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そのばしのぎで

午前1時、足音を殺してアパートの階段を上った。


今日も散々な目にあった。

先輩の責任転嫁、同僚の押し付け、いつも部長の無理難題を聞くのは俺だった。


「ただいま。はぁ疲れた。お前もお疲れ。水換えてやるよ。」

リクガメのザックと2人暮らし、3日連続作り置きのカレーを食べて焼酎を飲む。

夢をあきらめて5年、こんな生活が続いている。

諦めた夢は趣味にも還らなかった。


冷蔵庫の上に置いた携帯が緑色に光った。

氷だけ入れたグラスを置いて手に取る。

「もしもし?」

『お!よう!久しぶり!』

妙に早口の男だった。

「誰?」

『誰って、俺だよ!』

「...誰?」

『いやほら、バイトで一緒だった片山。』

「覚えてない」

『お前から5万借りて飛んだ片山だよ。』

「...あ、おい返せよあの5万!すげぇ大変だったんだぞ?あの時1か月モヤシと米だけで凌いだんだから。」

『悪い、返すよ。ただな、条件がある。』

「おい自分が借りた金返すのに条件ってどういうことだよ」

『テレビつけろ。えっとな、4chだわ。今すぐ!』

「なんだよ意味わかんねえよ」


コンロの火を消してリモコンを手に取った。

4chでは音楽情報番組、というのだろうか。知らない女性と知らない男性が知らない音楽の話をしていた。


「で、なんなんだよ。」

『悪い、またすぐかけ直す。chはそのままで!じゃ!』


そう言って片山は切った。


テレビを横目に再びコンロに火をつけてカレーを温めた。


⦅さぁ、それでは参りましょうフューチャーピックアップ!⦆

⦅今日は最近若者のハートをつかみ始めているこのバンドを独占取材!⦆

⦅その名も...?⦆

⦅ザ・サンズアート!⦆


それほど大きくないステージで歌う3人が映し出された。

正直音楽は耳に入ってこなかった。

向かって左手でベースを弾いていたのは、髪の伸びた片山だった。


⦅誰が曲を書いてらっしゃるんですか?⦆

⦅ギターのケンジ。でもリーダーは俺!⦆


片山は学生の頃のままだった。当時もよくバイトのマネージャーに生意気言っていた。

画面はスタジオに移った。

⦅それではご紹介しましょう、ザ・サンズアートの皆さんです!⦆

⦅よろしくおねがいしまーす⦆


特に男前でもなく、特に話が面白いわけでもなく、彼らの素性が少しずつ明かされていった。


⦅いやぁ、片山のポンコツさにはよく驚くよね。⦆

⦅なんだよそれ!⦆

⦅ほら、あれあったじゃん。商売道具現地調達事件。⦆

⦅なんですかそれ!?⦆

⦅いや、その日ね、地元のライブハウスでライブだったんでチャリで向かってたんですよ。寝坊して超急いでて。そしたら横からチャリの女が突っ込んできたのね。ブスだったら怒鳴ってたんだけどそれがまた美人なのよ!まぁそれはいいや。大丈夫ですか?って声掛けたらすみません!つってすごいスピードで逃げちゃって。んでさ、背負ってたベース見たらネックが真っ二つなのね!どうしよっかなってすげえ考えてさ、俺それ1本しか持ってなかったし、その日ワンマンだったから借りる相手もいねぇし。でさ、バイトしてた店が近くにあったんだよ。んで駆け込んでさ。ちょうど金貸してくれそうな優しそうな先輩が休憩してたもんで「すんません!5万貸してください!」つって土下座よ。10分ぐらい粘ったら貸してくれてさ。⦆

⦅ほんといい人がいてよかったよな!⦆

⦅そうそう、それでね、その5万と財布に入ってた2万もって楽器屋直行して試奏もしないで見た目と値段だけで69800円のベース買ってその日は何とかなったのよ。まぁ余裕で遅刻だから怒られたけど。で、そのベースをいまだに使ってるんだけど。⦆

⦅先輩様様だなぁおい⦆

⦅まぁまだその5万返してないんだけど。⦆

⦅ポンコツすぎる!⦆

⦅先輩見てる~?⦆


そんな事情聴いてねぇよ。どうせパチンコで生活費スったんだろうと思ってたよ。

カレーを口に運びながら片山を思い出す。

年下のくせに生意気だし、だらしないし、でもどこか憎めない男だった。

愛嬌なのか、人を寄せ付けて許させる才能のある男だった。


番組の最後に彼らの新曲のMVが流れた。



≪どこかに届くかな 諦めなくちゃ そう思っても 手は伸ばしたままさ≫


そう歌っていた。



『もしもし!見た?すげぇだろ!テレビ出ちゃったよ!』

「うん、すげえよ。」

『やっぱ夢って叶っていくもんなんだわ!あ、そんで5万なんだけどさ、』

「片山」

『え?』

「いいよ。もうその5万は。時効で。」

『いや何言ってんの?俺この5万返すために今まで頑張ってたのに』

「相変わらず冗談ばっかだなお前は。」

『これが俺の味なんだよ。本当にいいんだな?』

「いいよ。なんか、俺ももうちょっと夢見てもいいのかなって思えたんだ。礼だよ。」

『エモくなっちゃってんじゃん!テレビで俺ら見てエモくなっちゃってんじゃん!』

「うるせえよ。」




「また明日から書いてみるよ。小説。」


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