無理に決まってんじゃん!
二〇〇八年三月二十六日。
中学卒業から間もない春休みを利用して俺――即ち姓を永篠、名を蒼次郎という――は気心の知れた友人四人とともに地元のテーマパークに足を運んでいた。
その目的というのが、アニメ&ゲームミュージアムなるイベントが絶賛開催中だからだ。
ちなみに俺のルックスがどんなもんかって? それにはあまり触れないでほしい。
まあ、よく言えばどこにでもいるようなごく普通の――エロゲで超モテモテな――雰囲気で、悪く言ってしまえば地味で冴えない、頭の天辺からつま先まで見るからに〝ザ・オタクルックス〟って感じ。
・・・・・・だと思いたい。
前者も後者も、全然いい印象が持てないぞ! なんてツッコミは、一切受け付けない。
ああそうさ、断言しようじゃないか。
俺は正真正銘のオタクだよ。
アニメ大好き、ちょっぴりアブナいゲームも大好き、アイドル大好き、ボカロもラノベも大好物だ。サブカル万歳! やっほい! な、典型的超重度の残念なオタク野郎だよクソッタレ!
しかしそれになんの問題があろうか?
他の四人だって、見た目は違えど中身はみんな似たようなもんだし、五人全員が平等に彼女ナシという精鋭揃いの集団なのさ・・・・・・。
要するに、いま流行りのオールフリーってやつだよ。
万事オッケー! オールオッケー!
「・・・・・・蒼次ー! おーい!」
突然の呼びかけに俺は声の主である、童顔の弟くん系キャラ(?)で、美少年にしてアニメオタクな井ノ原一騎の方を向いた。
「ああ・・・・・・ん? どうした?」
「いやいや、どうした? じゃなくてさ、どうするよ?」
俺は、丸い目を更に丸くしているであろう――身長が一五〇センチほどの――少年の質問の意味がわからず、質問に質問で返してしまう。
「どうするって、なにが?」
それを見ていたボカロ大好きなゲーマー――身長一七〇そこそこの穏やか且つ爽やかな顔立ちのバンドマン風のイケメン――の花牟田良太が状況説明を買って出る。
「誠ノ介と佑斗が俺たちのぶんも食いもん買いに行ってんだろ? で、あいつらが戻ってきたあとはどうするかって話してたんだよ・・・・・・。もう少しどこかまわるか?」
その問いかけに俺は即答する。
「まだ時間はあるし、まだまわれてねえコーナー片っ端から潰して全部制覇しようぜ」
俺の言葉に良太と一騎が同意する。
ちなみに赤松誠ノ介というのがオタク五人衆の四人目にして、根っからのローカル専門のアイドルオタクな――身長一七〇センチほどで切れ長の二重瞼が特徴的な南国の生まれではないかと思わせるくらいに濃く精悍な顔立ちをした――イケメンだ。
そして最後の一人、アニメとアイドルをこよなく愛する佐々木佑斗は――一六〇センチ半ばで爬虫類系の顔立ちをした――これまたイケメン。
なぜか俺以外の面子はだれもがイケメン揃いなんだ。俺が一緒に群れて――先頭に立って――いられるのが謎に思えてくるほどに。
俺を筆頭とした五人に共通することと言えば、皆がみな超重度のオタクであることと、前髪の長さがエロゲの主人公にも負けないくらいに長く、慣れていない限り表情や感情を読み取ることが困難なこと、オタバレ以降はアイドルやアニメといったサブカル一筋になったことくらいのもの。
いや、正確に表現するならば彼らを道連れにしたと言うべきかもしれない。
中学時代前半は五人でバンドを組んでいて、彼女もいて、充実した日々を送っていた。
俺があのときあんなことを提案しなければ、それは今も続いていたかもしれないのだから。
現状に至る発端となった事件が起きたのは、約一年半前のことだ。
◇
中学二年の秋のことで、当時のことは今でも嫌というほど鮮明に覚えている。
あの日は文化祭があって、体育館のステージでライブを終えたばかりだった。
俺たちは揃って、当時のそれぞれの彼女たちが待つ教室へ向かい、ドアノブに手をかけようとしたまさにそのとき、佑斗の恋人である尾藤真里の弾んだ声が聞こえてきた。
「今日の佑ちゃんたちのライブも超イケてたよねー?」
「たしかに曲とか演奏とか歌声自体はよかったと思うんだけどさあ~。なんか今日のセットリストって全体的にオタ臭キツくなかった?」
と、一騎の彼女、田丸優奈が言った。
「ああ、それは言えてるかも~。ねえ・・・・・・。もし、もしだよ? 自分の彼氏が実はオタクだったら、ぶっちゃけどう?」
誠ノ介の彼女、苗場夏海の問いかけに良太の彼女が訊ねる。
「そう言う夏海は? ・・・・・・どうなの?」
「無理に決まってんじゃん! キモいって!」
続けざまに俺の彼女、波山葉月が同調するようにして言った。
