隠された魔法陣
初投稿です。日ごろは長編小説をのろのろと書いています(投稿などはしていない)が、表現力の向上には量も必要だと思い、書き始めました。日頃のものよりプロットがかなり甘く、伏線なども練れていないのですが、進まない小説よりはいいかと思って寛大な心で見て頂けると助かります。
ウンポート図書館は暗かった。窓から入ってくるはずの日の光は雨雲に遮られている。
蔵書量が棚5つ分ほど、4人掛けテーブルが4つという小さな図書館だ。夜でもないのに魔法灯をつけるようなことはない。
雨音に囲まれた暗い図書館には人が2人しかいない。
一人は15歳くらいの赤髪の少年。4つのテーブルの一番右にすわり、青い瞳をもう一人へ向けている。
もう一人は白髪の老人。頭頂が剥げていて、受付に座りながら少年のほうを見もせず少年に話しかける。
「アルフレッド……なにもお前こんな日にまで来なくてもいいじゃろう」
少年アルフレッドは老人に向けて言う。
「やめてよリノじい。僕には獣士祭は関係ないじゃないか」
「いや……わしは単純に今日は暗いと言いたいだけなんじゃが……」
リノじいと呼ばれた老人は、ため息交じりに返す。
一瞬、なんとも言えない沈黙の時間ができる。
まるでそのタイミングに合わせたかのように、雨音の向こうから大きな魔力波が飛んでくる。
「また今年も大きな魔法を打ち上げたのう……始まったようじゃ」
リノじいが呟く。アルフレッドは心底嫌そうだというように目を細めて言う。
「毎年大げさなんだよ……魔法をみせびらかすみたい」
「まあ祭りというのはそういうもんじゃ。派手に大きく魔法を打ち上げねば、遠くの者へは伝わらんからのう」
「僕はただの新人獣士のお披露目会に、そうまでしないといけない数の人が集まるのが信じられない。しかも毎年だよ毎年」
アルフレッドはテーブルに顔を伏せる。
リノじいは立ち上がり、魔力波がきた窓のほうへと近づく。
「うーむやはり見えんのう……祭り中は雨避けの魔法が空中にかけられてあるはずなんじゃが……」
リノじいは雨をはじいて屋根のように見える空間がないか目を凝らす。しかしやはり見えないようで、諦めたように受付へ戻ってくる。
「そんなに見たいなら、リノじいも行ってきたらいいじゃん」
アルフレッドがすねたように言う。
「いやしかし、人がおるのに行くわけにはいかんじゃろう」
「去年もそう言ってたけどね」
「そうじゃったかのう」
リノじいは困ったように言葉を続ける。
「しかし、アルフレッドや。今年はお前の幼馴染が獣士になったんじゃろ?今年くらい行ってもいいんじゃ……」
アルフレッドは途端に顔をあげ、雨音をおしのけんばかりの声を上げて、立ち上がる。
「そんなこと!あいつが!ニーナが獣士になったからって、なんで僕が見に行かないといけないんだ!関係ないじゃないか!」
アルフレッドは立ち上がった時と同じ勢いで椅子に座り、今度はぼそぼそと言葉を続ける。
「だいたい獣士なんて……魔法の才能の塊みたいな人のお披露目会に……僕なんかが行ったっていい笑いものじゃないか。魔力波が出せないから初級魔法しか使えない。魔力が小さすぎてその魔法の威力も低い。雑用も満足にできないような僕が行ったところで……みじめなだけだよ」
言って机に伏してしまったアルフレッド。リノじいは優しく声をかける。
「みじめなどと考えるでない。確かに多くの仕事は魔法で行われているかもしれん。じゃが、魔法の才能が弱くとも人は願えば大きく羽ばたけるんじゃよ。例えばほれ、おぬしが気に入っておる本の著者など、初級魔法すら使えんかったんじゃぞ?」
アルフレッドは再び伏した顔を上げる。
「リコさんが?魔法を使えなかったの?全く?」
「そうじゃよ。彼女の作品には魔法が登場せん理由の一つじゃと、わしは思っておる」
アルフレッドはリコという人が書いた小説を気に入って、何度も読んでいた。その小説では魔法が存在しない世界が色鮮やかに描かれていた。アルフレッドは魔法の才が乏しいが故にその本に惹かれていったのだが、リコも自分のように魔法的に力のない人物だったと聞くとさらにその世界が好きになれそうな気がした。
「そっか……。あーあ、本当に魔法なんてない世界に行きたいなあ」
アルフレッドが灰色の空の映る窓を見ながら呟く。
「おぬしはそれでいいかもしれぬが、それじゃと人間は滅んでしまうのう。魔法がなければ獣士は魔獣を止められぬし、他のいろいろな仕事もできないことがたくさん生まれてしまう」
魔法も必要な物なのじゃよ、と笑うリノじい。アルフレッドは面白くなさそうな顔をする。
「ほら、アルフレッド。こんな暗い場所で向こうの世界なんぞに思いをはせず、獣士祭に行ってこっちの世界に参加しようぞ。甘いコリッツの実のあつあつ焼きがあっての。あれはこの祭りくらいでした食べられんからのう」
