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2話 どうやら女の子になったようで


 え?

 ……えー?

 なんだ、これ。


「ほら! 可愛い女の子ですよ、奥様!」


 何やら女性の興奮した声が聞こえるが、うまく聞き取れない。

 言葉を発しようとするが、うまく声を出せない。

 

 立て続けに起こるわけの分からない現象に思考が付いていかず、状況を把握するのにはたっぷり十数秒は要した。

 ……けど、今に至る経緯から察するに一つの解答が得られる。


 これは―――

 もしかして、もう生まれ変わった、ってこと?



 まず神様か閻魔様の前で話をした後、生まれ変わる機会が来るまで天国or地獄で生活、その後生まれ変わり。

 そんなイメージだったけど……どうやら違ったらしい。


 知らない言語だし、日本じゃないのか……英語圏でもないみたいだけど、どこなんだ、ここ。


 と、そこで決定的なことに気付く。


 ……いや、生まれ変わったら、普通こんなこと考えられんでしょ。

 どうなってんの神様!


 前世では思い出すまでもなく、生まれたとき前世の記憶を持ってた~……なんて言い出す変態は一人もいなかった。

 来世の自分に期待! のつもりが、引き続き前世の自分が残っているんだ。

 混乱もしょうがないよね。


 ……落ち着け、Calm down。そもそも、この記憶を持ったままと決まったわけじゃない。

 そうだ。

 何やら周りには人間らしき影が見えるし、先ほどまでと違い手足が動くようになってはいるけど、まだ平凡な赤ちゃんになる芽は残っているはず。

 

「せ、先生。うちの子、生きてますよね?」


「は、はいっ。呼吸はしているんですが……」


 そんなことを考えていると、何やら周囲がざわざわし始める。

 焦れているような、不安なような、そんな声。


 ……あれ? な、なんかおかしなことしたかな、俺。


 周りを見ようとしたものの、もちろん首は動かない。

 そもそも周りの景色はぼやけて見えるだけで、明暗が多少分かる程度だ。

 赤ちゃんの見る景色ってこんなんなのか。


 しかし、何を不安そうにしてるんだ。

 …………って、あ。


 気づいてしまった。

 自分は赤ん坊であり、生まれたてであり、通常生まれたての赤ん坊は……




「お……おぎゃぁ~、おぎゃぁ〜……」




(いやあああああああああああああッ!!!)




 そこに思い至り実行してみたものの、羞恥心に悶えずにはいられない。


 精神年齢二十歳そこそこの成人男性が赤ちゃんの泣き真似をするには……俺は少々健全すぎた。

 バブみなんてワードが頭をよぎるけど、流石にこれは――キツいものがある。


 しかし、周囲の人々にとってはそんな姿も愛らしく見えるらしく、安堵の声が漏れる。

 よかった……キッツい猿真似でもやった甲斐があったってもんだ。


 別に恥ずかしいことじゃない。

 そう、世の中の赤ちゃんはこの羞恥プレイを乗り越えて大きくなるんだよ。

 俺ってば空気の読める男だなぁ!


 と、そう自分に言い聞かせることにした。


「ああ、よかった……。見てアルフ、私たちの子よ」


 そこで安心したような声を漏らしたのは、優しそうな女性の声。

 この人が……母さんかな?

 そんな気がする。


「お、おう……なんか、すごいな。上手く言えないけど……ありがとう」


 こちらも優しそうな男性の声。

 多分、こっちが父さんの声なんだろうな。


 優しいパパママだといいなぁ。親父と御袋には、申し訳ないけど。

 突然前触れもなく殺害されたんだ。

 どうしようもなかったこととはいえ、今まで育ててくれた親に別れを言うこともなく先に死んでしまった。

 それに関しては、申し訳なさでいっぱいだ。

 遺書を書くような年齢でもない。

 ただ、殺害されたって事実が伝わるだけなんだろう。

 ……だめだ、泣きそう。


「名前は? 女の子だったから、決めた通りカーラが決めてくれ」


「そうね、シーラ、でいいかな? 前に話したでしょ?」


「もちろんいいとも。――シーラ、俺たちがパパ、ママだぞ。産まれてくれて、ありがとう」


 優しい手つきで頬を撫でられつつ、男が何事か呟くのが聞こえる。

 ……何やらいい雰囲気のようだし、キャッキャと喜んでおくとしよう。

 なんつーサービス精神満ち溢れる赤ん坊だ。

 我ながらあっぱれだよ。

  

 ……んー、記憶があるったって、黙ってればデメリットの方が少ない……かな?

