ただちに対象を殲滅いたします!
五月、第二週の土曜日、時刻は七時十二分。
突如――とはいえいつものことではあるけれど――俺の天敵はやってきた。
「ナナマルイチニ、敵地潜入成功であります! ただちに対象を殲滅いたします!」
今日もいつも通りに悲惨な朝だ。更に、幸か不幸かこのとき俺は既に起きていた。
「突撃ー!」
――いや、突撃すなよっ!
叫びざま、こちらに向かって飛びかかってくる影が一つ。
左手にはしゃもじを左手にはフライパンを握り締めた迷彩服姿の少女、永篠萌花。
中学三年になるこの上なく残念で憐れな妹。
怒涛の勢いで沸き起こるツッコミ願望をひとまず先送りにして俺は彼女の渾身のフライパン攻撃を両手で防ぐ。
しゃもじはともかくとして、こっちに関しては本物の凶器だ。
それを一切の手加減もなく振り下ろしてくるのだから冗談抜きに危険極まりない。
俺はなんとがフライパン攻撃を封殺することに成功したものの、しゃもじで頭をペシペシと叩かれながら残念なコスプレ大好き少女に、できる限りの冷静な口調で訊ねる。
「一体お前は朝っぱらからなにやってんだ?」
「馬鹿じゃねえの? 起こしに来たんじゃん!」
と言うと、萌花は頬を膨らませて憮然とした表情になる。
相変わらずしゃもじで頭を叩く手は止めない。
この上なく不愉快だが、別に痛くはないから許してやらんでもない。
「起こしてくれるのは助かるけどな、もっと普通にできねえか?」
「いつものことじゃんか」
――お前がそれを言うな!
「じゃあナナマルイチニ、ってなんだ?」
「今、朝の七時十二分だから」
さも当然と言わんばかりに宣い、なぜかドヤ顔までしている途轍もなく哀れな妹さん。
「百歩譲ってもマルナナヒトフタだろうが。七十時十二分って何時だと思ってんだよ?」
「うぐっ・・・・・・! そ、そんなの、知ってるしぃ~! わざとに決まってんじゃん!」
萌花は明らかに動揺しながら左手のしゃもじをピタリと停止させ、九十度ってそれまでの平面攻撃から側面攻撃に切り替えた。
今度ばかりは問答無用にその腕を引っ掴んで、彼女をその場に正座させる。
こんなんで中学での成績は優秀なのだから計算でやっているのか天然なのかわからない。
俺は彼女をこってり絞った後に部屋から追い出して、寝巻きから普段着――今日は黒地のVネックシャツにブラックのストレートジーンズ――に着替えてコンタクトを装着する。
リビングへ向かうと朝食の香りが嗅覚と空腹感を刺激する。
テーブルに着くなり制服姿――言うまでもないがこれはもちろんコスプレではない――の萌花が口を開く。
「それにしても兄貴さあ、最近いっつも地味な服装ばっかだよね? 昔はもっと髪型とか服装とか色々と気ぃ遣ってたのにさあ・・・・・・」
萌花はそう言いながらじっとりと舐めまわすように値踏みするような視線を向けてくる。
「うっせ! 単色だとあれこれ考えなくて済むし、今はそんな時間ももったいねえの!」
言い訳じみた抗議をすると目の前のコスプレ大好き少女はわざとらしく盛大なため息を吐いた。
「んなことよりさっさと飯食って出ねえと今日まで遅刻しちまったらマジで洒落んなんねえぞ?」
「妹的には、地味で冴えない上にもう何年も彼女がいない兄貴の方がよっぽど洒落になんないんだけどね~」
――残念なコスプレ大好き星人にだけは言われたくねえよ!
そんなとき、不意に俺のスマホが震えだす。
ポケットから端末を取り出して確認すると鷲田からのメールの着信が一件きている。
〝九時までに学校来てくれない? 大切な話があるから♡ 詳しい用件は学校でね?〟
――なんなんだこれ? 今日ってたしかオープンスクールだったよな?
