なんで俺なんだよ?
まだ七月も始まったばかりで夏休みが始まるまでに三週間ほどあるというのにもかかわらず、既に夏休み気分になっている浮かれた連中と、五月病を目一杯引きずっているかのように物凄く重苦しい雰囲気を放つ連中でクラス内は二分されている。
その理由は、学期末考査の結果が手許に届いたからにほかならない。
俺たちにDO5のメンバーと、泰知とそれから真木琴音WITH鷲田風花グループとその他数名はそれなりの点数を獲得しているため、成績が芳しくない五月病長引きグループの連中に睨まれないように息を潜めていた。これでもし、空気を読まずに騒ぎ立てようものなら、
『てめえら、調子こいてんじゃねえぞ!? 成績優秀だって自慢してんのかゴルァ!?』
とでも言われかねない。
たとえ言われなくとも、そんな目で見られて気まずさを増長させてしまうことは必至。
そんな面倒はいくらなんでも御免だ。
そもそも、普通の高校ならばこのようなことにはならないに違いないものの、俺たちの学校、特にこのクラスは途轍もないほどのプライドを持った連中がごろついている。
というわけで、今までにない沈黙に包まれた状態が出来上がってしまっているのである。
そんなとき、制服のポケットのスマホが空気を読まずに震えたため、俺は緊張しながら周囲に悟られないように細心の注意を払ってスマホを操作する。
画面を見ると、真木嬢からのメールの着信があり、彼女の席を一瞥すると、気まずそうな表情の彼女と視線がぶつかった。
なんとか回りに気付かれないようメールを開封すると件名には、助けて・・・・・・、とある。
正直なところこちらだって助けてほしい状況であることには変わりないけれど、彼女の方が幾分火急を要する事態なのだろう。
なにせ俺はこの雰囲気をどうにかしたいだけだから。
『とにかく廊下に出てもらいたいんだけど、いいかな? 花牟田くんたちも一緒に・・・・・・』
隣の席の良太にそれとなくスマホを回すと、それに気付いた彼が一瞬だけ俺に視線を向けて頷き、誠ノ介の肩を小突く。
俺が振り返った誠ノ介に向かって無言でドアを指差すと、それでなにかを察したらしく、佑斗が立ち上がり、無事に四人で廊下に出ることになった。
それからほどなくして、相談主である真木が姿を現した。
「・・・・・・それで? なにをどう助けてほしいってわけ?」
登場して間もない彼女に訊ねてみると、予想していなかった言葉が返ってくる。
「早絵が大変なの・・・・・・」
「大変って? どういう具合に?」
と佑斗が訊く。
「それが・・・・・・。今回の試験結果なんだけど、九十五点だったらしくてさ・・・・・・」
九十五点ならなにも困ることはないはずだ。
むしろあの問題数の多さで、九割を超えるというのは、さすがは毎日の休み時間を返上して勉強しているだけのことはあると言っていい。
関心に値する。
俺の――主要教科の中で最も苦手な教科の――数学の得点と同じだ。
「それって、最高得点? それとも平均点?」
良太が訊ねると、真木は俯いて首を横に振った。
「まさか・・・・・・」
と呟いた誠ノ介の声に頷き、彼女は俺の想像を遥かに超える衝撃的な一言を発した。
「実は・・・・・・。五教科の、合計が九十五点らしいんだよね・・・・・・」
俺は、自分の耳を疑った。
その言葉が信じられず、思わず声が漏れる。
「「「「は?」」」」
どうやらほかの面子も同じことを思ったらしく、四人ぶんの声が重なった。
「九十五? 五教科の合計が? 勉強熱心な早絵ちゃんが? それ、マジで言ってんの?」
一騎は悪い冗談でも聞いたかのように、途切れ途切れになりながらも訊ねる。
四宮の毎日の様子を間近で見ているだけによっぽど信じられないのだろう。
俺だって同じ心境だ。
真木は帯状の一枚の紙切れをこちらに差し出しながらも、彼女は尚も暗い表情のままで頷いた。
最早、泣きそうになる寸前というような状況の中で言葉を詰まらせながらも必死に紡いでいく。
