8
微かに聞こえたその声にばっと振り返ったクロノの瞳には、先ほど店ですれ違ったフードをかぶった人物が映った。
「先輩?」
突然後ろを振り返ったクロノを不思議に思ったギノアが声をかけるが、クロノは構っていられなかった。
心が焦り、あの人物をともかく捕まえなければと足が動いた。
「悪い、先に帰れ」
「先輩!?」
人ごみを掻き分けて消えるクロノの後姿に、ギノアは呆然とするしかなかった。
レイルとの約束の時間もある。
だが―…と、ギノアは決意して走り出した。
「やっぱ先輩が優先っすよね!」
クロノの様子は明らかにおかしかった。
誰かを追っているような感じでもあったな、とギノアは思い返す。
誰を追っているのかなんて見当もつかない。
そもそも、ギノアはクロノのことをほとんど知らないのだ。
だが、そんな分かりきっている事を考えるのは後回しにする。
ギノアにとって今大事なのは「先輩がなんか大変そうだから助ける」ことだった。
人ごみの中を見渡しながら、ギノアは目に焼きついている大好きな人の姿を捜した。
・・・・・
大通りを抜け、狭い路地裏へと出る。
そこは華やかな大通りとはまるで別世界だった。
所々にゴミが捨てられ、座り込んでいるのはやせた人々。
薄暗いそこは“革命”の闇を体現していた。
フードの人物は壁に寄りかかって、追いかけてきたクロノを待っていた。
「お前、何者だ?何が目的だ?」
そう問うたクロノに、フードの人物は妖しげに目を細める。
「お初にお目にかかります……と、言ったほうがよいだろうか?
我らが王の“闇の魔法使い”殿。いきなりのこと、悪く思わないで欲しい」
ぎり、と奥歯を噛み締めたクロノは、激しい怒りを込めてフードの人物を睨んだ。
「なぜ、お前がその呼び名を知っている」
「なぜ?貴殿のことは、あの革命の前に王宮に属していた者なら誰でも知っている。あまりにも有名だったからな、“闇の魔法使い”の名は」
飄々と言うその者に、クロノの内で沸き起こる炎はより強くなる。
「俺をそう呼んでいいのはただ一人だ!決してお前ではない!」
怒りを露わにするクロノを見て目の前の人物は満足そうに微笑んだ。
「わかっているとも。今のは、少し貴殿を試したに過ぎない。
どうやら、心は同じようだ」
「何の話だ」
クロノに睨まれたままの人物は、その問いにフードを下げて答えた。
フードに隠されていたのは、灰色の髪を伸ばし放題にした男の顔だったが、クロノの目線は男の首元に釘付けになる。
男が羽織の下に着ていたのは、かつての王宮魔法師団の制服で、首元には前王・ヴィジェーンの紋章が付けられていた。




