二年二人は去年入学でエリザベスも去年転入。
全員、去年が初顔合わせだったはずだ。
互いに力を持つ者ということで接触の機会はあったのは想像出来る。
だがそこまでだ。そこから今の距離感になるまでの経緯はまるで想像出来ない。
青司と小春あたりは性格的に仲が良くなっても不思議ではないが学年が違う。
エリザベスは同じ学年だが違うクラス。小夜は他人との交流を積極的に持つタイプではない。
そんな四人が気心の知れた関係になるまで、一体何があったのか。
話を逸らすために振った話題だが、気になるのは本当だ。
「あー……まあそうだよな。実際、初対面の時ぁ俺含めて全員警戒バリバリ。
いや、何なら切っ掛け一つで殺し合いに発展しかねないぐらい険悪だったもん」
「え、それはそれで想像出来ないですね」
特に青司。
この懐の広い先輩が敵意を剥き出しにする光景なんて想像も出来ない。
「何つーのかな。お互い、静かに暮らしたかったんだよ。
ほら、俺なんかようやくこっちに帰って来れたわけだし?
取り戻せた日常が壊れる“かもしれない”ってだけでも殺す理由は十分だったんだ」
「……」
青司がどんな冒険をして来たのかは知らない。
だが、昨日の発言。そして取り戻せた日常という言葉。
それらから察するにハードなものであったのは分かる。
そんな彼にどんな言葉をかければ良いと言うのか。
「他の三人も理由は違えど同じように日常を守りたいと思ってた」
「じゃ、じゃあそれを察してお互いの距離が?」
「いやいや。よく考えてみろよ。殺そうかって思ってる相手に腹の内を晒すか?」
「それは……」
「晒さんよ。特に、相手が強ければ強いほど些細な情報であろうと渡したくはねえからな」
「なるほど。でも、それなら余計に分からない」
マジで殺し合う五秒前から何故、今のような軽口を叩き合える関係になれたのか。
「まあそう急かすなって。お互いぶっ殺そうとは思ってたが、そこでおっ始めるほど俺もアイツらも馬鹿じゃねえ。
殺すための算段を立てるためその日はその場で解散と相成ったのよ。
放課後だったから俺はそのまま家に帰ろうとしたんだが……思い出したんだ」
「思い出した? 何を?」
「今日が漫画の発売日だってことにな」
は? という顔をする悠太をよそに青司はしみじみと語る。
「国民的某海賊漫画の新刊の発売日だってことを思い出した俺は学校から一番近い本屋を目指した」
「えぇ……」
ようやく取り戻せた日常が壊れるかもしれないという不安。
それを守るためなら殺しも辞さぬという覚悟。
そんなシリアスの直後に普通、漫画の発売日じゃん――ってなるか?
白けた目をする悠太に青司は言う。
「いやそれも俺の日常の大切な一欠片なんだよ。
どれぐらい大切かってーとだ。こっちに戻って直ぐに不在の間に発売してた分を買いに走るぐらい大切」
「異世界から帰ってまずやることが漫画を買いに行くって……」
家族に会いに行くとかもっと他にあるだろ。
そう思わなくもないが、話がズレては困るので悠太は先を促した。
「まあそれでだ。俺はウキウキしながら書店に飛び込み新刊コーナーに向かった。
したらさ。出くわしたのよ。バッタリと。アイツらに」
「その倒置法要ります?」
一番気安く付き合える青司が相手だからか悠太のツッコミにも遠慮がない。
「もう一触即発よ。全員無言だが、目にはどうやってコイツ殺そうかってことしか考えてなかった」
「切り替え早過ぎません? チェンジオブペースが過ぎますよ」
「が、そんな俺らを嘲笑うように小学生がすいっと入って来て最後の一冊をするっと手に取ってったんだよ」
大人気漫画ゆえ致し方なし。
「その瞬間、全員が『あ』ってなったわ。
いや別に他の本屋かコンビニ行けば良いんだけどさ。早く読みたい気持ちがですね」
「先輩の心情は興味ないんで続きお願いします」
いやホントもう、まるで興味がない。
「……さっきから思ってたが切れ味鋭いなお前さん。まあ良いや。
