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クロノが連れていかれたのは、所狭しと衣装が並び、壁には大きな鏡のついた部屋だった。
「サイズが合いそうな物はあるかしら。貴族のご子息用の替えでも引っ張り出さないと……」
すっかり仕事人の顔になり、一人で洋服の山へと向き合うアデル。
何もすることのないクロノはただ部屋の隅で小さくなって、アデルの仕事ぶりを
伺う他なかった。
「良さそうなものを見繕いましたから着てみてください。本当は一からきちんと仕立てた物が良いのでしょうけれど、時間もないので今日はこれで陛下にもご納得いただきましょう」
「ありがとうございます」
「礼には及びませんよ」
アデルは両手に服を抱えたままクロノを鏡の前へと誘導する。
「どうぞ」
用意されたのは、あまり派手なデザインではない、落ち着いた印象を与える黒色の衣装だった。
「問題はなさそうですか?」
渡された服に袖を通したクロノは、その問いに曖昧に微笑んだ。
「たぶん、大丈夫です。けど何だか、すごく場違いっていうか。慣れてないから、似合っていないような気がします」
「まぁっ」
クロノの言葉に、少し後ろで控えていたアデルはつかつかとクロノに詰め寄る。
「今からそんな弱気でどうするんですか!」
そして、そう言ってアデルはクロノの両肩をぽんと叩いた。
「いいですか、貴方はまだ小さいけれど、陛下の下で働くからここへ来たのでしょう?ならばこれからは身だしなみも言動も注意しなくてはいけませんよ。貴方がどこの所属として扱われるのかは知りませんが、特別に規定の服装がない場合はこういった服を毎日着ることになるんですからね。
……それに、弱気な発言は誰もいないところで言っても陛下の耳に入ってしまう。王宮とはそんな、弱みを見せたらお終いな怖いところなんです」
そこまで捲し立てたアデルは、少し強張ったクロノの表情を見ると、はっとして力を抜いた。
「いきなり驚かせてごめんなさい。でも、貴方はすでに陛下に能力を認められていると思うんです。来て早々に私室に近い部屋を与えられるくらいには。
だから後は、その陛下のお気持ちを裏切らないように忠心を持ってお仕えすれば、貴方はきっとこの王宮で立派にやっていけるはずです。頑張ってくださいね」
言いながらすっとクロノの服の襟を正して、アデルは一歩後ろへ下がった。
「ここで、やっていく」
小さく呟いたそれはクロノにとって、とても現実味のない事だった。
ただ、暗闇の中に見失った行く末を与えてくれる光に縋って、何も考えず、
何も知らないまま、知ろうとしないままにたどり着いたこの場所。
これからどんな先を行くのか、どう生き死ぬのかを今のクロノは何も知らない。
それを決める権利の有無も、自分の望みすらもわからないままだ。
投げ出したすべてを拾い上げたあの人は、ヴィジェーンという王は、どんな未来を見ているのだろうか。
――その未来に僕は。
ふと過った疑問の答えが否であっても、それでも構わないような気がした。
だからせめて、終わりを迎えるその日を与えられるまでは。
「道を与えてもらえる恩に報いれるように……」
ここで、生きよう。
ただ目の前の一瞬を、過ぎ去る一瞬を、あの人の望みのために。
それは、クロノの中で確かな生きる意味になった。
あるいは、生きることを肯定する理由かもしれない。
止まった歯車が回り出すように、クロノの“それまで”が終焉を迎え、確かな“今”が始まりを告げた。




