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クロノは、心地よいぬくもりに瞼を開けた。
「え?」
視界いっぱいに広がる、僅かな夜光に照らされた誰かの胸板。
目を点にしながらもぞもぞと顔を上げれば、至ってナチュラルに笑顔を向けてくるエイトと視線がぶつかる。
「悪い、起こしたか」
「……何してるの?」
否、何をしているかは明確だった。
エイトは待ち疲れて寝入っていたクロノの布団にもぐりこみ、抱き枕でも抱くようにクロノを腕の中に納めているのだ。
従ってクロノは問いなおした。
「何でこうなってるの?」
これではいつかと真逆である。
あの時冗談半分でクロノが一緒に寝るかと提案したのを却下したのはエイトだ。
どうにも腑に落ちない気持ちになったクロノのじとっとした視線に、エイトは苦笑こそしたが離れることはしなかった。
「んー、なんかな。ちょっと寂しくなっちゃったんだよ」
そう言ったエイトの表情がどこか辛そうでクロノの胸に不安が広がった。
何かあったのか、そう聞こうと口を開いた時、打って変わってエイトは明るく言った。
「帰ったら笑顔でおかえりーって抱きついてくるかと思ってたのにお前寝てるんだもん。俺も早くベッドで寝たかったのによー。半分嫌がらせだから、大人しく俺の抱き枕になってな」
ぎゅっと更に強く抱きしめてくるエイトの腕を掴むと、クロノは不満気に口を尖らせた。
「僕待ってたし。エイトが遅いのが悪いんじゃん」
「そう、だな」
むっとするクロノに一瞬驚いたような表情をしたエイトは、「悪い悪い」と言い
ながらなだめる様にクロノの頭を撫でた。
「ご飯いっぱい、つくってた。でも全然帰ってこないから、全部一人で食べた」
「そっか。ごめんな」
「何回も迎えに行こうか迷ったけど、行き違いになったらまた心配させるから、
我慢した」
「……ごめんな」
不満も文句も言いたい事は山ほどあって、いくらでも口をついて出てくる。
それらひとつひとつに、ただ「ごめん」と言って頭を撫でるエイトに、クロノは
ぐっと唇を噛んだ。
本当に言いたい事は、こんな事じゃない。
情けない顔を隠すようにぎゅっと自らエイトに抱きついたクロノは、ぼそっと、
そっけなく告げた。
「……おかえり」
「あぁ、ただいま。待っててくれてありがとう。
さ、まだ夜だ。もう一眠りしとけ」
「うん」
そっと頭を撫で続ける手の温かさ、抱きしめた体のぬくもりと伝わってくる規則正しい鼓動の音。
ここにエイトがいる。
まだ、一緒にいられている。
あとどれくらいしたら、エイトは「やらなくてはいけないこと」をしに、ここからいなくなるのかは分からない。どれくらいかかるのかもわからない。
けれど今は、まだ今は、エイトはここにいる。
「……寂しくないよ」
クロノがそう呟いたとき、一瞬、頭を撫でるエイトの手が止まったような気がした。
それは気のせいと思えるほどに少しの間ことで。
特に気に止めることはなく、クロノは与えられるぬくもりに抱かれて、数分も
しないうちに先ほどまでより良い夢の世界へとおちていったのだった。




