設定を考えよう!
「……悠太くん、明日明後日は暇?」
「え、ええ……土日は特に予定はありません」
「悠太さんの予定も空いているようですし、大丈夫そうですわね」
「そんじゃ早速、シナリオ考えっか! 悠太、どんなのが良い?」
「待て待て小春。いきなりシナリオとか言われても悠太は意味わかんねえだろ」
近い。距離感がとても近い。
悠太からすれば四人は雲上の存在だ。
これまでもそうだったが、その背景を知ったことでコズミックレベルに遠い存在になった。
なのに近い。とても近い。
全員、さらりと名前呼びしてくる。
別に嫌ではないが、悠太としては反応に困ってしまう。
「体験入部なんだからお前さんにごっこ部の活動を体験してもらわねえと話にならねえ」
「ええ、まあ」
「で、俺らの活動がどんなものかはもう分かってるよな」
「はい――ああ、シナリオってそういう……」
ごっこ遊びをするのならば決めねばならないことがある。
どんな舞台でどんな役を演じるのか。
これを決めないことには話が始まらない。
「TRPGみたいですね」
「そうだな。ま、テーブルじゃなくてガチだしダイス振ったりはしないけど」
「……話の流れは最初に決めるけど台詞の指定は特になくて掛け合いは即興。互いの設定に合わせて演技して結末に向かう感じ」
「なるほど」
結構、いやさかなりハードルが高い。
重要なのは演技力云々より、ノリだろう。
自身の演じる役にどこまでのめり込めるかが肝と見た。
「……今回は悠太くんの希望に全部合わせる」
体験入部だから気を遣ってくれているのだろう。
だが、
「いきなり希望って言われても……」
困るというのが正直な本音だった。
「おいおいおいおい。何恥ずかしがってんだよ悠太。
男なんだ。その手の妄想を滾らせたことは一度や二度じゃないはずだろ」
小春の言う通り、非現実的な空想に浸った経験ぐらいはある。
あるが……それはこう、何て言うのか。
寝る前の一時。暗闇の中で天井を眺めながらぼんやり思い浮かべるものと言うか。
素面で、しかも自分以外の人間と居る時に妄想を炸裂させるのは難易度が高い。
「およしなさいな小春。いきなり言われても困るというのはその通りではありませんか」
「ま、あれだ。そう難しく考えなさんな。まずは……そうだな。自分好みのシチュエーションを考えてみようぜ」
「シチュエーション、ですか」
「おうとも。あるだろ? 創作でこういう要素が好き! ってのが一つや二つぐらいはさ」
そこを取っ掛かりに煮詰めていくというわけか。
だが、いきなり言われてもやっぱり直ぐには思い浮かばない。
そんな悠太の心情を察したのか青司はこう続けた。
「参考までに俺らの好みを聞いてみるってのはどうだい?」
「あー……良いですね。話聞かせてもらえば、僕の好みも明確になるかもですし」
「OK。それじゃあ――――」
青司の言葉を遮るように女子三人。
いやもう三馬鹿とかで良いだろう。三馬鹿がシュパ! っと手を挙げた。
どいつもこいつも目がギラギラしているのは……まあ、理解出来なくもない。
自分の趣味趣向。こだわり。それを誰かに語るのは楽しいことだから。
やり過ぎるとドン引きされるので、要注意だ。
「はぁ……んじゃ、小春。お前さんからだ」
「っし! じゃあオイ、悠太。しっかり聞いてくれよ」
「っす」
「大量の銃火器と沢山の爆発――それがあたしのフェイバリットだ」
敵も味方もバンバン銃撃って、あちこちで爆発が起きて。
要約すると、
「……B級映画ですか?」
「午後ローはあたしの酸素だぜ」
何故かドヤ顔の小春。
だがまあ、納得である。古代兵器云々はさておくとして小春の性格に合致した好みと言えよう。
「バンバン撃ちまくってガンガン爆発させる。これに勝る娯楽はねえよ。
細かいストーリーなんざなくても、派手な絵面があればもうそれだけで楽しい。
いや勿論、緻密に設定詰め込んだ複雑な話も好きだぜ?
