1話 突然の死
(……ん……)
(なんだ、これ……? )
とても狭い空間で目が覚める。
周りは暗く、とにかく狭いが、居心地は悪くない。
明らかに普段とは違う状況に、戸惑いながらもこうなった原因を思い出す。
が、上手く頭が回らず、記憶にもやがかかったような、ぼやっとした感じがして、うまく思考が纏まらない。
だからといって考えない訳にもいかず、必死に頭を回す。
確か昨日は…………
――――あ。
そうだ、昨晩は……
―――――――――――
今日も今日とて退屈な講義を終えて、帰路につく。
講義が退屈ではあるけど、学生生活自体は楽しく、そこそこ充実した毎日を過ごしているつもりだった。
「おい、今日の飲み会、お前どうすんの?」
と、そこで一緒に駅までの道を歩む隣の友人に言われ思い出す。
そういや、そんな話あったな。
「今日の夜はー確か……あれ、え? ……マジか」
手帳の予定を見て思わずうなだれる。
その視線の先にははっきりと「コンビニ16時~」の文字が堂々と主張をしている。
時給は良いし、同僚とも仲は良いのだけど……如何せん忙しすぎる日があるのが問題だった。
「悪い。今日もバイトだわ、ホラ」
「おめーいっつもバイトじゃんかよ! 今からそんな働いて、人生楽しいわけ!?」
「楽しいってわけじゃねーけど。他にやることもないし」
「いや、あるだろ! 飲みに遊びに女に! 残り少ない大学生活、今しかできないことをもっとエンジョイしようとか思わねーの!?」
「そりゃまぁ……」
思わない、とは言わない。
飲みに行くのも、遊びに行くのも、彼女を作るのも。
行けば、作ればそれはそれで楽しいんだろう。
けど、こうも思う。
「でも、今しかできないことって、今やんなきゃだめなの?」
「……またよく分かんねぇこと言って。そりゃそうだろうが」
結局のところ、何をするのも面倒なだけなのかもしれない。
新しいことをするのって、疲れるし。
飲みに、遊びに行くのも、気が向いたときに目の前のこいつでも誘えばいい。
決して彼女が出来ない言い訳とかではないぞ、うん。
「まあ、また今度飲み行こうぜ。奢るからさ」
「その言葉忘れるなよ!」
犠牲にした時間と引き換えに、金はそこそこ溜まってはいた。
これといって金の掛かる趣味も無いことだし。
そろそろ、バイトは終わりでもいいのかもな。
――――――――
飲みに行くのであろう友人を見送ったあと。
俺は仕事先の事を考えげんなりしつつ、路地を歩いていた。
「……今日、働きたくねぇな」
大学に入ってからはバイト、バイト、バイトの日々で、サークルに入るでもなく平日も出ずっぱりではあったけど……やっぱり働きたくない日はある。
そうは思うものの、同僚に迷惑をかけ、悪印象を与えることを考えると欠勤はし辛かった。
我ながらチキンなとこはあると思う。
けど、少し自分が我慢をすれば周りに迷惑がかからないとなるとそれを選ぶ。
今までそのスタンスを貫いてきた身としては、この程度で欠勤に踏み切ろうとは思わなかった。
さて、時間に余裕も無いし急いで――――
――ドンッ
突然、横っ腹に衝撃を感じる。
誰かにぶつかったのかと思い、一言謝ろうと横を向くと――
「あ? …………ぐおおおおああぁああああッ!? 」
腹部に激痛が走る。続けて、複数の衝撃。
とても立っていられずその場に倒れ込むと共に、誰か走り去っていく足音がした。
「う……ぐうぅ……! 」
声にならない声が漏れ出し、余りの痛みに立っていられず蹲って痛みを堪える。
下を向くと、道路は赤く染まり血だまりがジワジワと広がっている。
少しして自分の血だと気がついた。
「だ、誰か……」
目だけを動かして周りを見回すが、ここは人気の無い高架下。
朝ならともかくこの時間の人通りは少ない。
それならばと、大声で助けを求めようにも痛みで声が出ない。
なんとかしなければ、とは思うものの身体を動かすことができない。
頭が、回らない。
(お、俺、何かした……? なんで、こんなことになってんの? )
思い当たることなんてない。
自分はただの大学生で、周りの反感を買わぬように生きてきた。
それを疎ましく思われることはあっても恨まれるようなことなどないはずだった。
脳が危険信号を発しているのがわかる。頭はガンガンとし、視界がぼやけてきた。
(ああ、俺、こんな死に方するわけね……)
なぜか、状況にそぐわない感想が浮かび、頬が吊り上がるのを感じる。
ぼやけた視界に、誰かが走り寄ってくる姿が見える。
けど、もう遅い。
徐々に、光が失われ――――
目の前が、真っ暗になった。
――――――――――
(あぁ~……)
思い出すうちに思考は明瞭になっていき、この状況に繋がった原因に思い当たった。
死んだんだ、俺。ここは……死後の世界ってやつか。
死後の世界なんてものがあるとは思っちゃいなかった。
けど、それ以外この不自由な空間にいる理由に心当たりは無かった。
通り魔か人違いか知らんけど、なんつー不幸な事故だ。
金も溜めて、就活まで悠々自適ライフの予定だったのに……
まさか自分が、刺されて殺されるなんて突飛な死に方をするとは思ってなかった。
いや、刺されるかもと用心してるのもおかしいのだけども。
――と同時に、真っ先に入学後、必死に稼いできた金のことを気にする程度にはドライな生活をしていたことに気付く。
でもやっぱり、死にたくは、なかった。
自分が死んで悲しんでくれる人を思い浮かべる。
家族、友人、バイトの同僚。
実際どうかは知らないけど、皆そこそこ仲良くやってきたと自分では思う。
あくまで個人の主観ではあるけども。
なんとも思われてなかったら泣く自信あるなぁ……
というか、こっからどうなるんだ?
……○魂界に送られるとか?
適当に想像をしてみるけど、イマイチ見通しが立たない。
こうして考えることはできているけど、一生このままこの空間に居続けなければならないかもしれない。
……めっちゃ嫌なこと考えた。
せめてどっかの国に生まれ変わらせてくれ。日本じゃなくてもいいから、人間に。
当然、記憶はなくなるんだろうけど、そういう「生まれ変わり論」は信じられなくもない現実的なラインに思えた。
そのぐらいのささやかな願いが叶えられてもいい程度には、理不尽な死に方をした自信がある。
頼むぜ、神様。
(……ん?)
唐突に揺れを感じ、身体が滑るように動く。
揺れ動きながら、身体が上へ、上へと進んでいるような感じ。
(神様か閻魔様かは分からないけど、生まれ変わりの相談でもするのかな、っと……)
生まれ変わる前、天国か地獄へ送られるというのはよく聞く話だし、まさに送られてる最中なのかも。
そんなことを考えてみたけど、次第に行く先が何やら騒がしいことに気付く。
やけに外が騒がしい。
……まさか地獄?
俺そんな悪いことしてきたの?
一抹の不安がよぎる中、流れに身を任せ、身体はどんどん上へと押し上げられ————――
「……あと少しです! 頑張って! ………はーい、よく頑張りました! 元気な女の子ですよ!! 」
(えっ? )
俺は、産まれたのだった。