「あの娘、これまで言ってなかったけど、勉強は全くダメなんだって・・・・・・。特待クラスに潜り込めたのだって、入試のとき、実技枠があったからだったんだって・・・・・・。それに、このままだったら進級できないかもしれないって言ってたの・・・・・・。そうなったら、間違いなく学校を辞めるって言ってた。その意思だけは堅いみたいなの。なのに、私は力不足でなにもできないから・・・・・・。だから、助けてほしいんだ・・・・・・。みんなの成績は学年でもトップクラスだし、なんとかしてあげてほしいの。せっかく、やっと、仲良くなれたのに、このままこんなことで離れ離れなんて、絶対に嫌だから・・・・・・。お願いします・・・・・・」
言い終えた彼女の目からは、大粒の涙が溢れ出した。
そしてそのまましゃがみ込んでしまう。
そんな彼女にかける言葉も見つからないまま、手渡された紙を見ると、そこには四宮早絵という名前と各五教科の得点と合計点、平均点がそれぞれ記されていた。
国語表現が十四点、現代社会が十三点、英Ⅰが十一点、理科基礎が二十八点、数Ⅰが二十九点と、目も当てられないほどに大変悲惨な状態。
それでも理数系の方が二倍以上とっていることから若干ではあるものの得意科目(?)であることは間違いない・・・・・・と思う。
あれこれと考えを巡らせていると、隣から良太の声が飛んできた。
「じゃあ、やっぱここは蒼がやるべきだな・・・・・・。な?」
その提案に同意するように他の二人が頷き合っている。
俺は反射的に抵抗してしまう。
「は? なんで俺なんだよ? お前らも手伝ってやれよ!」
すると誠ノ介がたたみかけてくる。
「お前らも、って言ったってことは少なくとも力になる気はあるんだろ? だったら、お前がやんのが一番いいじゃん。教えんの一番うまいし。それに、この中で一番頭いいの蒼じゃん。今回の試験、学年トップだったわけだしさ・・・・・・」
「お前ら、まさか面倒ごとだと思って俺に押し付けようとしてねえか?」
すると一斉に彼らは首を横に振った。
それが妙にわざとらしい。
「四宮はアイドルで、固定のファンと深く関わったらアウトなんだぜ? しかも俺・・・・・・」
「すっげえ厳しいもんな。・・・・・・ありえねえくらいに言葉汚くなるし、おまけに勉強教える相手の気にしてるところを的確に突いて撃沈させてきたから恐いんだろ? でもさ、これまでのやつら全員がすげえ成績上がったのも事実じゃん。厳しいくらいがいいんだって、こんな場合は。それに大丈夫だよ。いざってときは、俺らももちろん手伝ってやっからさ。いざってときの蒼の口の悪さと頼り甲斐の良さは、真木ちゃんが一番よくわかってるっしょ?」
と佑斗が言いながら笑。
それに真木が表情を引きつらせながら気まずそうに微笑んだ。
――余計なこと言ってんなよコラ! でもってそこのお前も納得してんじゃねえぞ!
内心で密かにいつぶりかのツッコミをいれつつ、同時に今以上に嫌われる覚悟を決める。
別に勉強を教えることが嫌だとか、面倒だとかいうわけではないけれど、なんだか気が引ける。
だって、好きな人に勉強を教えるなんて緊張するに決まっているし、相手の発言に反応してタガが外れてしまったりしたらなにを言ってしまうかわからない。
そうなればきっと間違いなく四宮のことを傷つけてしまう。
嫌われるのは――というか、もう既に嫌われているから、これ以上嫌われてしまおうが、それは――仕方ないにしても、彼女のことを傷つけてしまう可能性が高い、そんな危ない橋なんてできることなら渡りたくはない。
「だったら今回はアイドルとファンとしてじゃなくて、困ってるクラスメイトを助けるつもりでやったらいいんじゃねえか? クラスメイトが困ってんのはほっとけないだろ?」
誠ノ介の意見というか提案は妙に理にかなっている。
こういうときの彼は人一倍強い。
ぶっちゃけ俺はこの時点で四宮の勉強を見ることよりも、この四人の口撃を回避し、一人ひとりをねじ伏せていくことの方がハードルが高い気がしてならなかった。
とにもかくにもこれは一度、彼女のノートの確認をしてみなければいけない。
それ次第で教え方というものも変わってくるからだ。




