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なんつーか、いい顔してるよ。

 目の前にはおよそ一年半ぶりに再会することになる倫佳の姿がある。元々ハーフのように整った顔立ちで身長も高かったけれど、顔立ちからはあどけなさが抜け、より磨きがかかっているといっていい。身長差もあの頃以上に――下手したらあの頃の倍近くまで――広がってしまっているだろうということがわかる。


「はじめまして・・・・・・」


 と言うと、広角を持ち上げるだけの微笑を浮かべて彼女が呟いた。


「はじめまして」


 もしかすると彼女からなにか話題を振ってくれるかもしれないと思い、暫く様子をみる。


 けれどそんな雰囲気は全くなく、それどころか彼女は気まずそうに黙り込んでしまう。

人見知りな性格は相変わらずなようで、どこか考えごとでもしているかのようにも見えなくはない。


「もしかして、人見知りする方?」


 さも、たった今直感的に言いましたという感じで訊くと、彼女は虚を突かれたようにハッとして訊ね返してくる。


「えっ・・・・・・? どうしてわかるんですか?」


「どうしてでしょうねぇ~。・・・・・・どうしてだと思う?」


 俺の質問に彼女は自信なさげに答える。


「相当、勘が鋭い・・・・・・とか?」


 ゆっくりと首を振ると、どうしてかと言うように彼女が小首を傾げる。


「俺が、中学一年の頃から倫佳のこと知ってるからだよ・・・・・・」


 彼女はそこで瞠目し、言葉を詰まらせて口許を手で覆う。


どうやら気付いたらしい。


 それから暫くして、彼女は声を震わせながら言葉を紡ぐ。


「も・・・・・・もしかして、そう・・・・・・くん、なの・・・・・・?」


 俺がゆっくりと首肯すると、それを見た倫佳は今にも泣き出しそうなほどの様子で目を伏せてしまう。


「いくつか訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 彼女が頷くのを確認してから訊いた。


「お前はどうして今、俺はてっきりどっかの事務所に所属してモデルの仕事を続けてるもんだと思ってたんだけど・・・・・・」


「みんながアイドルが好きなんだって知って、アイドルやってればいつかどこかで、また会えるかもって・・・・・・。あのとき、逃げちゃったこと、どうしても謝りたくて・・・・・・。でも、自分から謝るだけの勇気が持てなくて・・・・・・。ごめん・・・・・・。本当に、ごめん・・・・・・」


 あのとき、オタクは嫌いだ、とたしかに言ったはずの彼女がアイドルをしているという矛盾に、これでやっと納得できた気がした。


「じゃあ、お前は別にオタクがキモいとか、嫌いだとか思ってるわけじゃないんだな?」


 彼女がまた一つ頷いたとき、その目から涙が溢れた。


「泣くことないさ。それに、本当に謝るべき相手はほかにいんだろ? 今日、一緒にきてるし。良太も謝りゃあ赦してくれるさ。良太はあんときとなんも変わってねえから・・・・・・」


 言いながら隣を向いたことで、それが良太であることに彼女はすぐに気付いた様子で、戸惑いながらもしっかりと一つ頷いた。


「それからさ・・・・・・。このこと・・・・・・お前がアイドルやってることとかは、あいつらも知ってんのか? あの頃お前が一緒にいたやつら・・・・・・」


「うん。一応、全部伝えてある。アイドルやってることと、その理由も。・・・・・・でも、あの日から全然会ってないし、最近じゃあまともに連絡も取ってない」


 その話を聞いて、思ったままの感想を口にした。


「倫佳、お前変わったな? なんつーか、いい顔してるよ。・・・・・・自分の意見とか、思いとか率直に思った通りにはっきり言えるようになってんじゃん? 人見知りするとこは相変わらずみたいだけど、だれかに流されて便乗するようなとこ、なくなったんだろ? 今のがずっといいよ。おまけにすんげえ美人になってっし」


「ありがと。蒼くんは見た目以外は相変わらずだね? 全部、あの頃から変わってない」

 照れ臭そうに言いながら微笑んだ彼女の、たしかな変化が物凄く嬉しくて、正直泣きそうになりながら、彼女のブースを離れた。



 四宮の前に立つと、彼女はなぜかため息を吐いて倫佳の方を一瞥してから、おもむろに口火を切った。


「・・・・・・はじめまして」


 ――え? なにこれ? 初見プレイ? 新手のプレイ? はじめましてじゃないよね?


