サンクス・マイ・ゴッド!
スペースランドの広場のベンチ付近で暫く待っていると、誠ノ介と佑斗が両手いっぱいにジャンクフードの山を抱えて戻ってきた。
留守番組の俺たちは一斉に謝辞を述べると、それぞれに注文の品を受け取ってベンチに腰掛け、競い合うようにして昼食に没頭した。
俺はダブルチーズバーガーをグレープスカッシュで流し込みながらフライドポテトを数本つまんで口に放り込んだ。
その瞬間、すぐ目の前を、わいのわいのとはしゃぎながら通りすぎようとしていた数人の女子の集団の中の一人に釘付けにされてしまった。
前髪は眉の下で切り揃えられ、襟足やサイドは肩の高さで揃っていて、漆器のように黒く艶がかっている髪色とは対照的に、雪のように透きとおる白い肌。
その中に際立つ薄紅色の唇と二重の大きな双眸。
日本人離れしているとも言えるほどに、鼻梁の高くせり出した鷲鼻。
少し力を加えると折れてしまいそうなほどに細く長い手脚。
身体のラインは起伏に乏しい、いわゆる、貧乳という部類。
俺は、無意識のうちにその姿が見えなくなるまでずっと彼女を目で追っていた。
その間は、まるで時間の流れがスローになったかのような錯覚に陥り、身体全体が熱くなり、よくわからない手汗までかいた挙句に、心拍数はうなぎ登りに上昇していった。
顔もスタイルも、もろにタイプだった。
まさに、寸分の狂いなく直球ど真ん中ストライク。
三次元世界においてもう恋なんてしないという誓いを立てたにも拘らず、それはわずか一年と数ヶ月で見事なまでに容易く破られてしまった。
完璧なひと目惚れだった。
「うおぉおぉおぉおぉ―――――――っっ!! めっっっさ可愛い―――――――っっ!!」
興奮のあまりに我を忘れて絶叫してしまった。
そんな俺を、通行人はおろか、良太たちまで一緒になって呆けた顔で眺めている。
一騎が食べ物を口に詰めたままで訊ねてくる。
「ぶぉっふぁぼ? ほうび?(どったの? 蒼次?)」
「やべえんだって、マジで! 俺、さっき、超可愛い娘、見つけたんだよ!」
と、俺は答える。
「なんだなんだ? ミコにそっくりな、ネギ持った萌キュン少女でも通ったわけ? まさか、その娘に、みっくみくにされてしまったのかい?」
と、祐斗がからかい半分に言う。
「いや、絶対ルナの方がいいって、絶対!」
良太が意味不明な抗議をしているが、ガンスルー。
俺は断然、リオ派。
「いや、蒼はALF47の初代総監督推しだから見つけたのは、初代総監督激似少女だろ?」
誠ノ介が、どこか楽しそうに訊ねてくる。
「どっちでもねえよ・・・・・・。そんなもんじゃねえ・・・・・・。とにかく・・・・・・」
俺はそこで言葉を切り、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を一つ。
直後。
「「「「とにかく・・・・・・?」」」」
四人の声が見事にシンクロする。
「俺は今日、ついさっき、三次元の女に恋をした・・・・・・」
呟くように言うと、一瞬の間が空いた。そして、
「「「「なんですとぉ―――――――っ!?」」」」
彼らはまたしても息ピッタリなコンビネーションで抜群のリアクションをとって見せた。
――神様、ありがとう。この世にも天使はいるのですね?
願わくばもう一度、彼女に会わせてください。
どうかお願いします。
☆
少し遠い場所から誰かの叫ぶ声が聞こえたような気がした。
「ねえ、莉杏? 今、なんか叫び声聞こえなかった?」
「全っ然!」
私が訊ねると、隣を歩いている福丸莉杏が耽美な顔をわざとらしく歪めて答える。
私たちは中学時代の同級生五人で、地元の芸能事務所に所属して〝Cuties〟というアイドルグループを結成して活動している。
他の三人のメンバーにも視線だけで訊ねてみたけれど、反応はだれもが似たようなもの。
「気のせいだったのかな・・・・・・?」
私は半ば独り言のように呟いた。
「早絵、疲れてるんじゃない? さっきのステージ、全力で飛ばしてたし」
――やっぱり気のせいなのかな? ・・・・・・ま、いっか。
そこで話を切り替えて、敷地内を五人で巡った。
どうせ大したことじゃない、どちらにしても自分には関係ないことだと思うことにして。
*
なんやかんやあったものの、物凄くオタ充できた春休みを終えて迎えた真城高専――正式名称、国立県営真城高等専門学校――登校初日。
俺は退屈な入学式での新入生代表挨拶――毎年、入試成績一位の新入学生が務めることになっている――をなんとかこなし、現在、一年A組の教室でLHRの真っ最中。
担任教師の指示でクラスメイト全員が順に教卓の前に立ち、自己紹介をしている。
佑斗が氏名や生年月日、出身中学、趣味、得意科目、簡単な抱負などといった項目を淀みなく述べ、着席した直後のことだった。
教室内の生徒たちが口々に称賛の言葉を発し、ざわめきに変わり、やがてそれは喧騒と言えるレベルまで達した。
その声に引っ張られるようにして俺も教卓の方へと目を向けた。
すると、定位置にはすらりとした細身のモデル体型の女子生徒が黒板に向かい合って立って、カツカツと小気味いい音を鳴らしながら白チョークを滑らせているところだった。
少女は名前を書き終えたらしく、手についた白い粉を払いながら正面に向き直る。
四宮早絵、と大きく書かれた文字は書道の手本のようにバランスよく整っている。
俺がなにより驚いたのは、彼女の容姿だった。
ほんの一週間ほど前に俺がひと目惚れしてしまった、スペースランドで一目だけ見かけた、あの少女だったのだ。
「サンクス・マイ・ゴッド!」
またしても叫んでいた。
それによって全員の視線を集めてしまう。
あのときの二の舞だ。
「嘘だろ? ありえねえ・・・・・・」
殆どの連中が驚きと呆れの表情でいる中、彼女だけはなぜか微笑んでいた。
まさに天使の微笑み。
燦然と輝く笑顔だった。
と、そのとき。
担任教師である眉村俊哉の野太い声が届いた。
「どうしたー?」
俺は慌てて取り繕う。
「すみません。寝惚けてました・・・・・・」
俺の適当な言い訳に眉村は溜め息を吐いて言う。
「まったく、ありえねえのはお前だよ。・・・・・・さ、四宮。続けなさい」
いまだ拭えない気まずさの中で俺は正面に視線を戻した。
するとなぜか彼女の表情はどこか不満そうなものに切り替わっている。
「四宮早絵です。中学生の頃はバスケ部でした。今後、部活に入るつもりはありません」
鼻にかかった独特の甘ったるい声が、刺々しさを帯びて響いた。
彼女はそれだけ言うと、俺と同じ並びにある――誠ノ介を挟んだ窓際の前の――席に戻ってしまった。
――え? なに? 四宮ってツンデレなわけ? ・・・・・・それもイイ!
それからというもの、滞りなく自己紹介が進んでいった。
ちなみに俺も良太も誠ノ介も、もちろん佑斗も真っ先にオタクであることを公表し、同様の人種からは称賛、その他の大半の連中からは野次のような言葉を盛大に受けた。
大したことではないけれど、ついでに言っておくと一騎だけが別のクラスになっていた。




