土下座したくなっても知らないからね!?
オープンスクールの一件から俺たち五人の学校生活は激変した。
まずもって気軽に声をかけてくる生徒の数が男女問わず急増し、一日のスマホのメール着信数が数十件にのぼる日もざらになってしまった。
加えてシンガーコースの上級生からの転科要請ならびに軽音部の連中からの入部勧誘までが殺到する始末。
もちろんその現象にいい顔をしない生徒も決して少なくはない。
クラス内で挙げるなら、入学早々に口論になり、赤っ恥をかかせてしまった女子四人組と、なぜか鷲田、更には四宮までもがそちら側なのだ。
四人組がそちら側なのはわかるが、鷲田と四宮に関しては謎。
四人から睨まれたり嫌な顔をされるのはまだいいが、鷲田と四宮の場合は心が痛い。
俺が昼食を終えて読書をしていると、前方から男の明るい声が飛んできた、
「やっほー、蒼ちゃーん!」
本を閉じて視線を振ると、同じクラスの俺的モテ男代表である安浦泰知が立っていた。
彼はヘアメイクコースの生徒で、地味で冴えない俺とは真逆の洒落ていてスマートなイケメンで性格もいいわけだから、少し前までなら間違いなく敵視していたであろう人種だ。
「おっ! 読書してたのかー。なに読んでんの?」
そう言いながら安浦は俺が読んでいたラノベを手に取って、表紙を開くと〝ダメダメな俺が死ぬほどモテモテなんて人生捨てたもんじゃないけど、ぶっちゃけちょっと疲れる〟というちょっと恥ずかしめなタイトルを爽やかに朗読し、ブックカバーを剥いで表紙のあらすじを黙読しながら言った。
「タイトルながっ! でもあらすじ読んだ感じじゃ結構面白そうじゃん。十一巻かー。もしよかったら今度一巻から貸してくんない?」
「それはいいんだけどさ・・・・・・。そんなデカい声でタイトルを読み上げないでくれるか?」
「まあまあ、そんなことよりさ、今週の土曜ってヒマ?」
「・・・・・・ああ、まあ予定はないけど」
「マジで? じゃあ、みんなも一緒にオケ行こうよ! ってか、行ってくれ! 頼む!」
そう言いながら顔の前で合掌する安浦。
いまいち状況が飲み込めない俺は彼に訊ねる。
「俺はカラオケくらい行っていいけど、なんでそんなに必死なんだよ?」
「いや、実はさあ・・・・・・」
そう前置きして安浦はことの説明を始めた。
なんでも、シンガーコースに所属しているらしい彼の一つ歳上の姉から俺たち五人をカラオケに誘えというお達しが下ったらしい。
それに加えてその他の人数集めも安浦の役割で、失敗したら大目玉だという。
「・・・・・・ということなんだよ」
説明を終えた安浦はげんなりした表情で嘆息した。
どうやら俺には想像もできない苦労が彼にはあるようだ。
となれば余計に協力しないわけにはいかない。
「状況は大体わかったわ。で、俺たちはともかくとして、他の面子はどうすんだ? 決まってんの? くれぐれも言っとくけど俺には女子なんか誘えないぞ? そんなスペックはないからな?」
「そこなんだよなあ。姉貴以外決まってねえんだよ・・・・・・。行ってくれる人いねえかな?」
そう言って彼は両肩を落として溜め息を吐いた。
「それは知らんわ」
「はいっ! はいはいはいはいはいっ!」
と、猛烈な勢いで声を上げる女がいた。
鷲田だ。
なぜか彼女は鬼気迫る表情で手を挙げている。
それを見た安浦の表情が一気に明るくなった。
「マジで!? 行ってくれるの? わ、わ、わ・・・・・・和白さん!!」
「鷲田な? いい加減、間違えないでやってくれ・・・・・・」
ここまで完璧に名前を間違われている彼女を見ると、俺まで悲しくなってきてしまう。
「私ってそんなに存在感薄いの・・・・・・? そりゃ、たしかに可愛くはないけどさ・・・・・・」
――いじけるな、鷲田! 負けるな、鷲田! 別に可愛くないわけじゃないぞ!