だがあたしの一番は細かいことを全部蹴っ飛ばして勢いで押し切るタイプなんだよ」
身体のあちこちから銃火器を生やしながら熱弁する小春の瞳は夏の夜空よりも輝いていた。
「マッチョなタフガイがマシンガン乱射してるのを見てるだけで一日潰せると思わないか?」
「ど、どうでしょう……」
「セクシーなお姉ちゃんがゴッツイ銃火器ブン回してるだけで丼三杯はイケる」
「は、はあ」
「テンポが良くて頭の悪い掛け合いなんかも挟まれてると尚グッド」
「はいそこまで。楽しいは分かるが、他の奴らの持ち時間を考えような」
青司のインターセプト。つくづく気遣いの男である。
青司が居れば道を外れる心配はないのでは? 悠太は訝しんだ。
「……なら、次は私」
「はいどうぞ。小春みてえに喋り過ぎるなよ」
頷き、小夜は語り始める。
「……私は普通の男の子が頑張るのが堪らなく好き」
「普通の男の子が頑張る――具体的には?」
「……何度も何度も折れて。その度に涙を流しながら歯を食い縛って少しずつ進んで行く感じ」
「うわぁ」
引いた。悠太は引いた。
いや、趣味趣向にケチをつけるつもりはない。
問題は、
(部内における普通の男の子ポジションって僕じゃん……)
やけに自分に好意的だと思っていたがそういうことなのだろうか?
「……辛い目に遭って、それでも頑張り抜いて。小さな喜びを手にするの。
でもまた次の波がやって来てようやく手に入れたささやかな喜びさえ海の向こうに攫われてしまう。
どうして自分がこんな目にって何度も何度も思うの。
何もかも諦めてしまえば楽になれるのに、諦めることがどうしても出来なくて」
ボソボソと小声で、実に淡々と。
しかし、小夜の顔を見ろ。頬はほんのり紅に染まり、瞳は恍惚に濡れている。
「……そんな姿を見て、笑われたり馬鹿にされたり。理解者は決して多いとは言えない。
でも、男の子の素敵なところをちゃんと分かってる人も居て。
そのことが嬉しくて、でも重荷にも感じてしまって。自分はそんな大した人間じゃないって心を軋ませる」
「軋ませないで」
悲しくなるから。
「……そうして茨の道を歩き続けて、最後の最後に男の子は大輪の花を咲かせるの。
流した涙と血は一粒たりとも無駄じゃなかった。最後まで諦めずに居た者にこそ許される奇跡のオンパレード。
これまでの艱難辛苦が全部報われるような幸福が降り注ぎ、飛びっきりの笑顔で物語に幕が下りる。
私はそんなシチュエーションが好き。大好き。分かる? 分かってくれる?」
「い、いや……まあ……はい」
小夜の好みは言うても王道だ。
古今東西、好まれて来た話の流れなので理解は出来る。
が、それはそれとして怖い。何かを期待するような目がとても怖い。
「で、でも……その……やっぱ主人公なわけですし? 手心を加えてあげても良いんじゃないかなって」
幾ら最後に報われるとは言ってもだ。
その過程がハード過ぎるのはいかがなものか。
悠太が控えめに意見すると小夜は力強い口調でノーを突きつけた。
「……ダメ。絶対ダメ。許されてはいけない」
「そこまで!?」
「……落ちて落ちて落ちて。ようやくドン底かと思ったら、そこをぶち抜いて更に墜落していく。
確かに辛い。確かに悲しい。でも、這い上がる距離が長ければ長いほど男の子は強く優しい人になれるの」
私はそう信じている。
そう言い切った小夜に悠太はかなり怯えていた。
何故って? 先ほどよりも自分に注がれる期待の視線が強くなったからだ。
「よし、そこまでにしとけ。悠太がビビってる」
「……何故?」
「何故? じゃねえよ。俺だってお前さんを殺せる力がなきゃ同じ立場ならドン引きしてたわ」
つくづく青司には助けられる。
悠太の中で青司の好感度が天井知らずに高まっていく。
「つーわけで、次はエリー。お前さんが行け」
「あら、よろしいので? 青司も随分とうずうずしているようですが」
「レディーファーストさ。あと、トリのが印象に残るかもだしな」
「あ、ずる! ずりーぞ! それでも勇者かテメェ!!」
「……やることが姑息」
酷い言われようだ。
しかし、この遠慮のない物言いは気心の知れた仲ゆえのもの。
そう考えれば微笑ましい光景である。
「るっせー! エリーが話すんだから静かにしなさい! 悠太が困ってるでしょ」
さ、どうぞと青司が促すとエリザベスは咳払いをして語り始める。
「わたくしはズバリ、和ですわ和。舞台としては和。具体的な時代は戦国に幕末、大正。
史実に則った時代背景も好きですが、ロックなアレンジを加えるのも嫌いではありません。
戦国時代なのにロボットを乗り回そうがわたくしはそれを許します」
許しますと来たか。
割と上から目線だが、言葉遣いや雰囲気と相まって自然に受け入れてしまえる。
伊達に“女王”の称号を持っているわけではないということか。
「ただし! 登場人物。主に主人公と敵役については厳密に指定させて頂きますわ! 語ってもよろしくって!?」
「おぉぅ……ど、どうぞ」
「昨今、バックボーンに複雑なものを持つ敵役が増えております。
ええ、わたくしも嫌いではありませんが己のこだわりを前面に押し出すなら敵は純然たる悪であって欲しいのです。
悲しい過去だの、やむを得ぬ事情だのは知りませんし要りません。
悪逆無道の輩が欲望のままに笑って非道を犯すのがベスト!」
若干、内股になっているし息が荒くなっている。
ひょっとして興奮しているのだろうか?
