第六話 ガブリエルⅢ
しかし、とびだしてきたのはいいのですが、ミーケは、踊りがどこでやっているのかすらもわかりません。しばらく走っていましたが、人にぶつかるばかりで、疲れて、足が止まってしまいました。
「こういう時のための口よね」
ミーケは一人呟き、「あの~」と、早足で歩いていく人にたずねようとしました。けれど、どの人も急いでるためか、ミーケの声が聞こえないのか、去っていくばかりでした。
「もう! どこかにのんびりしてる人はいないの!」
はらただしげに地面を踏むと、ミーケの手がつかまれました。ミーケが驚いて、見あげると、さっき、音を奏でていた男の人がいました。
「こっちだ」
ミーケは疑いもなく、男の手に連れられて、行きました。不思議なことに、さっきまであんなに人とぶつかっていたのに、まるであっちからよけていくようにすんなりと歩けます。気づくと、ある広場にでていました。
「踊り子を探していたんだろう。ちょうど、これから踊りの時間だ。いい時にきたな」
その時、拍手がわきおこりました。
広場の真ん中には、大きな広い台があります。そこに赤い布をはおり、黄金色の服や装飾品を着飾った女性があらわれました。その後から、茶色い板やら、丸くて白いものをもったおじさんたちが数人出てきて、端の方にある椅子に座りました。
踊り子がおじぎをして、ウィンクをすると、おじさんが白くて丸いものを叩きはじめ、軽やかな音がなりはじめました。
それは、まるで優雅な蝶のようでした。
他の音があわさり、重くなっていくとゆるやかな動きになり、ミーケは雨が降っているかのような重苦しさを感じました。けれど、また音が明るくなっていくと、太陽がでてきたような晴れやかさをあじわえました。
それは、サラより派手で、堂々とした動きで、光を一新にあびているような踊りでした。少なくとも、ミーケはそう感じました。
しかし、ミーケの口からはいつしか言葉がぽんとでていました。
「でも、サラだって、サラなりの素敵なチャチュカを踊っていたわ」
「私もそう思うよ」
ミーケが驚いて、見あげると、男は微笑んで見返していました。
「踊りで優劣を決めるなんて、なんの意味があるのだろう。確かに上手い、下手はあるだろう。しかし、人には好みというものがある。客観的に決めることなんて、まずないだろう。しかし、人は決めたがるのだ。優劣を……それこそ感性が貧しい者がすることなのだ。そうは思わないか?」
見終わった後、ミーケと歩きながら、男性はそう言いました。
「むずかしすぎて、言っていることがわからないわ」
男性がミーケの頭をぽんぽんとたたきます。
「要するに、踊りが好きな人が、踊り子になればいいということさ」
ミーケは頭をおさえて、前を歩く男性の背中にたずねました。
「あなたはだあれ?」
男性が振りかえります。その顔は、沈んでいく陽の真っ赤な色にてらされていて、よく見えませんでした。
「私はガブリエル。サラの手伝い人だよ」
「ミーケ!」
サラの家がわからなくなったので、ガブリエルにおくってもらっていると、サラが探していたのか、とびだしてきました。
「サラ!」
「ああ、よかった……心配してたのよ。急に出ていっちゃうから……あの、わたし、初対面の子にグチを言いすぎちゃったかな、って反省してたのよ」
ミーケはうつむきました。
「他のチャチュカを見てきたよ」
「まあ!」
サラが口を手でおさえて、言葉を続けます。
「それで、どうだった……?」
心なしか震えた声でした。ミーケがサラをまっすぐ見あげて、声をだします。
「ミーケはサラのチャチュカの方が好き」
少し沈黙がながれ、サラが手をはなして、微笑みました。
「……ありがとう、一番のほめ言葉だわ」
その目にはうっすらと涙がうかんでいました。ミーケもえへへとてれたように、笑いました。
「ガブリエルの言ったことが、今ならちょっとわかるわ。ミーケは上手い下手はわからないけど、どっちが好きならわかるもの」
そう言って振り返ると、ガブリエルの姿はもうありませんでした。
「ガブリエル?」
「あら。ガブリエルといっしょだったの?」
「うん。道に迷って……あの人が広場まで連れていってくれて……」
「ふうん……。わたしもガブリエルのことはよくわからないの。ちょっと前に、踊っていたわたしの前に現れて、音楽が必要だろう?って言ってきて。よくきてくれるんだけど、どこに住んでいるのかも謎なのよね」
「だって、この街、広いもの。きっと、ずっと遠くに住んでいるんだわ。帰ったのも、もう陽が落ちそうだからよ」
ミーケは、太陽が落ちていくであろう地平線の方を見つめました。サラも目を向けながら、言いました。
「そうかしらね……ところで、ミーケ。泊まるあてはあるの? こっちに親戚は?」
「誰もいないわ」
ミーケは、いつもの野宿を想像すると、とたんに気分が落ちていく気持ちがしました。こんなに灯りがたくさんあると、余計にさびしい気持ちがつのらないだろうか……そんなことを思っていると、サラが声をかけてきました。
「わたしも泊めたいのはやまやまなんだけど……さっきも言ったとおり体が弱くて、しょっちゅう寝こむし、コンテストが近いから、ミーケを泊める余裕がないのよ。ごめんね……」
「ううん。そんな、サラが謝ることじゃないわ」
ミーケの心のどこかには、サラが泊めてくれないだろうかと淡い期待があったのです。けれど、なくなったことで、今にもお日様といっしょに、ミーケの心は地面にくずれ落ちそうでした。
そんなミーケの気持ちを知ってか、サラも複雑そうな顔を見せました。