残念なオタク組の俺たち五人は、担任から、オープンスクールには出席しなくてもいいと、前もって直々にお達しが下っていた。
要は遠まわしに来ないでくれと言われたのだ。
その理由は単純明快だ。
地味で冴えない上に専門コースの成績が奮わない俺たちがいては真城高専のネームブランドのイメージダウンに繋がり兼ねないということなのだろう。
少々釈然としない、部分はなくもなかったけれど、いかなくてもいいというのならこれ幸いとばかりに俺たちは五人揃って快諾した。
学生であるにもかかわらず、休日出勤なんて絶対にしたくはない。
文化祭なんかの学校行事ならばともかくとして、未来の新入生候補に対する学内システムの説明会のために学校側から利用されるなんてことは真っ平だ。
鷲田からとは言え、ここにきて急な呼び出し。
正直嫌な予感しかしない。
けれど、数少ない友人からの頼みなのだがらいくだけいってみよう、という気になり、朝食を終えてからシャワーを浴びる。
俺は大多数を占めるであろう無難に頭から洗う派。
今日は、なにをするでもなくただごろ寝しながらアニメを観たりエロゲをしたりと、ひたすらにだらだらと過ごそうと決めていたのにその予定を変更しなければならない。
大方、めぼしいイベントがない休日はいつもそんな風に過ごしているのだけれど、それはそれで俺にとっては有意義な休日の過ごし方なのだ。
それを突然潰されてしまったことで、少々陰鬱な気分を引き摺りながらも学校へ向かうことにした。
家を出てバスに乗り込むと、同じ目的地に向かうはずの萌花はなぜか俺が座った席とは明後日の方向に位置する座席に腰を下ろした。
――地味ダメな兄貴とは他人のフリってか?
その真意をなんとなくではあるものの、悟ってしまい更に重々しい気分を背負ってしまうことになった。
俺はそんな気分を紛らすためにウォークマンで――ボカロ、アニソン、アイドルソングをメインとした――リストを再生する。
もちろんその中には既にCutiesの楽曲ももれなく織り込み済みだ。
音楽を聴いているとそれまでの暗い気持ちは徐々に晴れていった。
真城高専に到着し、とりあえず一年A組の教室へ向かうと、そこには良太、誠ノ介、一騎、佑斗というお馴染みの四人の姿があった。
明らかになにかがおかしい。
学校側から登校することを拒否された面々が勢揃いしているのだから、きっと――少なくとも俺たちにとっては――ただごとではないはずだ。
「お前ら、なんでこんなとこにいんだよ・・・・・・?」
念のために訊ねてみると、佑斗が苦笑混じりに答える。
「なんかよくわかんねえんだけどさ、大切な話があるからとかで鷲田ちゃんから呼び出されちゃったんだわ。んでいざ来てみたら、こいつらもいてさ・・・・・・」
「つまり、お前らも理由も聞かされずに呼び出されたクチか?」
「やっぱ蒼次も? 俺ってばてっきり愛の告白でもされんのかなって期待してたんだけど、これはどうやら違うっぽいね・・・・・・」
淡い期待を無惨にも打ち砕かれたらしい一騎は、そう言いながらガクンと肩を落とした。
「んなこと考えてんのはカズだけだっつーの」
間髪いれず良太が的確なツッコミをいれると、一騎はそれに伴い更にげんなりする。
「それにしても俺ら呼び出して一体なにしようってんだろうな?」
俺がまたしても訊ねると誠ノ介が、さあ、と呟きながら肩を竦めて見せる。
それから暫くの間、突然招集をかけた鷲田の魂胆を予想し合ってみた。
噂をすればなんとやら、とはよく言ったもので、俺たちが色々と憶測を口にしていると、鷲田が教室に姿を現した。
彼女はなにやら大きな段ボール箱を抱えている。
「おっ! もうみんな来てくれたんだ。早いねえ?」
俺たちはすかさず彼女に呼び出した理由を訊ねる。すると彼女は含みのある――苦笑ともとれるような――微笑を浮かべながら言った。
「実はうちのコースのスペシャルアクターが急用で来られなくなっちゃったらしくて、それでみんなに代わりに出てもらいたいんだ・・・・・・。お願い!」
いきなり、うちのコースのスペシャルアクターがどうだの言われてもよくわからん。
「もっとわかりやすく説明してくんねえか? とにかく協力してほしいってことなんだろうけど、にしても詳しく聞かなきゃなんとも言いようがねえしさ・・・・・・」
俺が言うと、鷲田は順を追って説明を始めた。