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片翼の蝶 anotherstory

作者: 広瀬祝詞

 あたしの大事な幼馴染に、そんな重いもの預けるなんて、神様は酷いと思った。

          *

 あたしが二年ぶりにその元同窓生と再会したのは、いつも学校に行くのに電車を待っている駅のホームだった。

 あまり突然に視界に入ってきて、あたしは思わず大きな声ではしゃいで呼びかけた。でも何故だろう・・・話しが通じない・・・

「すいませんどちら様ですか・・・」

「えっ」

 びっくりした。ふざけてるのかと思った。だって・・・

「ほらあたしだよ!大蔵!やっだなーもう忘れちゃったの?ほんのちょっと前まで同じ中学の同じクラスだったのに」

 元同窓生の二見は、「おおくら・・・」とあたしの名前を繰り返した。でもやっぱりぴんと来ないみたいで、これは嘘でも冗談でもないな、とこんなあたしにも分かるくらい困惑した顔をしていた。

 でも二見は、私が中学の名前を出すと、あっさりその『不審者を見る目』をやめてくれた。おかしいなあ、あたしそんなに影薄かったのかな。そんなわけないと思うんだけど。それか、あたしがあまりに可愛くなっててわかんないのかなー!なんて、気を取り直したところで、駅に電車が入ってきた。それがまたびっくりで、なんと同じ電車だったから、あたし達はまだもう少し、電車の中で話しをすることになった。

          *

「でさあ・・・って、棗聞いてんのー」

「えっ、ああうん。何だ何だ?」

「もー。今朝からずっとぼーっとしてるけど、何かあったの?」

 その日の昼休み、とっくに空になったパックジュースのストローを銜えて物思いにふけっていると、クラスメイトの麻紀に怒られた。

「何かあったって・・・うーん・・・」

「え、何々?おねいさんが聞いてあげよう。」

 何言ってんの。そのふざけてる感じ、全然頼りないよ。

「・・・・・・・・・・・・と、いうわけなんだよね。」

 はい。結局話しました。一人で悩んでてもいい解決法なんて、あたしの頭じゃ思いつかないもんね。

「・・・何それ。」

「変でしょ?」

「変だよ。」

「だーよねー。だっていくらなんでも二年前の話しだよ?しかも、中学三年っていうなかなか思い出深い時期一緒のクラスだったのにさあ」

「違うよ!棗!そうだけどそうじゃないでしょ。」

「はいい?」

 ちょつと何、麻紀いきなり怖いぞ。

「だって棗、その人と家も近くて幼稚園から一緒だったんでしょ。そんな幼馴染のこと、二年ぽっちでそんな完全に忘れるわけないよ。」

「そ、そうかな・・・」

 でもあたし以外の人のことも忘れちゃってるみたいだし、この際そんなの関係ないんじゃないのかなあ・・・・。

「そういえばあたし、もう一個ひっかかってることあるんだ。」

「ん、何?」

「まだ入学して一ヶ月も経ってないんだし。」

「は?」

「二見が言ったんだ。あたし、その時はびっくりしたの。でも、やっぱ勘違いなのかなーって。やっぱ、今思うとおかしいよね・・・」

 あ。今すごい麻紀ちゃんが呆れた目で見てるよ・・・怖い・・・・。

「あんたそれはね、その時点で変すぎるじゃない。いろいろそいつが忘れちゃってる現状といい、ちゃんと確かめて来なさいよね」

「うう・・・」

 二人の極めて軽いトーンの会話とは反対に、あたしの足元の空気は随分重い気がした。

          *

 毎朝二見とは駅のホームで会って、先に電車を降りるあちらさんの背中に手を振る。そしてぼんやりと、いつもどこかかみ合わない話の内容を思い起こす。そんな日々がしばらく続いたある日のことだった。そういえば、下校のときは二見に会わないんだよなあ。家近いし、むしろ放課後の方がばったり会いそうなのに・・・。

