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だが、それはある一箇所を除いての話だった。
その場所……村長の家の前へと連れてこられたクロノを出迎えたのは、その瞳に
憎悪を宿した見知った顔の人々。村に住む、ほとんど全住人であった。
「え……」
クロノから零れ落ちた声は、静まり返った人の壁に響いて消える。
女も男も関係なく、村長の家の前に集まった人々は険しい表情でクロノを見下ろすが、誰一人として口を開きはしない。
それがクロノには訳がわからず、とても恐ろしく感じた。
人々を見渡す中、最初に目に付いたのは、いつからか顔も見せなくなっていた医者の娘。彼女は他の人々と同様憎しみのこもった瞳でクロノを睨んでいたが、その瞳には同時に悲しみも浮かんでおり、頬を涙が伝っていた。
「何なんだよ……」
戸惑うクロノの問いに答える人は一人もいない。
ただ、思い沈黙のみが広がってゆく。
「こちらへ来なさい」
重い空気を切り裂くようにそう言ってクロノを呼んだのは、以前見たときよりも
数段老けたように見える村長だった。
「私が話している間、皆は大人しくしているように。“あちら”に何かを勘付かれるような言動は慎みなさい」
村長の言葉に、神妙に人々は頷きを返す。
クロノの腕を掴んでいた男は手を離すと、村長の方へクロノの背中を突き飛ばす
ように押した。
「わっ」
よろけるクロノに構わず、村長は家の中へと入って行った。
クロノにも中に入れ、ということなのだろう。
家の扉は開かれたままで、足踏みするクロノには厳しい視線が降り注いだ。
クロノは、もう何度も読み返し頭に焼き付いているエイトの手紙を思い返して、
ぐっと眉間に皺を寄せる。
何が起こったのか、詳しいことは何もわからない。
けれど、エイトが気をつけろと忠告した村長、この村人達の態度。
エイトが詳しいことは言えないと隠した何かで、良くないことがあったのは確かだ。
そして……
“もし、俺が帰って来なかったら、すぐに村を出ろ。
最悪の場合俺の後を追う事になる。”
エイトの、その言葉がクロノの頭の中をちらついた。
嫌な予感、不安な心を押し隠すように奥歯を噛み締め、クロノは震えそうになるのを必死に堪え足を進める。
そしてゆっくりと、村長の家の扉をくぐったのだった。