俺は心の中で彼女に精一杯のエールを送る。
「あと四人か・・・・・・しゃあない、知り合いの女子でも誘うことにしようかな・・・・・・」
安浦がそう呟いたとき、俺の中で〝四人〟というワードが引っかかって不覚にも例の四人組の方を向いてしまった。
するとそのグループのリーダーの――俺が密かに、言葉には出さずウ○コ女と呼んでいた――女が怪訝そうにこちらを向いた。ウィッグ越しに俺の視線と彼女の視線が交錯する。
「な・・・・・・なによ!? わ、私は・・・・・・」
彼女がそこまで言いかけたとき、安浦がそちらを向いて衝撃的な提案をした。
「そうだ! 一緒にカラオケ行こうよ! 蒼ちゃんと君たちってあれ以来、仲直りも出来てなかったっしょ? ちょうどいいじゃん、これをきっかけに過去のことは水に流してさ」
――ウ○コだけに、流すってか?
「な・・・・・・仲直りってなんなのさ!! 私は別にそんなことはしなくてもいいんだから!」
なぜか顔を赤くしてそう捲し立てる。
俺は鬱陶しさにも似た感覚を覚えながら言った。
「ま、ああ言ってるんだからいいんじゃねえか? 嫌がってるやつを無理矢理誘うわけにはいかねえだろ。そんなことしたら、盛り上がるもんもそうならねえしさ・・・・・・」
「うっさい! ちょっと友達が増えたからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
俺は思わず溜め息を吐いた。
「なによ!? ため息なんてついちゃってさ・・・・・・。そんなに私とカラオケいきたいわけ?」
――なんでそうなるんだよ どういう思考回路してやがんだよ
するとそこで取り巻きの一人が彼女になにか耳打ちをし始める。
それを聞き終えたらしい彼女が、先ほどの安浦の提案を上回る衝撃的発言を見舞ってくれた。
「そこまで言うなら逆に行ってやるわよ! あんたが拒否ったって行ってやるわよ! 土下座したくなっても知らないからね!?」
一体どこからツッコミをいれていいのかわからず一瞬言葉を失い、半拍ほど遅れてやっと突っ込んだ。
「・・・・・・なんでお前が上から目線でモノ言ってんだよ!! ってか、逆ってなんの逆なんだよ!! 土下座なんてするわけねえだろうが!」
そんなやり取りを眺めていた安浦が笑いを堪えながら言う。
「じゃ、決まりってことで・・・・・・土曜日ね? 詳細は改めて連絡するから、よろしくね!」
安浦少年は満足そうに自分の席へと戻っていった。
残された俺は頭を抱えながらまたしても溜め息を吐く。
そして顔を上げると、僅かに広角を上向けている誠ノ介の顔があった。
彼は胸の前で俺の天敵が座っている方向を無言のままに指差している。
それに釣られてその方向を見ると、また天敵と目が合ってしまう。
それに気が付いたのか否か、それまでこちらを睨んでいた彼女は不服そうに視線を逸らしてしまった。
――なんなんだよ、あの態度は! ってか俺、とことん嫌われてんじゃん・・・・・・。
俺が彼女に与えた心の傷から考えると、それはもちろん仕方がないことなのかもしれないけれど、それならば彼女自身だって同じことが言えるはずで、あの女が四宮に与えたダメージもかなりのものだったはずで、そんな相手と遊びに行くなんてとんでもないことになったものだ。
――こうなった以上は絶対にあいつの口から四宮に謝罪させてやる!
そんなことを考えながら四宮の席に目をやると、彼女が阿修羅にも負けず劣らず、物凄い形相で俺を見ていた。
――悪かったよ・・・・・・。頼むからそんな目で見ないでくれ・・・・・・。
俺はこの昼休み何度目になるかわからない溜め息を吐いた。