「あらっ棗ちゃんじゃない!」

 突然声をかけられてびくっとする。振り返るとそこには、買い物帰りらしい、あたしの記憶とあんまり変わらない二見のお母さんがいた。


「悪いわねえ、手伝ってもらっちゃって。」

「いえ、重そうだったんで。」

 あたしは、おばさんの持っていた重たいスーパーの袋を二見の家の玄関に置いた。

「もう棗ちゃんも高校生かあ。立派になったわねえ。」

「えー、そうですかっ?二見もでっかくなりましたよね!」

 あたしが言うとおばさんは、なんだか意外そうな顔をした。

「?」

「棗ちゃん、あの子に会ったの?」

「はい。この前ばったり。最近はほぼ毎日駅で会います。でも、あの人ずっと電車通でした?あたし今まで全然会わなかったのに、最近になってよく会うようになったんで、不思議だったんですけど・・・・おばさん?」

 あ。なんか変なこと言ったかな・・・あたし勢いで喋っちゃうからなー・・・。

「あの、おばさんあたしなんか・・・「そう。あの子何にも言ってないのねえ・・・。」」

 え?

「でも、棗ちゃんだってびっくりしたでしょうに。幼馴染が、自分のこと何にも覚えていないんじゃ。」

「え・・・あの・・・」

 それからリビングへ促され、おばさんが話してくれたことは、あたしにはとてつもなく荷が重いことだった。


 記憶喪失。


 一年前二見は事故に会っていて、そこから眠り続け、目覚めたときには事故の直前、高校の入学式のことしかほとんど覚えていなかった。

 そりゃあたしのことも、中学のときの記憶もどっか行っちゃってるよね。でも、そんなこと知っちゃって、あたしはどうしたらいいんだろう・・・。

「あの子はいずれにせよ、一年生からやるしかないし、本人が何も言わないから、私たちも余計なことは言わないようにしてるの。だから棗ちゃんも、あの子をそっと見守っていてくれないかしら。」

「・・・・」

 おばさんがそう言うから、そういうことにした。

「ごめんなさいね棗ちゃん。苦しいことにつき合わせて・・・」

 確かに、そんな重要なことを知ってしまったのに、知らないフリをしながらまた二見に会うのは、少し苦しかった。それでも能天気を装って(実際そうなんだけど・・・)それからも変わらない日々がしばらく続いた。

          *

 そして、そんなある日の放課後のことだった。

「”つ”か”れ”たーーーー」

 今日は学校が四時間で部活で隣町の高校まで行って練習試合して、また自分のとこに帰ってきて自主練と反省会、そしてただでさえ疲れてるのに通勤ラッシュに巻き込まれ・・・散々な一日だった・・・。ということで、自販機のジュース目当てで下校途中の公園のベンチにてヘバリ中・・・。

 あー。なんだろうな、うとうとしてきたな。

 と、ふと目線を落とすと、ベンチの隅に一匹のアゲハ蝶が止まっているのが見えた。

「うわああっ、びっくりしたー。鞄とか間違えて置かなくてよかったー」

 けっこうドッキリしながらも、ちょうちょを覗き込む。

「お前も休憩してるのか?つっかれるよねー世の中。あ、ごめんお邪魔だよね、もう行くね。」

 いそいそと帰ろうとしたけど、私はある重要なことに気づいてしまった。

「もしかして・・・・」

 言葉の続きを言う前に、蝶はぽてっとベンチの端から落ちてしまった。

「うわあっ大丈夫かっ」

 びびった・・・・。びびったけど、蝶は無事みたいだった。よかった・・・。

 手のひらにそっと乗せると、どうやら羽と触角が左右不揃いな大きさのようだった。

「そっか、お前さん飛べないんだね・・・」

 かわいそうだと思った。他の子は皆飛べるのに、この子は折角綺麗な色の羽を持っているのに、飛べないなんて。

 どんな気分なんだろう。あたしだったら・・・

 そう思ってじっと手のひらの蝶を眺めていると、二見の姿が浮かんできた。

 二見はどんな気持ちなんだろう。記憶がなくて、ひとりだけ皆と違うところにいる。学校でもなかなか周りに馴染めなくて、自分でも自分がよくわからない。

 二見本人と話していて、二見の話を聞いていて、あたしが気づいたのは、もしかしたら二見は自分が記憶喪失でその原因となった事故で自分が眠り続けていたことにも、まったく気づいていないんじゃないかということだった。

