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それは、とても寒い日のこと。
連日の魔法の練習の疲れから深く眠っていたクロノは、けたたましい音に意識を
覚醒させた。
音の正体は、誰かが扉を破りそうな勢いで叩く音のようで、慌ててクロノは玄関へ走った。あまりに力強く叩いているせいで、扉は少し歪んで外の冷気が入り込んでいる。
寒さに首をすくめながら、クロノは恐る恐る扉を開けた。
「何ですか?」
クロノがそう言いながら見上げた先にいたのは、息を荒げた村の男だった。
男はとても焦っている様子で、クロノの問いに答えるより先に、乱暴にクロノの
腕を掴んだ。
「っ、なに!?」
掴まれた腕の痛みに顔を歪め後ずさろうとすると、男はクロノを睨みつけてその
細い腕を引いた。
「いいから来い!」
大人の本気の怒鳴りにクロノは反射的に身を縮める。
エイトは、どれだけ怒っていても本気でクロノに手を上げる一度も無かった。
男の向けてくる殺意にも似た敵意は、クロノに初めて大人への恐怖を感じさせた。
「早くしろ!」
固まるクロノを引きずるように男は村へ向かって大股で歩き出した。
クロノの腕を掴む力は依然強く、無理に引っ張られることで肩まで痛みを訴え
始める。
「いたっ」
痛みや恐怖による防衛本能だったのかもしれない。
クロノは反射的に魔法を使おうとした。
――…瞬間、クロノの脳裏を過ぎったのは、エイトの姿だった。
今のクロノならば男一人を吹き飛ばす事も……殺すことさえ容易だ。
けれどそうしてしまったら、それを知ったエイトは今までと同じように接してくれるだろうか。
咎めるだろう。怒るだろう。
そして、きっと悲しむだろう。
エイトが育ててくれたのも、魔法を教えてくれたのも、誰かを傷つけ殺すため
じゃない。
ぐっと拳に力を込め、高まっていた魔力を宥める。
何とか魔力を落ち着けたクロノは、魔法を使わない以上逃げる事はできないと
諦め、ただ黙って男に連れられるまま村へ入った。
だが直ぐにその様子がおかしい事に気がつき、思わず疑問を口にした。
「……静か過ぎる」
いくら人口の少ない村といえども、クロノが行ったときはいつも、話し声や生活音など、何かしら人の気配ともいえるものがあったのだ。
けれど、今の村は不気味なほどに静まり返り、まるで人が一人もいないような状態だった。




