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王族の掟~貧乏姫の成り上がり~  作者: とまる
第一章 国立学園の卒業生
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第7話 ふたつの発表

 カルツェは危なげなく一日目、二日目を勝ち残った。寝不足でも何とかなるものだ。

 実を言うと、最初はいっそさっさと敗退して睡眠時間を確保してしまおうとすら思っていた。しかし、観戦席にとある人物を見つけた瞬間、気が変わった。

 ――何故この場所に殿下がいるのだろう。しかも、関係者席に、男連れで……ああ、隣の婚約者殿に席を融通して貰ったのか。ディアドール様は殿下と並んで座っているのだから出場者ではないようだが、彼であれば関係者席を用立てるくらい容易くやってのけるだろう。わざわざそこまでして俺に見せつけたいか。嫌がらせなのか――

 こんな感情は、八つ当たりに過ぎないという自覚がないでもなかった。しかし、それにしても腹立たしく思えて仕方がなかった。ついこの間まで自分との子どもが欲しいと言っていたくせに。舌の根も乾かぬうちに、今度はその男と子を産むつもりなのか、と。

 あの二人が見ている前で、そう易々と敗退する様を見せるのは癪だ。そんな感情のせいで、カルツェは全力で勝負に挑む破目になったのだった。――どっちみち、人一倍負けず嫌いな性質のカルツェは、わざと負けるような器用な真似はできなかった可能性も高いのだが。

 徹夜明けのテンションに燃料が投下されて無駄なやる気に満ち溢れてしまったカルツェは、二日目以降の勝負に備えるため、初日の試合が終わるや否や真っ直ぐ学生寮の自室へ向かった。それは二日目の試合後も同様であった。

 誰ともろくに会話せず、学習発表エリアの観覧を後回しにして。――こうして、カルツェは重要な情報を得ることなく、学園総会の二日間を終えた。


□■□■□■□■


 アンナは目の前で繰り広げられる剣戟へ釘づけになっていた。

 素人であるアンナに細かいことはよく分からない。それでも、カルツェの剣は純粋にすごいと感じた。

 まず、動きが静かである。と言っても、実際に戦っている音がアンナのいる観客席まで聞こえているわけではない。目に見える動きが静かに感じるのだ。

 限りなく小さな予備動作から繰り出される無駄のない動き。ぶれない剣筋。最小限の回避。ひたすらこれらの繰り返しである。

 決して華のある戦い方ではない。カルツェの試合は観客が気付かぬうちに決着していることも多かった。しかし、アンナはカルツェから目を離すことができなかった。


 結局、カルツェは準決勝の試合で敗北した。カルツェの本分は頭脳であって、剣術は数ある才能の内のひとつでしかないのだから、これでも十分過ぎる結果だとアンナは思うのだが、負けた本人は不満げな顔をしていた。

 勝つつもりだったのね、とアンナが感心して見ていると、唐突に観戦席を見上げたカルツェとアンナの視線が交わった。あまりにも真っ直ぐ視線が飛んできているので、気のせいではないだろう。この視線に何の意図があるのかアンナには分からなかったが、あまり好意的な感情でないのは確かだと思った。もの凄く険しくて鋭い眼差しだったから。

 五秒に満たないわずかな間を見つめ合ったあと、その氷点下の眼差しがスッと下げられたとき、安堵の息を漏らしたのはアンナではなかった。


「……随分、熱烈な視線を向けられていたように思いますが……、何か彼に恨まれるようなことをなさいましたか?」


 三日間律儀にアンナの隣で観戦し続けていたクルリケが、寒そうに腕を摩っていた。良く見ると顔色も若干悪いように見える。カルツェの睨みが随分効いたようだった。


「そんなわけありませんわ。どうして好意を抱いている方に恨まれるような仕打ちができると仰いますの」

「いやあ、姫様のことですから。何を仕出かすか分からないではないですか」


 武闘大会の観戦をしていると、試合と試合との間に幾分かの準備時間があるため、どうしても暇な時間が発生してしまう。そうなれば、隣に座っている知り合いと会話を交わすのは当然のことだった。