「私だってそんなの考えたくもないし、もしそうだったらソッコーで別れるし。ま、蒼ちゃんに限ってそんなことはないと思うけどね。見た目も成績も申し分ないし、色々と頑張ってるから文句のつけようないけど、もしオタクだったら付き合ってないって。だってさあ、オタクってアニメとか観ながら鼻の下伸ばしてるんだよ? ぶっちゃけありえなーい! 生理的に受け付けないし、あんな人種は消えちゃえばいいんだよ~」
そこまで言って彼女はゲラゲラと下品な大笑いを始めた。
このとき俺の頭の中には、特撮モノの後枠で放送されている幼女向けシリーズアニメの記念すべき第一シーズンのオープニング曲のワンフレーズが流れた。
「で? あんたたちはどうなの? 無理っしょ? キモいっしょ? オタクだよ?」
田丸の問いかけに、尾藤、そして良太の彼女も同意した。
これによって満場一致で、オタクはキモいからありえない、という結論が出揃った。
俺たちは一様に絶句し、教室の外で立ち尽くしていた。そうしながら心の底から傷つき、絶望にも等しい感覚を味わっていた。
俺に至っては、外見と能力という簡単に踏ん切りがつけられる程度の魅力しかないと断言されてしまったようなもので、内面的なものになんて一切目を向けられていなかった。
きっと葉月は俺と付き合うことで優越感に浸りながら、俺がバンドのボーカルで学年で成績がトップだという点にしか目を向けていなかったんだ。
俺に対して恋愛感情なんてこれっぽっちも持ち合わせていなかったんだ。
傍から見れば、被害妄想も甚だしい、と言われてしまうかもしれないけれどこのときの俺にはそう考えることしかできなかった。
あいつは自分と並んでも、波山葉月という存在が霞むことなく際立って、自分自身の評価を底上げできるアクセサリーのような男として俺を求めていたんだ。
そう思ったからこそ、俺はすべてを投げ出してでも、自分がオタクであることをカミングアウトしようと心に決めた。
同じように傷ついてしまうくらいなら、自分の全てをさらけ出しても裏切らない存在とだけ付き合っていこうと決心した瞬間、もっともらしい理由をつけて逃げてしまった瞬間だった。
翌日、俺は彼女を初めて家に呼び、ありのままの状態を見せ、大量のフィギュアやらプラモデルが所狭しと並び、ゲームやアニメ、アイドルなんかのグッズにまみれた部屋を公開して、俺はお前がこの世で最も嫌っているオタクという人種だ、と告げた。
けれど反面、心のどこかで彼女がありのままの自分のことを受け入れてくれることを期待していたのかもしれない。
だからこそ、それまでは手にしていたもの全てを失ってしまうことが怖い一心でひた隠しにしていた、オタクであるという事実を、文化祭のステージを使って、ライブという形をとって暴露してしまうことを決めたのかもしれない。
不安げな四人を強引に説得して。
家で対峙したこのときでさえ彼女が、あんなのはその場の勢いで言っちゃったことだから気にしないで、なんて言葉をかけてくれることを期待していた。
前日の言葉が全部嘘であることを願っていた。
もう一度、そんなのは関係なく好きだよ、という、二人が付き合うことになったときと同じ言葉を聞きたかったけれど、その願いは叶わず、俺のリアルにおける初めての恋愛はこの日を持って終止符が打たれてしまった。
俺の部屋を、現実を見た彼女は暫く呆然とした後に、吐き捨てるようにしてこう言った。
「ありえない! 二度と近寄んな! クズ! キモオタ! お前なんか死んでしまえ!」
どう前向きに考えようとしても悪罵としか取りようのない言葉の数々を投げつけて彼女は去ってしまった。
それからというもの学校でもオタクであることを隠すことはせず、開けっ広げにオタッキーな会話を毎日アクセル全開で楽しんだ。
周囲から刺さるような視線を感じながらも、それらを完全に無視していた。
学校では休み時間が訪れるたびにその類いの話をしていた。
どんなことを言われてもオタクトークはやめなかった。
やめたのはバンド活動、失ったもは一年間付き合っていた恋人とそれまで培ってきた薄っぺらな人間関係、それだけ。
その反面、得たものもあった。
それは自由と解放感、そして新たなオタク友達と四人のかけがえのない親友。
俺にとって四人の存在はそれまで以上に大きなものになった。
「俺たちはお前のだれよりも前向きで真っ直ぐな姿勢が好きだし、尊敬だってしてるんだ」
なんて小恥ずかしそうに言ってくれた良太たちのことを、なにがあってもずっと大切にしようと、照れくささを覚えながら思った。
そう決意しながら、不覚にも泣いてしまった。
そして俺は、もうリアルでの恋なんてしない、という誓いを密かに立てた。