「そしてそんな悪役と対峙するは熱い血潮流るる快男児。
イケメンではなく男前! 豪放磊落で大見得を切る姿が絵になるような殿方をこそ主役に据えたい!!」
「あー……マラを出せ!! とか言っちゃうあの人みたいな?」
「台詞のチョイスが渋いですわね。ですが、それがよろしくってよ!
正にその通り。ああいう益荒男が鬼畜外道を真正面から一刀両断する様に、わたくしは絶頂すら覚えます。
これまで溜めに溜めたフラストレーションが一気に発散される様は打ち上げ花火のよう。
リアルにあのような殿方が居るのなら、殺されたって構いませんわ」
頬に手を当てうっとりするエリザベスの瞳は情欲に濡れていた。
悠太は引いた。もう何度目か分からないが普通に引いた。
「と、兎に角、先輩はシンプルな勧善懲悪構造がお好みと……」
「ええ。と言ってもあくまで一番の好みであって二番三番はまた毛色が違いますが。御聞きになる?」
「えーっと……はい。その、それはまた別の機会にということで」
「あら残念。ですが、青司も控えておりますし仕方ありませんわね」
そしていよいよ大トリ、青司の出番だ。
青司は威厳たっぷりに頷いてから、口を開いた。
「――――黒いスーツと日本刀の組み合わせって超カッコ良くね?」
「すっごいシンプル!? いやまあ納得ですけど!!」
悠太も男の子。そういうのは大好物だった。
「へへ、話が分かるじゃんよ。まあもうちょい詳しく語ると、だ。舞台は現代が良い。
現代を舞台にして日常の裏側、日の当たらない場所で人知れず戦う系な」
「まあ、現代か近未来とかじゃなきゃスーツなんて出し難いですよね」
「うん。それに現代が舞台だと情景が想像し易いよな」
ビルの屋上。路地裏。高架下。
それだけしか書かれていなくても明確且つ容易にそれらを脳内に思い描けるだろう。
だが純ファンタジーの場合はどうだ?
立ち並ぶ家屋。石造りの道。煙突から立ち上る炊事の煙。そう言われたとして何をどう思い浮かべる?
何かは思い浮かぶだろうが、現実の街並みに比べれば不鮮明になるのは避けられないはずだ。
「それに妄想も捗ると思わねえか?」
現代を舞台にするなら日常描写の大半は現実のそれと変わらない。
だからこそ非日常が“際立つ”。
日常を身近に感じていた分、こう思うのだ。
ひょっとしたら自分たちの世界でもこういうのが――なーんて。
あるいは近しく感じるがゆえにその物語の中で自分が生きるとしたらという妄想もし易い。
そんなところが堪らなく好きなのだと青司は語る。
「舞台に関してはこんなとこにして、スーツと刀について掘り下げていこうか」
「はい。藍川先輩の気が済むまでどうぞ」
その言葉に女三人が反応する。
「あれ? 優しくね? 青司にだけ優しくね?」
「……何故?」
「まあ青司、露骨に好感度稼いでましたしね。イヤらしい」
「……ストッパーを装って……卑怯」
「卑劣だわー」
酷い言われようだ。
青司は頬をヒクつかせながらも、無視して続ける。
「刀についてだが、マジモンの日本刀じゃダメだ。
ああ、ここで言うマジモンってのは性質の話な。
血で切れ味が鈍ったり刃筋を立ててとか、そういうのは抜きにしよう。
幾ら斬っても斬れ味が鈍らないし、ガンガン刃と刃を打ち合わせても問題ないような……そう、あれだ。
ファンタジー入った日本刀が良い。ああ、刃が伸縮したりする機能なんかがあっても良いかもな」
まあ、分かる。
本格的な剣豪漫画とかでないならリアルなこだわりがなくても良いだろう。
ツッコミを入れられたらこの世界の日本刀はそうなんだよ! で押し通すぐらいが丁度良いのかもしれない。
「で、スーツ。黒スーツってのは単独でもカッコ良いが、集団だと更に映える。
だが同じ格好でガン首揃えちまったら個性が薄れるって問題もある」
「モブの群れならそれでもありだと思いますけどネームドの場合はそれじゃちょっと困りますね」
「その通り! 髪型や髪色なんかで個性を出すって手もあるがやはりここは着こなしだ。
スーツの着こなしで個性を出して欲しい。単なる集団ではなく並々ならぬ強者の集まりであることを示すためにな」
着こなしによる個性。王道だ。
言いたいことはよく分かる。
「真面目な奴ならカッチリ着込ませて、だらしのない奴だったりヤンチャなのはこう……」
するりと、青司がブレザーのネクタイを緩め胸元を開く。
「こんな感じな」
「分かります。あとはタイピンとかの小物や、腕まくりとかですかね?」
「そうそう! 分かってるじゃん!!」
バンバンと背中を叩く青司に悠太は苦笑を漏らす。
「そんな洒落た黒スーツの集団がだよ?
