初めての牛丼
ブックマーク2件!うっひょい!
もうちょっと早くあげてもよかったのですが、アクセス解析というものがあることを発見いたしまして、日曜日の7時にあげたらどうなるのかという実験であります。(ちょっと遅れてるけど)
「おいケイスケ。今日はどうする?」
「わるい、今日もバイト」
最近めっきり付き合いが悪くなったケイスケは、そう言ってそそくさと去っていきました。
~リコ・クロウド 魔法研究員著 カガクの世界 1巻206頁より~
観葉植物で飾られた店内。暗くはなく、しかしどこか落ち着いた雰囲気を醸し出すその店のカウンターに、里香とアルフレッドはいた。
里香が言うには、ここは夜はお酒もふるまう場所であるらしい。
しかし、今はまだ夕食にしては早い時間であるためか、人はそれほどたくさんはいない。
ここに来るまでに軽く里香から物の名前を教えてもらっていた。
よく見たら中に人が乗り込んでいた四角い魔獣。金属のような柱の上にある丸い発光体。
アルフレッドが知らないものをキョロキョロ見回す様子を見て、里香はアルフレッドが土地に詳しくないことを察してくれたようであった。
シャシン。デンワ。自動車。シンゴウキ。そしてギュウドン。
さすがのアルフレッドもここまで一致すると理解してくる。
ここはアルフレッドが行きたかった、魔法の無い世界「カガクの世界」の中ではないか。
少なくとも、その本に類似した世界であるのだろう、と。
あご髭の生えた40代くらいに見える男性が優しそうな笑顔で、水の入ったグラスを持ってくる。
「この人は店長の富田さんっていうんだ。富田さん、ギュウドン並2つお願い」
はいよ、と言って店長が厨房に下がっていく。アルフレッドはその会話にどことなく親しそうな雰囲気を感じ取る。
「ここのギュウドン、そこらのチェーン店よりうまいから」
メニューの写真を指さしながらにししと笑う。
どうやらギュウドンというのは牛に見たことのない文字で「牛丼」と書くらしい。
「カガクの世界」には詳細が分からなかったが、字から察するにどうやら牛肉を使った料理なのだろう。
そのようなことを考えていると、里香はすっと笑顔を戻して一瞬アルフレッドを見つめる。
アルフレッドは美しい瞳に吸い込まれそうな気がする。
「悪かった」
里香は真剣そのものな表情のまま頭をさげる。
何について謝られているのか分からず戸惑うアルフレッド。
里香は続ける。
「あんたが上手く避けてくれなかったら、怪我を負わすところだったよ。本当に悪かった。私のバイクは気にすんな。行方不明の父親の物だ。動けばいいから修理代とかは請求しない」
「え……ちょ、え?あの、いや、頭を上げてください!大丈夫です!」
里香は顔をあげ、再びメプルの花のような笑顔を浮かべて言う。
「ま、お詫びと言ってはなんだけど、うまい牛丼おごってやるよ!」
「あ、はい、あのお金とか持ってないから……ありがとう」
里香はうん、と頷いたあと、はあ、と軽くため息をついて言う。
「いやあ、何年バイク乗ってるんだって言う話だよね。なんかこう体がふわっとしてしまって……いやあ情けない」
「あ、それはごめんなさい、僕が攻撃しちゃったから……」
アルフレッドはつい魔法で攻撃したことを口に出してしまう。
里香は怪訝な表情をして、どういうことかと問う。
アルフレッドはしばし考える。
もしこの世界が「カガクの世界」の中だとしたら、ここは魔法がない世界である。
本の通りなら、魔獣のいない平和な世界だ。命の危険はないと思う。
であれば、だ。夢にまで見たこの世界を見て回りたい、と思うのはアルフレッドにとって自然なことであった。
自分が他の世界から来たことを話せばいろいろな場所に案内してもらえたり、知らないことを教えてもらえるかもしれない。
運のいいことに目の前の女性は親切な人のようである。
考えをまとめたアルフレッドは自分の今の状況を話すことにした。
「実は僕、こことは違う世界からきたんです」
アルフレッドが詳しい話をしてから十数分ほど。
「はあ、どうにもいまいち信じられない話だけど……まあ一応信じようかねえ」
牛丼を食べながら、里香が言う。
「信じてくれるの?」
それまでの会話の様子から全然信じてもらえていないと感じていたので、アルフレッドは驚きの声を上げる。