 この三日間で、アンナのぶっ飛んだ人となりをうっかり理解してしまったクルリケは、学園総会の初日と比べて随分砕けた様子でアンナと会話を交わしていた。

 アンナは元々、意識して猫を被ったりなどしていない。普段から親しくしている人間が皆無なのと、芸術作品のように整った美貌のせいで、周囲が勝手に勘違いしているだけなのだ。

 よって、クルリケほどのコミュニケーション能力に優れた人間であれば、アンナの正体に気が付くことは容易であった。どこかの疑心暗鬼に捕われている商家の三男坊とは違って。

 クルリケが抱いていたアンナに対する幻想はことごとく打ち砕かれた。しかし、クルリケは決してアンナに幻滅したわけではない。むしろ、思っていたよりも奥深く、魅力的な女性だとすら感じていた。

 ただし、この暴れ馬を制御できる自信は微塵も持ち合わせていないので、嫁に娶りたいという気持ちはスッカリ失くしてしまっていたのだった。


「先程の視線は確かに気になりますけれど……今更後戻りはできません。私、そろそろ向かわなければなりませんわ」

「ご武運を。もし姫様の思った通りに事が進みましたら、卒業後には我がディアドール家でお会いしましょう」


 この三日間のうちに差支えない範囲で色々なことを聞き出すことに成功していたクルリケは、アンナがこの後どう動くのかを知った上で、その行く末を祈った。願わくば、彼女が望んだ形での再会ができますように。

 もし、それが叶わなくとも――


「――それはそれで、ディアドール家に迎え入れられるよう動くとするかな。……何より、姫様はキリリカ姉様と気が合いそうだ」


 楚々とした歩みで遠ざかってゆくアンナの後姿を見つめながら、クルリケは嘆息混じりに呟いた。どっちみち、既に巻き込まれる運命からは逃れることができない。そんな予感がしていた。


□■□■□■□■


 学園総会、最終日。三日間の中でもこの日が最も盛り上がる。それは、武闘大会の決勝戦が行われるからであり、夕方から舞踏会が行われるからでもあり――国王陛下が御身自ら視察に訪れるからでもあった。


「今年は、随分優秀な発表が見られるそうだな」

「ええ、陛下。精霊魔法の分野で新しい技術を確立した研究がございます。きっと人類にとって有益な技術となりますでしょう。さあ、こちらでございます」


 国王陛下御一行が、様々な研究発表がズラリと並んだ会場を移動してゆく。

 文章を書き連ねた大きな用紙を板に貼りつけてある発表、分厚い冊子になった資料が積み上げられている発表、映像が浮かび上がる水晶球の魔導具を使っている発表、手作りと思われる何かの装置とその説明書きを展示している発表、芸術作品にしか見えないオブジェが乱雑に置かれているだけの発表――。

 そんな個性的な発表の数々を流し見るに留め、一行は目的の発表が展示されている場所へ真っ直ぐ向かっていった。

 程なくして目的地にたどり着き、さっそくカルツェ・ダッケルの研究発表をざっと眺めた面々は、その出来の良さに揃って感嘆の息を漏らした。国王陛下までもが、その圧倒的な研究成果には思うところがあったようで、何かを確信したように何度か頷いている。


「なるほど、これは素晴らしい。して、ダッケルといえば、かの商売人の家系であろうか?」

「ええ、そのように聞き及んでおります」

「ふむ、ダッケルとは何度か取引を交わしておるが、確かにあの血筋は頭の回る人間が多いからな。このような功績を打ち出す者が出ても頷ける。……優秀な人材を逃さぬためにも、然るべき褒賞が必要であろうな」