 立て続けに起こる出来事があまりにも非現実的過ぎて、一周回って冷静に考えられるようになった気がする。

 過ぎてしまったことは仕方ない。

 あれは、不幸な事故だ。

 どうしようもなかったんだ。 

 そう無理やり納得するしかなかった。

 神様からの接触なんてもんがあったら、一言文句は言わせてもらうけど。


 ともあれ、無事新しい人生をスタートすることができたんだ。

 多少の手違いには目を瞑って、悔いを残さないように生きていこうじゃないか。




――――――――――




 おそらく生まれてから1週間程が過ぎた。

 当然まだ動くこともできないし、言葉を理解することもできない。

 が、ひとつ分かったことがある。


 有るはずの物が無く、無いはずの物があった。

 どこにって……その、下半身に。


 そう、女の子として生を賜ってしまった。

 成人男性の記憶は残ってるってのに。

 大問題だよ。


 ……いや、薄々そうじゃないかと感づいてはいたんだけど。

 やはり両親だった、アルフ、カーラ共に事あるごとに、


「シーラ、お腹すいたの?」


「あぁ、シーラは可愛いなぁ!」


「将来はシーラと結婚するよ、俺……いやカーラ悪かった、叩かないでくれ!!」


 なんてずっとシーラ、シーラと呼ぶもんだから、シーラと名付けられたのは分かっていたけど。


 やっぱこれ、女の子の名前じゃね?


 思い立ったが吉日。

 さっそくあるはずのモノを確認してみると……存在しなかった。

 あるはずのものが、無かった。

 あの時の衝撃は一生忘れられそうもない。


 突然刺されて記憶が残ったまま生まれ変わって挙句女体化。

 ……ではないけど。

 人生退屈しないな、オイ。


 けど、人間ってのは順応する生き物らしい。

 常識外の出来事が立て続けに起こるもんだから、感覚が麻痺してしまったようで、「そんなこともある」で済ますことができた。


 しかし、女の子……女の子の体か。

 ――もちろん変な気持ちがしなくもないよ、うん。

 めくるめく悶々とした感情が無いとは言わない。

 俺はただの成人男性であって聖人男性じゃないからな。

 

 でも幸いこの身体は生まれたばかりの赤ん坊だ。何も問題無い。

 そもそも反応するブツも無いしな!


 ……言ってて悲しくなってくる。

 もうあいつと夜を過ごすことはないのか……


 それより問題は、この先ボロを出さないか、ってことか。

 これから先、生活していれば自然と女の子らしい行動は教育されるんだろうけど、それ以前に20年もの間男として生きていたんだ。

 ボロが出ない方がおかしい。


 まあ、慣れるしかないかな。

 女に生まれたからにはそれっぽくないと、親も困るだろうし。


 何より、親を悲しませるのは嫌だ。

 あんな別れ方をしたんだから、今度こそ、と思うのは当然だろう。

 ただでさえ、こんなイレギュラー揃いの子供が産まれてきた時点でマイナススタートだからなぁ……


 しかし、動けない赤ん坊というものは暇だね。

 言葉を発せないのだから、会話をすることもできない。


 ……けど、こんなのはまだマシだ。

 元々アクティブな性格な訳でもない。


 赤ん坊になって一番困ったことっていえば――




「――はーい、シーラ! お待ちかね、お乳の時間だよー」

 

 何やらテンション高めの女の子の声とともに、木製のドアが開く。

 そう、食事をさせるためにやってきたこの美少女――――カーラの乳を吸わないといけないということが、目下のところの俺にとって大きな負担だ。

 いや、決して男色ってわけじゃないんだけど。

 

 普通ならば。

 そう、男であったならば、据え膳を目の前にして躊躇らうなんていう愚行をすることもなかったと思う。

 そもそもそんな機会があるとも思えないけど。

 どんな倒錯した性癖だよ。


 けど、生まれ変わった今の状況は……普通じゃない(・・・・・・)

 仕方のないこととはいえ、前世ではついぞ経験することのなかったこの行為を――乳に吸い付くという行為を、乳児の姿を取った今の状態で行うのは……さすがに罪悪感でチクチク胸が痛む。


 今日も俺は――――乳を吸わない。絶対に!