リノじいが再度獣士祭に誘うが、アルフレッドはため息をついて返答する。
「はあ……そんなに行きたいなら行ってくれば?僕は本を読んでるよ」
リノじいは今年もだめか、という表情をしてしぶしぶといった感じで言う。
「どうしても行きたくないのか……。ニーナちゃんは喜ぶじゃろうにのう」
そう言っても考えが変わらない様子のアルフレッドを見て、リノじいは小さくため息をつく。
「それではわしはちらっと見てくるから、ここを出るなら今年こそ鍵をちゃんとしめて出るんじゃぞ。あと炎系の魔法は厳禁。水系もやめてくれ。まあ入り浸っとるアルフレッドのことじゃから心配はないと思うが」
リノじいは立ち上がり、受付の奥から出してきたコートを羽織る。いってらっしゃい、と言うアルフレッドに再度似たような注意喚起をして、戸を開ける。軽く頭上を指でさし、軽い魔力波を出した後、リノじいは行ってくると伝え去っていく。
雨がリノじいを避ける様を少し複雑な表情で見ながら、アルフレッドは戸を閉め、一人になったウンポート図書館を改めて見渡す。
通いなれた図書館はもともとたくさんの人が集まるわけではない。しかし、全く人がいないのではやはりさみしさを感じる。仕事をさぼって昼寝をしにくる肉屋の旦那や最近読書にハマっている老夫婦も、さすがに今日は獣士祭に行っていてここへ立ち寄ることはないだろう。
アルフレッドは寂しさを埋めるように、今日も本を読もうと探し始める。彼が使える数少ない初級魔法で小さな明かりの玉を左手に出し、本棚の合間のいつもの場所に行く。
いくつかの本を見る。しかし最終的に手に取ったのは、何度も読んで内容を覚え始めているあの世界の本だ。
「『カガクの世界』…」
無意識にタイトルを読み上げる。魔法ではなくカガクというものが発展した世界の物語。
6巻あるその本のうち最後の2巻を片手で持ち、テーブルに戻ったアルフレッドは、寂しい図書館の世界から逃げるように、その世界に意識を沈める。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、軽い空腹を感じてアルフレッドは意識を現実に戻す。
窓の外を見るが、相変わらずの雨で時間はよくわからない。空腹の具合からしておやつの時間くらいだろうか。
「……帰るか」
アルフレッドはケロドルの実が家にあったことを思い出す。
まだ赤かったはずだ。すっぱくなる前に食べないといけないしな。
そう思い、アルフレッドは本棚に本を戻しに行く。
3つ目の棚の下から2段目。いつもの場所にさしかかろうとしたとき、カガクの世界の6巻が右手から滑り落ちる。アルフレッドは左手で抑えようとするも、光の魔法が消えるのを嫌って中途半端に手首を当てにいったため、上手く止まらず地面に落ちる。
「ん?……これは……なんだ?」
アルフレッドは落ちた本の空いているページを見て、違和感を覚える。光を受けた文字がいくつか、変な反射の仕方をしているのだ。
アルフレッドは本に光を近づけると違和感はなくなった。
どうやら一定距離離れた光を反射する文字がいくつかあるようだった。
再度立ち上がってアルフレッドは反射する文字の並び方を観察する。
「え…この形って…魔法陣!?」
アルフレッドは思わず驚きの声をあげる。
上級魔法を使うのに必要な魔法陣がどうしてよりにもよって、魔法のない世界の本に仕込まれているのか。アルフレッドは不思議な思いを抱くと同時に困惑した。
アルフレッドはしばし思索にふけっていたが、本の著者であるリコが魔法が使えなかったという先ほどの情報を思い出した。
じゃあ少なくともこの魔法陣をリコさんが使ったはずはないよな。じゃあこの魔法陣は何なんだろう……。
そう思い、アルフレッドは次第に好奇心が大きくなる。
幼稚なごっこ遊びか、はたまた心の奥底には魔法へのあこがれがまだあったのか。人がいないのをいいことに、アルフレッドは魔方陣を照らしながら使えるはずもない上級魔法を使うふりをする。
「あー…上級って何か対応した言葉が必要なんだよな…。あー『僕をこのカガクの世界に飛ばしてください』」
魔法のある世界から逃げたい。魔法のない世界に行きたい。
それは魔法の才能に恵まれなかったアルフレッドが、つい出してしまった本音だった。
直後、ほんの表面に浮かぶ魔方陣から強烈な光がほとばしる。強い風が吹き、アルフレッドの髪を押し分ける。
発動しないはずの、魔力すらほとんど込める気のなかった上級魔法が発動する。
混乱したアルフレッドは光に包まれ、次の瞬間姿を消す。
いつも以上に寂しいウンポート図書館は、今年もまた、鍵が開いたままの状態で、無人になった。
獣士祭から遠く離れたその無人の図書館は、リノじいが帰ってくるまでただ雨音に囲まれている。