「は、はじめまして?」


 大いに混乱してしまったものだから、語尾に疑問符が付いてしまったのだけれど、その次の彼女の質問が更なる混乱を招いた。


「だれ推しですか?」


「えっ・・・・・・? どういう意味?」


 咄嗟には質問の意味と意図の両方が理解できなかった。


「だれ推しなんですか?」


 ――マジかよ? 初回で推しメン訊いてくるアイドルなんているんだ・・・・・・。


 そんなアイドルには今まで出会ったことがなかったし、ましてや四宮は俺が初参加であることを理解しているはずなのに、はじめましてと言っておきながら、だれ推しかを訊ねてくることに、この上ない違和感を覚えずにはいられない。


「さ・・・・・・さて、だれ推しでしょう?」


 はぐらかしたつもりだったのに、彼女は整った顔をぐいっと近付けて尚も質問してくる。


「もしかして、倫佳推しですか?」


 その距離の近さに心臓が破裂しそうな勢いで高鳴る。


「ど、どうしてそう思うの?」


 念のため、と言うか単純に気になって訊いてみた。


「長い時間、話し込んでたから・・・・・・そうなのかなあって思って」


「さ・・・・・・さあ、それはどうかなぁ~」


 そう言うと彼女はなぜだか不満そうな表情をしていた。



 それからというもの、時間は瞬く間に過ぎていった。



 握手会も二週目を終えて、チェキ撮影会、サイン会、それからなぜか、じゃんけん大会なるものまでが催され、握手会の二週目ではいくらか――吏子と美花に至っては個人的に友達に近いような感覚さえ感じてしまうほどに――打ち解けて話が出来た。


 チェキ撮影会では正直だれと撮るかを迷っていた矢先で吏子から、一緒に撮ってよ、なんて言われたものだから、そこで一枚と、倫佳と仲直り(?)が出来たことの記念の意を込めて一枚、合計二枚撮った。


 サイン会ではそれぞれのメンバーと会話を交わしながら、全員分のサインと簡単なメッセージを書いてもらった。


 そのとき美花から一緒にチェキを撮らなかったということをぶつくさ言われてしまい、おまけにメッセージにまでもそれを書かれてしまうという展開が待ち受けていた。


 その上、四宮からは推しメンがだれなのかを延々と問われ続け、そのたびにはぐらかすという半ばいたちごっこのようなことを繰り返していた。


 素直に言ってしまえばよかったのかもしれないけれど、君だよ、なんて取ってつけたみたいで、その場で言っても信じてもらえないような気がしたし、それをカミングアウトすること自体が死ぬほど恥ずかしくて、この日の俺には到底できなかった。


 色々とあった――と言うか、ありすぎるくらいだった――し、初めての経験も多くて終始戸惑ってばかりのイベントだった。


 そのためか、帰宅した頃には他のアイドルイベントではこれまでに経験したことがないほどの疲労感が押し寄せていた。


 そしてそれと同時に、言い表しようのないほどに色濃い時間を過ごせたことによる深い充実感を味わっていた。



 もちろん次の日もイベントに参加した。


 トータル二日で、高校生にはあるまじき出費だったけれど、それ以上のものをこの二日間で得られたような気がしていた。


 全くもってなに一つ文句の付けどころのないほどにオタ充しまくった高校生活最初のゴールデンウィークは俺にとって一生忘れられないものになったと思う。


 これを機に俺はサボリ気味だったツイーターを再開した。


 もちろん新しいアカウントを作った俺は、真っ先にCutiesのメンバーと良太たちプラス鷲田をフォローした。


 ゴールデンウィーク最終日の夜は一週間分の疲れを取ろうとばかりに、風呂から上がるとすぐにベッドに潜り込んで、泥のように眠った。


 Cutiesのイベントの前日の夜、手持ち鍋でインスタントラーメンを作っていたとき、不運にもパーカーのポケットに鍋の取っ手を引っ掛けて、ひっくり返した結果の産物、左太腿火傷事件のこともすっかり忘れてしまえるほどに本当に充実した連休だった。


 これはあえて言うまでもないことなのだが、ゴールデンウィークの最終日に病院受診の予約をいれていたのだが、イベントを優先してすっぽかしたことが後で母ちゃんにバレてしまい、後日受診したはいいものの、結果、医者のおっちゃんと母ちゃんの両方からこっぴどい説教を長時間くらってしまった。


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