 その決意を新たにして、服をはだけさせるカーラから視線を背けそっぽを向く。

 

「……むー、今日も、吸ってくれないなぁ……」


 そうポツリとこぼすカーラは難しい顔をしている。

 

 ここ数日、カーラは毎日のようにベッドの傍まで来ては、こうして授乳しようとしていた。

 罪悪感だけじゃない。

 羞恥心も、それに、少しはプライドなんてものもあった。

 けど、ベッドの上から動けないし、呂律も回らないこの身体で何ができるというものでもない。

 せいぜいこうして口を噤んで目を瞑るぐらいなもんだ。

 

 といっても、何も口にしていないわけじゃない。

 ここ数日、カーラは一通り試行錯誤した後、諦めて出て行くのが常だった。

 そして少し経つと、小さな哺乳瓶のようなものに白い液体――恐らく母乳を入れて、それを飲ませようとしてくる。

 それがいつものパターンだった。

 今日も恐らく、結局は諦めて出ていくんだろう。

 

 流石に生まれたてということもあり、腹はすぐに減る。

 1回に飲める量なんて微々たるもんだ。

 母乳を飲むってのも受け入れ難くはあるけど、そこはまぁ……妥協した。

 小さい頃に母乳を飲まないというのも、決して身体には良くないはずだし。

 今の最善手はこれ以上にない。1年もすれば、離乳食的な食事にもなるだろ。


 ……先の長い話だけど。


「ねぇ、シーラ。お願いだから、お乳飲んでくれない? ほらほら!」

「……」

 

 困った声でそう促すカーラ。

 何を言っているのかは分からない。

 けど、目を開けずとも間近には確かにその存在の気配があった。

 

 興味がないと言えばウソになる。こんなんになっても元は健全な男だ。

 そりゃあ目を開いて吸い付きたい気持ちも多少あるよ。多少はね。 

 

 しかし、何と言われようと決して目を開けてはいけない。徹底抗戦を決め込む。 

 これは、俺のプライドを賭けた戦いだ。

 

 今日も今日とてカーラにはご退場願お――


「―――――むぐっ!?」

「ほら、お乳だよ~」


 ――身体を持ち上げられたかと思えば、突如として顔に柔らかい感触を感じた。

 思わず目を見開く。


 そこには……無防備な主張をする乳房があった。


「むぐぅ~~~~~!!」

「いつまでも、馬乳ってわけにもねー。ほら、飲んで飲んで!」


 何やら言いつつその豊満な双丘を顔に押し付けてくるカーラ。

 何故かさして興奮するでもなく、ただただ息苦しさしかない。 


 く、苦しいって!

 息できねぇ!!

 小柄な体格に反して少々つり合いの取れていないその双丘は、俺の鼻に、口に押し付けられ……息が出来ない。


 なけなしの力を振り絞り、苦しいアピールをするべくカーラを叩く。

 けど、当の本人は変わらずグイグイと顔に押し当ててくる。

 あ、アホか!

 誰がもっと押し付けろっつったよ!

 

「む……ぐぅ」


 収まる気配のない圧迫に、呼吸がままならない。

 このままだと……色々マズい。

 


 ――――そんな状況だから、これは仕方のないことだった。



「………………んくっ」


 その時、俺は初めて母乳の味を知った。

 

