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それから数日後の夕方、クロノは村の方が騒がしいことに気がついた。
「何かあったのかな?」
手元から視線を外し、すぐ傍でコーヒー片手に本を捲っていたエイトに問う。
「あぁ、村長の家で宴会だと。今夜はずっとこの調子だろうな」
「ふーん。エイトは行かなくていいの?」
何かめでたい事でもあっただろうか、と思いながらクロノが聞くと、エイトは一瞬考えるように瞼を閉じてからクロノに笑いかけた。
「ソレが出来るのが楽しみだからな」
エイトが視線をやった先は、不器用ながらもお守りを作るクロノの手元だった。
何度か針で指を刺しながらもめげずに作業する姿は見ていてどこか歯がゆい気分にさせる。
けれど、ずっと見ていたいと思うほどに愛しい姿だった。
「あとちょっと……っと。とりあえずこれで完成!のはず!」
「はずってなんだよ、はずって」
「だって初めて縫い物なんてしたからちゃんと出来てるかわかんないし。失敗してたら作り直すから待ってて」
やや縫い目の粗いそれを上から下から覗き込んで吟味するクロノに、エイトは
「いいさ」と言って立ち上がった。
「それ以上やったら指が血だらけになるぞ」
ひょいとクロノからお守りを取り上げると、ぶすっと頬を膨らませたクロノの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「ありがとな」
そう言ったエイトの表情があまりにも嬉しそうで、クロノはどう反応したらいいのかわからなくなった。
「……あっそ」
結局、視線を彷徨わせながらそっけなく答えたクロノだったが、エイトにその様を爆笑され、もう絶対にエイトに何かをプレゼントなんてしないと決めるのだった。
・・・・・・
世界が動き出す夜明け前。
わずかに村の方は明かりが灯っているが、外れにある二人の家は未だ暗闇の中だ。
「……」
まだまだ眠りの中のクロノの傍らでペンを走らせていたエイトは、最後の一文を
書き終えて静かにペンを置いた。
その格好は、とても今まで眠っていた者のそれではない。
普段の気だるげな格好からは思いもよらないほどしっかりと着込んだそれは、
俗に言う旅装束だ。
ゆっくりと立ち上がってクロノのもとまで行くと、その安心しきった寝顔を覗き込む。
もう一度、この顔を見れるのかはわからない。
せめて、もう一度「お父さん」と呼んで貰いたかった、なんて考えながらクロノの黒髪をそっと梳く。
ちゃんと本当の親の話をしてやればよかった、なんて後悔が浮かんで苦笑したエイトは、もう会うことも叶わない人のことを思い返した。
クロノの母親、エイトの想い人であったその人は、エイトの魔法の師匠でもあった魔法使いだ。
どこまで似るんだ、と言いたくなるほどに、クロノと彼女はよく似ている。
魔法の才も、その容姿も、性格も。親子なのだから当たり前なのかもしれないが、そこがエイトには愛しくて、辛い部分だった。
彼女を愛していた。
その面影を追って、クロノを愛しているのかもしれないと、自問した日もあったのだ。
けれど、今のエイトは晴れ晴れと言える。
「俺は、お前を、お前自身を愛してるよ」
祝福のようにクロノの額に口づけを落とすと、エイトはそっとクロノから身を引いた。
「クロノ」
愛しい、彼にとって本当の息子の名を呼ぶと、エイトはふわりと微笑んだ。
優しく細められたその瞳は、揺らぐことなく前を向いている。
「――…いってくる」
お前の未来を、少しでも良くするために……。