 でもだとしたら、そんなの辛過ぎる。

 自分が皆を知らないのが何故かわからない。自分が周りと違う理由がわからない。

 

 自分が飛べない理由がわからない。


____________........

「大蔵!」

「はいっ!って何だ二見か、びっくりさせないでよ」

 突然背後から呼びかけてきたのは二見本人だった。

「お前、家この辺なのか」

「・・・うん、まあね。」

  突然本人が現れて、びっくりしすぎて挙動不審になってしまった・・・。

「すごいな、お前。」

 二見は、あたしの指におとなしく止まっている蝶を覗き込んだ。

「ううん、違うの。飛べないんだ、この子。ほら。左右で羽の大きさが違うの。触角も。」

「・・・あ、ほんとだ。どうすんだ、それ」

「わかんない、わかんないけど、かわいそうだよね。かわいそう」

 ほとんど無意識だった。あたしは、蝶じゃなくて二見をまっすぐに見てしまっていた。


 気づけば、二見は走り去ってしまっていた。

 なんてこと言ったんだろう。二見は何も言わないのに。二見のお母さんと、約束したのに。

 でも、さっきの「かわいそう」は、自分でも意識の外れたところから、ぽろっと滑り落ちてきたような言葉だった。自分で自分が酷すぎて、その場に根が生えたように動けなかった。

 あたしは、記憶を失った二見を、そんな風に見てたんだ。かわいそうって、そんな他人事で上から目線の言葉で無意識のうちに片付けてたんだ。

 はっきりしない意識の中で見た二見の顔は、すごく傷ついてた。

「……っ」

          *

 指からいつの間にか蝶はいなくなっていた。

 顔をこすったとき落ちてしまったのかもしれない。でも、かすんだ目ではどんなに足元をみわたしても、あの子を見つけることはできなかった。

 ・・・帰ろう。

 そう思って、必死に目をこすりながら立ち上がったときだった。

「おおくらっ!」

 二見だった。二見が走ってきていた。

「二見・・・」

「わりい、さっき!それから、最初に駅で会ったときのこととか、あと他にもいろいろ謝んなきゃいけないことが・・・」

 ・・・何言ってんだろうこいつ・・・。

 なんだか、よく分からなかった。さっきの今で、二見が戻ってきたのにも、なんだかよくわからないことを矢継ぎ早に口走ってるのにも、驚きと混乱で、頭がぼーっとしていた。

「って、何泣いてんだよお前っ」

「え、・・・うわっ。え、ごめ・・・」

 さっきから目がかすむと思ってたら、また涙が止め処なくあふれてきていた。

「うわああ・・・、人前で泣くなんて最悪ー・・・」


「いや、何だよ、何があったんだよ、ごみでも入ったのか・・・?」

 あたしがいきなり泣き出したからか、二見はタジタジだった。

「うう・・・あたしが悪いんだよ、ごめん二見ぃ・・・」

「は?いや、だから何なんだよお前は。つか、謝らないといけないのは俺の方で・・・」


 結局しばらくあたしの泣きは収まらなくて、二見の言ってることはよくわからなかった。けど二見は黙ってあたしをベンチに座らせて、あたしが泣き止むのをずっと待ってくれていた。

          *

「んで、何があったんだよ」

「いや、・・・うん。二見こそ何だよ。」

「俺は・・・、ちょっといろいろ言うことがあったんだよ。」

「・・・あたしも言うことあったよ。」

「・・・ぁ。」

「え」

 二見は、にっと笑って正面を指差した。

「え、なに・・・」

 その先を見ると、さっきの蝶が、生まれたての小鹿みたいな飛び方で、とてつもなく低いところだったけど、必死に羽を動かして飛んでいるのが見えた。

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