夜の街を縦横無尽に駆け回って戦うとか想像するだけで滾らね?
こう、ビルの壁面に刀片手に垂直に立ってたりする姿とか想像してみ? やべーわ。
しかもそのまま壁面を走りながら敵とチャンバラを繰り広げたりしたらもう……あ、いけませんいけません。
僕の浪漫指数がオーバーヒートしちゃうですぅ」
軽くキャラ崩壊しかけている青司に水を差すように女子組が口を開く。
「そんだけ好きなのに実際に叩き込まれたのは純ファンタジーな異世界なんだよなあ」
「……黒スーツからは程遠い、勇者の称号」
「しかも聞くところによると、あちらで好みのものを再現した際、かなり不評だったとか」
「うるせえ!!」
異世界はどんな場所だったのか。
聞いてみたい気持ちもあるが、今はそれを聞ける空気ではなさそうだ。
「……まあ、俺らの好みはこんな感じだ。どうだ? 悠太も何か思い浮かんだんじゃねえか?」
「何でも良いぞ。何だって付き合うからな」
「……悠太くんの好みを尊重する」
「何でも演じてみせましょうとも。ナイフの刃を舐めながら下衆な笑いを漏らす三下であろうともバッチリ演ってやりますわ!!」
「う、うーん」
参考にはなった。
なったが、いざ自分のものをとなれば直ぐには思い浮かばない。
どうしたものかと思った時だ。
「あ」
ふと脳裏をよぎるものがあった。
「お、思いついたか? よしよし、言ってみな」
「ああでも……一番好き! これこそが最高! と言うほどではないんですけど……」
「良いさ良いさ。好きってことにゃ変わりねえんだろ? あたしらなら大抵のシチュは再現出来るからよ、遠慮なく言えって」
「あ、ありがとうございます。えっと、その」
いやでも良いのかこれ? と躊躇いが滲むが、結局四人の視線に気圧されて悠太はゲロる。
「――――……自爆って、良くないですか?」
夕凪家は父子家庭である。
頼れる親類も身近に居ないため、悠太は小さい頃は鍵っ子だった。
家に一人残された悠太はずっとアニメを見ていたのだが、そのジャンルが主にロボットアニメだった。
と言うのも、父が無類のロボット好きなのだ。
幼い我が子との会話の種にもなるしと、父は様々なロボットアニメの映像ソフトを悠太に買い与えたのである。
父ほど深くは染まらなかったが、悠太もロボットは結構好きだったりする。
そしてそんなロボットアニメのある種のお約束とも言えるのが自爆だ。
「敵でも味方でも自爆にはドラマがあるって言うか……」
「分かる」
「分かる」
「……分かる」
「分かりますわ」
四人がうんうんと頷く。
「っし。じゃあ良い具合に自爆出来るシナリオを皆で考えるか」
「生身の自爆も良いが自爆はやっぱロボだよな。そっちに関してはあたしに任せてくれ」
「自爆するとなると専用のフィールドも必要になりますわね。それはわたくしが用意致しましょう」
「……NPCは私がでっち上げるね」
あれよあれよと話が進んで行く光景を見て悠太は思った。
(滅茶苦茶不安だが……ちょっぴり楽しみかも)
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