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「どうした、なぜ魔法を使わない?なめているのか?」
次々と繰り出される魔法に逃げる事しかできないクロノ。
決して人の多い場所へ行ってはいけない。
被害が大きくなることを躊躇する分、クロノの動きは制限されてしまう。
「なめてなんかいない。ただ、使えないだけだ」
クロノのその言葉に、自分の魔法で攻撃する間すら無いのだと思った男は、優越感を感じてより一層攻撃を強めてきた。
「はははっ、陛下のお気に入りもこの程度か!」
もともと綺麗とはいえなかった路地裏が瓦礫と土ぼこりでなお酷い有様へと変貌していく。
騒ぎが届いているらしい大通りの方からは悲鳴のような声も聞こえてくる。
「少々やりすぎたか」
視界の悪さにクロノを見失った男の攻撃が止んだ瞬間、クロノは男の左手につっこむと、男の首に狙いを定めて腕を伸ばした。
「ぐぅっ!」
「……ちっ」
その手に握られた瓦礫の山から拝借したガラス片は、大きく仰け反った男の首をかすめた。
すぐさま腕を薙いで男を仕留めようとするも、とっさに男がかけた防御魔法に弾かれてしまう。
「魔法使いのくせになんて卑怯なっ!」
「あんたに言われる筋合いはない」
男は近距離は危ないと判断し大きく後ろに跳んだ。
その様を見て、クロノは持っていたガラス片を投げ捨てた。
素手で掴んでいた為に、手のひらは流れ出る血で染まっている。
「言っておくけどな、俺は仮にあんたらに着いて行っても魔法は使わない。
そう誓ったからな」
「戯言を……まぁ良い。貴殿が魔法を使わないというならば大人しく消えてもらうまで。光刃!」
今までの中で一番強力な光の刃が無防備なクロノに襲いかかる。
これまで通り避けようと構えたクロノだったが、その足が動く前に視界が真っ暗になった。
不意に訪れた息苦しさと視界の悪さ。
その原因は、クロノを胸に抱くギノアによるものだった。
「防御!」
ギノアの鉄壁の防御魔法に男の魔法は飛散していく。
片手でしっかりとクロノを抱いたままだというのに、その防御は破られる気配すらなく男の魔法を弾いた。
「……くそっ」
限界は男のほうが先に来た。
散々逃げるクロノに魔法を撃っていたのだから、魔力の消費もかなりものだったろう。
その状態で大出力の状態の魔法を撃ち続けられるはずもなかったのだ。
段々と弱っていった攻撃がぷつんと途切れ、男は肩で息をしながら恨めしそうに二人を睨む。
「魔法師団の奴か……出張ってくるとはな」
「言い残すのはそれだけっすか?」
クロノを解放したギノアは、男にどこまでも冷徹な瞳を向ける。
男に一歩一歩近づきながら、ギノアは魔力を右手に集中させていく。
もう満身創痍の男に止めを刺すつもりらしい。
「待て、ギノア」
「先輩?」
ばっとギノアの右手をクロノは掴んで引き止めた。
振り返ったギノアの理性を失いかけている瞳を、クロノはまっすぐに見つめる。
「そいつには持っている情報を話してもらわないといけないんだ。
魔法はもう使うな」
「でも!あいつは先輩を!」
「ギノア」
「……っ」
力強い声に我を取り戻したギノアは、しゅん……と項垂れてしまう。
そんなギノアの頭を優しく撫でたクロノは、最早抵抗する気もうせているらしい男を見た。
「俺はあの方の命令以外では魔法は使わない。それがあの方との約束だし、それを守るのが俺の忠義だ。解れとは言わない」
「貴殿の忠義、か」
男は静かに呟くと、騒ぎに駆けつけて来た騎士団に捕縛され、連行されて行った。
クロノはその背中に小さく謝った。
「きっと、あんたたちの忠義の刃を向けるべきなのは――」
その声は路地裏に響いてくる街の喧騒に消えていく。
―…消えることのない過去の胸の痛みはじわりじわりと侵食し現在に影を落とす。




