第二話:六日前
火曜日。
その日の授業が終わったので、さっさと家に帰る。
佐藤も一緒。
単に、家が近いからだけのことだ。
「日本はもう終わった。俺たちには未来が無い。原発も吹っ飛んだし、放射能もいっぱい浴びた。長生きできない。経済も何もかもダメだ」と佐藤が鼻をグズグズさせながら言った。
「そうかねえ」
終わってるのは、佐藤、お前のことじゃないかと俺は思った。
佐藤の奴は鼻が悪い。
子供の頃、鼻の病気に罹って、匂いがわからなくなったそうだ。
「匂いがわからない、嗅覚がダメだ。ということは、目が見えない、耳が聴こえないのと同様、俺は障碍者だ。なのになぜ障碍者手帳や障碍者年金がもらえないんだ!」と常日頃、文句を言っている。
まさか、それが人類を滅ぼす理由じゃないだろうな。
あと、こいつは目も悪い。
度のキツイ眼鏡をかけている。
佐藤が、また唐突に言いだした。
「スカイツリーに行ってみようぜ」
なんで、急にそんなことを言いだしたのか。
まあ、どうでもいい。
ヒマだしね。
上野駅から約二十分。
展望回廊から外を見る。
下の方は何もかも小さい。
当たり前だが。
ニヤニヤしながら佐藤が言った。
「ここから見ると、人間なんて見えない。シラミと一緒。踏みつぶしてもなんとも思わないだろ」
しょぼくれた顔をしてるな。
そのお前はシラミ以下じゃねーかと俺は思った。
「で、例の件だが」
「例の件って何だよ」
「人類滅亡計画のことさ」
「ああ、あれか」
俺はすっかり忘れてた。
佐藤が下らないことを言い始めた。
「人類を滅ぼすという偉大な事業の、最初のほんの些細なこととして、とりあえず東京都民を皆殺しにしようぜ」
いかれてるな。
平気でそんなことを口に出すような奴だから、ハブられるんだ。
俺は、口に出さないがハブられてるけどね。
「どうやるのか知らないけど、そんなことをしたら死刑だろ」
「俺たちは十四歳。少年法で守られている。死刑にはならないよ」
佐藤がヘラヘラした顔で言った。
まともに聞く気がしなくなった。
「死刑にならなくても、人生終わりだろ」
「捕まるつもりはないね」
「どうやって、皆殺しにするんだ」
「今、検討中だ。まあ、とりあえず核兵器は第一候補、化学兵器が第二候補、生物兵器が第三候補だけどな」
中学生が核兵器や化学兵器、生物兵器を作れるわけないだろ。
佐藤の奴は勉強は全然できない。
スポーツもだめ。
俺も似たようなもんだけどな。
「それにしても、たった二人で人類を滅亡させるとは凄いもんだね」と俺が皮肉ると、
「いや、俺一人で十分だが、お前もこの英雄的行動に加えてやろう。感謝しろ」と佐藤が言った。
何を言ってやがる、このいかれ野郎。
「ところで、この計画には携帯電話、ネットなど足がつくのは一切使わない。紙にも書かない。わかったな、鈴木」
「ああ、わかった」
勝手に妄想してろ。
それに、俺は今、腹が立っている。
展望回廊まで、入場料計二千三百五十円は高いぞ、スカイツリー! 財布が空っぽだ。