 と同時に、男としての何かを失った、そんな気がした。



―――――



 カーラは悩んでいた。

 可愛い可愛い、初めての我が子のことについてである。

 我が子に不幸が起こっているなどとあまり考えたくは無かったが、万が一のことを考えると、夫に相談せざるを得なかった。


「ねぇ、アルフ」

「うん? どうかしたか?」

「シーラが産まれてからが1週間が過ぎるけど……あの子ったら、全然泣かないの。お腹空いても、おむつ汚しちゃっても」

「ああ……確かに泣いてるとこ、見たことないなぁ」

「お乳は今日、飲んでくれたし、下のものも出るから、大丈夫だとは思うんだけど……ちょっと不安でさ。ど、どう思う?」


 中身は成人男性であるシーラは、感情表現こそ豊かなものの、流石に泣き真似といった便利なスキルを持ち合わせているわけはなかった。


「うーん、確かに泣いているとこは見たことないが、その分よく笑ってくれてるし、特に問題ないんじゃないか?」

「そうね……私たちってほら、子育ての経験、ないじゃない? なんだか怖くってね」

「まあ、泣かない子ってのも珍しいとは思うが……感情が無いってわけじゃなさそうだし大丈夫だろ。あまり気にしすぎるなよ」

「……うん、わかった。ありがとね」


 そんな心配をさせているとは露知らず。

 当のシーラは無力感に打ちひしがれ、グッタリしていた。




―――――――――




 1歳になった。


 さすがにハイハイもできるようになり、家の中であればほとんど自由に移動することができるようになった。


 身体が動くって素晴らしい。

 今までが生き地獄だったから、より一層そう感じる。


 結局、授乳の際は目を瞑って吸う、ということで妥協して飲むことにした。

 毎度毎度、乳を押し付けられて殺されかけたのでは堪らないし、一度飲んでおいてそこからパッタリというのも……不自然だし。

 

 これは必要悪、そう自分に言い聞かせつつ、文字通り無心で吸い付いた。

 さぞかし俺を生まれ変わらせた神様は、面白がっているんだろうな。許さん。


 そして、ついぞ前世の記憶はそのままだった。

 今でもはっきりくっきり親の名前も友人も、生まれた街の名前も思い出せる。

 

 随分適当なことだ。

 あまりに理不尽な死に方をしたもんだから、神様が来世は楽をさせてやろうとか思ったんだろうか。

 大きなお世話だよ。


 さて、言葉も分かるようになってきたし、会話もできる。

 あとはここがどこか……ってことだけど。


 それが分からない。

 家の中を散策して本などを発見したものの。

 見たことのない文字ばかりでとんと検討が付かない。


 どこかの発展途上国ってとこかな。

 見た感じ電化製品もないみたいだし。


 考えながら軽く不安になる。

 覚えている限り、見たことの無い文字。

 電化製品もない国となると、相当な貧乏な国の生まれである可能性は高いだろう。


 ……ま、産まれてこれただけ儲けモンだよな。

 とりあえずウチは、今のとこ貧乏で困ってる風でもなさそうだし。


 国がどこであれ、家の中には綺麗な家具、カーペット、風呂まである。

 給湯設備らしき物は見当たらなかったけど、井戸から汲んできたりするんだろうか。

 家も前世の家に負けず劣らず大きいようだし、そこそこ裕福な家庭らしかった。


 窓から見た周囲の風景も、前世で言う住宅街のような雰囲気で、それをそのまま中世ヨーロッパ風にしたようなものだ。

 この家だけ特別貧乏という可能性は低いだろうし、そこのところの心配はいらないと思う。


 なんかアンバランスな感じだ。

 裕福で生活には困ってなさそうなのに、電化製品のひとつもないなんて。


 家の中だけとはいえ、機械といっていい物は見当たらないし、窓から外を見ても自動車なんかは1台も走っていないのだから、違和感がある。

 とはいえ住宅街であるなら、自動車がそう走り回ることもないだろうし。

 もっと金持ちの家庭にしか手が届かない贅沢品ということも考えられた。

 大した問題じゃない。


 しかし……電化製品のない国かぁ。

 スマホやらパソコンやらに慣れた身からすれば考えられんね。

 超情報社会日本から一転、連絡手段といえば手紙であろう国に生まれたんだ。

 それはそれは不自由するに違いなかった。


 圧倒的にやることが無さすぎる。

 せめて本でも読めるようになればなぁ。

 見たところ、文字は全く見たことのない文字だし。

 覚えるのに骨が折れるのは想像に難くない。


 ……いや、どうせ暇なんだから、勉強でもすっか。

 自主的に勉強しようとか何年振りだ、おい。


 基本的にものぐさだったこともあり、自主的に勉強をしようとした記憶がとんと無かった。

 ともあれ俺は、暇な時間を有効活用すべく文字を覚えることにした。




―――――――――




 4歳になる頃には文字を覚えた。


 三年間本を読むだけで文字も言葉も扱えるとか、俺って天才じゃん?