「いや、普通は信じないと思うぞ?魔法のある異世界から来ました、なんてな。
でもあんた、二ホンのことについて何にも知らない外国人かと思えば、そのわりにニホン語ペラペラじゃん?字まで読めるし。」
不思議そうな顔をしたアルフレッドに、里香はニホン語というのは「ニホン」の言葉だと教える。驚くべきことに、この世界には言葉がいくつも種類が存在する、ということらしい。
「奇妙な服装の不思議っ子かって判断するにはまともすぎるって言うか。
少なくともあんたにとっては、別世界から転移したように感じるような経験をしてきたのかもなあってくらいには信じるよ」
里香は店長の富田にお水のおかわりを頼む。
「ほら、あんたも冷めちゃうよ?美味いから食べな?」
里香に言われて、話しっぱなしだったアルフレッドは水を一口飲んだ後、初めての牛丼を手に取る。
ハシを使ったことがないならスプーンを使いな、との里香のアドバイスに従う。
ふっくらとした白米に味が染み込んでそうな牛肉と、見たことのない野菜。
口に運ぶと絶妙な味の肉と野菜のうまみが、白米に支えられて口いっぱいに広がる。
「これが、牛丼……」
ほう、とため息をつき、自然と笑みがこぼれる。
「どうだ、うまいだろ」
にっと笑う里香。
アルフレッドは頷いて夢中になって牛丼を食べる。
里香はしばらく何も言わずに、楽しそうにアルフレッドを見つめる。
「ごちそうさまでした」
アルフレッドが完食すると、よし、と言って里香が話しかけてくる。
「それで、アル……って呼んでいいかな?あんた今からどこか行くあてはないんだろ?どうやって生活していくつもりだい?」
アルフレッドは困った表情をする。
「どうしよう」
「あーそうだね。こっちの生活は全然わかんないよね……」
里香が説明をしてくれる。
ニホンで生活するには何においてもお金が元の世界以上に必要なようである。
食べるのにも、住むのにも、遊ぶのにも、労働をして得たお金で生活をする。
狩りなどをするのにも資格や許可が必要になるし、サバイバルをして生きるというのはハードルが高いらしい。
すなわち、アルフレッドがここで生活していくためにすべきことは金銭収入を定期的に得ること。
つまり、仕事を探すことが今一番やらないといけないこと。
いろんなところを見て回ったりしたいと思っていたのだが、どうやらそれはしばらくできないようである。
「仕事かあ……どうやって探そう」
「まあ普通はあんたみたいな子供はバイトを探すことになるんだろうけどね。コウコウのガクセイショウがないから簡単ではないだろうね」
二人でうーん、と悩んでいると、富田店長が2度目の水を入れに来た。
「どうした?里香ちゃん。なにやら悩んでるみたいじゃないか」
話しかけながら、綺麗に食べきったアルフレッドの器を見て笑顔を浮かべる。
「あ、富田さん。いやあ、この子訳アリなんですけど、バイトどうやって探そうか考えてて……」
ほう、と富田はアルフレッドを観察する。
そうなんです、とアルフレッドはお金がなく頼れる人もいないことを告げる。
「そうだ!富田さんここでアルを雇ってくれない?ここだったらまかない出るでしょ?」
良いことを思いついた!というように、里香が両手を合わせて頼む。
対する富田は困ったように返答する。
「いや、待ってくれ。そりゃあうちも人一人くらいいても問題はねえけど、そんな簡単に決め」
「涼子」
里香は富田店長の言葉を遮って人の名前を告げる。
富田は固まる。
「このあいだの飲み会で酔った時の涼子のロクガデータ」
「永遠に雇おう」
富田店長は食い気味にバイトを了承する。
「あ、ん?えっと、ありがとうございま……す?よろしくおねがいします」
急展開について行けず、アルフレッドは慌てて頭を下げる。
里香はアルフレッドの耳に近づく。
アルフレッドは急に里香の顔が近くなったことで顔を赤くする。
「富田さん、いい年して私の幼馴染に恋してんだってよ」
アルフレッドは、楽しそうに笑う里香と、ちょっと顔が赤い富田店長を見て、唖然とした。
直後、里香と共に声を出して笑ってしまった。
やっとアルフレッドの認識が追いついてきました。
物語が動き出すのはもう少したってからです!
気長に待ってて下さいね♪
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