 国王はそのようなことを取り繕った顔で言いながら、内心で、この精霊魔法の天才とも言うべき青年の存在に並々ならぬ思いを抱いていたのだが――ふと、程近くに展示されている別の発表が偶然視界に入ると、それが妙に気にかかってしまって無意識に足を動かしていた。

 一見なんの変哲もない、王国法について述べられたものだ。調べた内容が箇条書きにまとめてあって、いかにも学生らしい発表に見える。しかし、その内容を少しでも読み進めてみれば、その異質さがすぐに分かった。


「……これは、『王族の掟』に関する研究か?」


 国王陛下の呟きを拾ってギョッとした案内役の男が、すぐさま駆け寄って国王の視線の先を辿る。


「た、確かに、これは第三章の……!これはまた、不敬に過ぎる行為でございますな。すぐにでもこの発表を用意した生徒に厳重な注意を――」

「いや、その必要はなかろう」


 国王は発表者の名が記された箇所を指し示す。


「アンナ・ヴァンフィオーレ……この研究を行った生徒は王族のようだ。第三章を研究材料にするのは珍しいことであるが、取り立てて目くじらを立てるようなことでもあるまい」

「はっ、出過ぎた真似を……」


 案内役が慌てて傅くのにも構わずに、国王はアンナの発表を凝視した。その内容は、大変興味深いものだった。

 国の上層部でも限られた一部の者しか知らないはずの内容に加えて、国王本人ですら知り得なかった情報までもが記載されている。

 これが、例えば精霊魔法の分野であれば、専門家ではない国王の知らない内容が含まれていたとしても不思議ではない。しかし、これは王国法、しかも第三章『王族の掟』に関する研究発表である。国王ですら知り得ない内容がこのような場所で明かされているなど、あってはならぬ事態であった。

 また、ここまで調べることができているのであれば当然行き着いたであろう事実が、あえて伏せられていることが国王には分かった。それは、つまびらかにされてしまうと国王にとって都合の悪い内容であった。

 恐らく、このアンナという王族が配慮して情報を伏せたのであろう。アンナがそのような良識を持つ者であったことが、せめてもの救いと言うべきか。


「……なかなか興味深い内容だ。このアンナという王族に話を聞けぬものか……」

「お呼びでございますか?国王陛下」


 国王陛下に一定以上は近付けないよう、警備兵によって通行を止められている野次馬の中から、凛とした女性の声が上がった。その声に引き寄せられて視線を向けると、そこには金色の髪を持つ何とも美しい女生徒が立っていた。

 金色の髪は王族の証。誰の目に見てもその女生徒が王族であることは明らかだった。


「もしや、お主が……?」

「はい、陛下。お初にお目にかかります。私、アンナ・ヴァンフィオーレと申します。父が陛下の末弟であるアーヴィス・ヴァンフィオーレ、母が陛下の姉姫であらせられるアイリーン姫殿下の娘アリッサ・ヴァンフィオーレでございまして、私も王族の末席に名を連ねさせていただいております」

「ああ、アーヴィスの……そういえば、あいつは傍系王族の姫を娶ったのだったか。であれば、お主のその濃い金色にも納得がいく。随分濃い王族の血を持っているな」

「恐れ入ります」

「して、お主がこの場にこのタイミングで姿を現したということは……お主のこの発表がどういった影響を及ぼすものなのか、既に察しがついているということで良いな?」

「はい……とは申しましても、予測の範囲に過ぎない部分も多くございますけれど」

「よろしい。では、人払いをした部屋で詳しく話を聞かせて貰おう」

「かしこまりました。陛下の御心のままに」


 ふたりの間で矢継ぎ早に進んでいく会話にポカンとしてしまっている周囲を気に掛けることなく、国王はさっそく案内役の男に部屋を用意するよう告げた。そして部屋に通されると、王が信頼を寄せている最低限の側近だけを残して人払いする。


「では、聞かせて貰おうか、アンナ。お主がどこまで知っているのかを――」

2018/8/7 アンナの台詞を一部修正

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