 なんて思ったりもしたけど、前世でも小学1年生の間にはひらがなを覚えるんだもんな。

 多少物覚えがいい、という程度だろう。


 母親が本を読み聞かせてくれたのも大きい。

 文字と言葉を関連付けて覚えることができるからな。


 しかし、メルヘンな本が多いこと多いこと。

 エドの冒険譚とか、魔術王アルマの伝説とか。

 こんな痛い本読んでるのか、ウチの親は……


 あまりに偏った作品の傾向に顔を顰めずにはいられない。

 

 生前はこういった本は好きな方だった。

 アニメやラノベといったものも見てたし、その中では勇者が冒険したり、魔法で不可思議な現象が起きてたりもした。


 もっとも、それを他人に言うことはなかったけどな。

 所謂隠れオタクってやつだ。


 それにしても、こんな本、外国でも売ってんだね。

 てっきり流行ってても韓国中国、ヨーロッパの大きな国ってとこだと思ってたけど。


 日本のオタク文化ってもんは海外では受け入れられない傾向にあるらしいし、PCも携帯もないような国でも売っていることには驚いた。


 好きなジャンルだし、別に悪いことじゃないけど。

 次、何読むかなぁ……


 どうやら両親は本が好きらしく、父母の部屋いずれにも本棚があったので読む本には困らなかった。

 普段家にいるのはもっぱらカーラで、主にアルフの部屋で本を読んでいた。


 そろそろ、この分厚いのいっとくか……

 って、背表紙なんも書いてないし。


 読めない文字もある程度潰せたし、ちょっと分厚めの本を取り出す。


「……魔術修練教本【初級】? なんだこれ?」


 思わず口に出してしまう。

 急に病気になったとかじゃない。

 取り出した本の表紙にはそう書いてあった。


 ……流石に、自分の両親が魔術なんていうオカルトを信じて、気合入れて魔法陣なんか書いちゃう痛すぎる人なのは予想外だった。

 日本でも街を歩いていると「あなたは神を信じますか?」「超能力に興味はありませんか?」なんて声をかけられることもあった。

 が、その度に鼻で笑ったもんだ。


 なんか、普通じゃないよな?

 いや、日本とは違うのは、生まれたときから分かってたけど。


 ともあれ初めて見るジャンルの本に興味が無いでもないので、開いてみる。

 予想通り本には様々な魔法陣のようなモノと、それに伴い呪文のようなもの、発現する効果……と続いている。


 火玉(ファイアボール)水玉(ウォーターボール)氷玉(アイスボール)土玉(クレイボール)空気玉(エアーボール)……おお、回復魔術(ヒール)なんかも書いてある。

 なんか本格的だ。


 思ったよりも丁寧な内容で驚いた。

 それぞれ少しずつ違う魔法陣が書かれているだけでなく、呪文も個別に記述されていたのだ。

 もっとこう、なんちゃって魔術もどきが連なっているのかと思っていたけど。


 こういうの見てると自分も使えそうな気、してくるな。

 ワクワクする。


 通常あり得ないご都合主義な展開になったり、起こりえない現象が起きるから、ラノベやらアニメが好きだったんだ。

 こうした術を使ってみたいと思ったことは一度や二度ではない。


「男の夢だよね……。いやまあ、もう女なんだけど」


 喋れるようになってからというものの、言葉遣いには気を付けるようにしていた。

 この年の子がどの程度まで話せるものなのかなんてのは分からないけど。

 男言葉で話すなんてことはないようにするつもりだ。

 どこで誰が聞いてるか分かんないしな。

 俺は極々普通の女の子路線で攻めるよ。

 

 ……減るもんじゃないし、1回読んでみっか。


 本気にするわけじゃない。

 ただの子供のお遊び、そう言い訳をしつつ適当な呪文を見繕う。

 思ったより自分は毒されていたらしい。


 まあ、実際に出るもんでもないんだしここはひとつ、派手なのをぶっ放すつもりで……






「太古より伝わりし聖なる炎の精霊よ! 眼前に現れ形を成せ……火玉(ファイアボール)! 」






 壁が、炎上した。

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