全員、互いのことを忘れて『あ』って間抜け面晒したもんだからよ。気づいちまったんだ。
ああ、コイツらも好きなんだなって。したらもう、話は早い。相互理解のため公園に場を移しその場で熱烈トークよ。
好きなキャラ、ベストバウト、バトルを除く個人的名シーントップ3と三時間ぐらい語りまくったね。
場の空気はもう熱々よ。今度はファミレスに場を移して途中で買った新刊を手に深夜まで語り合ったわ」
つまるところ、
「漫画の趣味が合うから?」
「うん、まあ、ザックリ言うとな」
それだけで殺し合いの可能性が潰えるのか。
いや、平和を第一に考えるなら素晴らしいことではある。
あるが、どこか腑に落ちない悠太であった。
「何だかなあ」
「現実なんてそんなもんさ。物語のようにはいかない。
ドラマなんて中々生まれやしない。だからこそ俺たちはそいつを求めてごっこ部を作ったのさ」
パチン、とウィンクをする青司は実にいなせだ。
自覚はあるが随分とこの先輩を好きになってしまっているらしい。
これが勇者のカリスマってやつか? などと悠太が考えていると、
「はよー。っておお! 早いじゃん悠太! やっぱ楽しみだったんだなオイ」
「……おはよう。今日は存分に楽しんでいってね、悠太くん」
「おはようございます。昼食用に道中でホカ弁を大量に買い込んで来たので昼食の心配は要りませんわよ」
三人娘の登場だ。
約一名、おかしなのも居るが。
いやエリザベスの厚意自体はありがたい。ありがたいのだが量がおかしい。
明らか二十個以上はあるのだが、あれを五人で消費するつもりなのか。
(……いや、胃の許容量も違うのかな?)
一々ツッコミを入れていてはキリがないと思考を切り替える。
「それであの、これから……始めるわけですよね? ごっこ遊びを」
「おうとも。準備はバッチリだぜ。なあ?」
「フィールド、ヨシ! ですわ」
「……NPC、ヨシ」
「ロボ、ヨシ!」
何なのこのノリ? と思ったが悠太は曖昧な笑顔で流した。
「さあ行くぞ――と言いたいとこだが、最後に一つ」
「? 何でしょうか」
「向こうに行ったらお前さん、状況的に一人になっちまうだろ?」
「え、ええ」
女子三人は悪役。
青司は味方だが、シナリオの流れ的に序盤・中盤は出番なし。
自分に絡める立場ではない。
「気になったこととか、分からないことがあった場合、困るよな?」
「まあ……はい」
「つーわけで、小夜」
「……うん」
小夜の右手がペタリと悠太のおでこに触れる。
特別、変化があるわけではない?
首を傾げる悠太に小夜は説明する。
「……簡潔に説明すると君に脳内S●riを仕込んだ」
「脳内S●ri!?」
「……頭の中で疑問を思い浮かべるだけで大概のことには答えてくれるはず」
でも、と小夜が両頬に手を当てグッと顔を近付けて来る。
可愛い女の子と急接近!
嬉しくないわけではないのだが、相手が相手なだけに不安の方が大きかった。
「……深淵系の疑問の答えを求めるのはダメ。
一応、こっちでもブロックはかけてあるけど万が一もあるから考えちゃダメだよ。良い?」
「え、ええ……ちなみにダメな理由を窺っても……?」
「……良くて廃人。悪くて……うん。もしもの時は私がちゃんと責任を取る」
悪くて何なの!? と思ったがこれ以上は怖くて聞けない悠太であった。
「あんま脅かすなよ……さて、準備は良いか?」
「は、はい!!」
不安なことは多々あるがここで変に時間をかける方が辛い。
とりあえず飛び込んでみようと、そう思える悠太は確かに勇気があるのかもしれない。
青司は良い返事だと笑い、両手を広げる。
「――――遊ぼうぜ! 皆で! 面白おかしく!!」
そして茶番劇の幕が上がる。
ブクマ登録よろしくお願いします。
ちなみに私は子供の頃、バーダックごっこがブームでした。
「これで全てが変わる。この惑星べジータの運命……このオレの運命……。
カカロットの運命……そして、貴様の運命も! これで最後だぁあああああ!!」
クッソカッコ良いですよねバーダック。