第二話 ラファエル
いったいどれくらい歩いたのでしょう。
毎日、ミーケはひたすら歩いていました。
夜は、おそろしい動物がたくさんいそうな森には入れないので、すぐに逃げられるような場所を選んで、寝ていました。だけど、物音がすると、すぐ目がさめてしまい、寝ていられません。
昼間は森に入って、木になっている果物をとります。火をおこすことも知らないミーケは村を出てから、あたたかいものを食べたことがありませんでした。
せめて、火をおこす魔法だけでも習っておくべきだったわと、ミーケは後悔しました。
そのうち、くたくたになってきて、ミーケはとうとう倒れてしまいました……。
体中が熱っぽくて、いたくて、おなかがすいて、眠くて、もうどうしたらいいのかもわかりませんでした。
もうこわい動物に食べられたっていいわ……。ミーケはそう思いました。意識がなくなりそうなのに、涙だけは流れていきます。
ミーケはなにも考えられない頭のなかで、呟きつづけていました。
お母さん、お父さん、おばあちゃん……。ミーケは本当に悪い子でした。でも、どうしても、あのまま魔女になるのはいやだったの。なにも考えず、従うのはどうしても自分に嘘をついているようで、許せなかったの。
ぽたぽた、ぽたぽた。
ミーケの目から涙だけがあふれていきます。ミーケは透明な丸い粒を見ながら、思いました。
変ね。もう気力すらないのに、涙だけはでるなんて……。ほんと、ふしぎだわ。
~~そうよね~~
誰かの優しい声が聞こえ、ミーケはうっすらと目をあけました。目の前には、長い金色の髪が揺れている、優しそうな女性がいました。その女性はにっこりと微笑んでいます。
あなたはだあれ?
言葉がでなくて、口をぱくぱくと開けることしかできないミーケを見て、もう一度女性は、ほほえみました。
「わたしはラファエル」
「ラファ……エル?」
しかし、ミーケの口は動いているだけで、声はでていません。ラファエルはそんなミーケを優しく見つめ、頭をなでました。
「ゆっくりお休みなさい。ミーケ。あなたを襲う野蛮な動物など、いないわ。もし、いたとしても、わたしがあなたを守ってあげる」
「ほ・ん・と?」
声にならない声が、ミーケの口からでていきます。
「ええ、ほんとよ。だから、安心して眠りなさい。愚かで、かわいい人間よ」
ミーケは弱々しく微笑みながら、最後の涙を落とし、すぅと深い眠りのなかに入っていきました。
「優しいな。ラファエルは」
「あら。皮肉のつもり? あなただって、この子を助けたのに」
「だいたい、おまえは癒す力しかもっていないから、この子を守ることなんてできねえじゃねえか」
「そのときは、あなたが守ってくれるでしょう? ミカエル」
「ちぇ。ちゃっかりしてやがるや」
ラファエルのそばには、いつのまにか、ミカエルが口をとがらせながら、立っていました。
「しかし、人間てのはしょうがない生き物だな。自分の望みをかなえるために、命を危険にさらすなんてな」
「ええ、でも、そこがかわいいところよ」
ラファエルはひざで眠っている、ミーケの茶色い髪を何度も優しくなでました。
「そうかねえ」
しかし、そう言うミカエルの顔も優しいものでした。
どれくらい眠ったでしょうか……。ミーケが目を開けると、もうラファエルは消えていました。朝日がミーケの目をつんとさし、冷たい風が頬をなでます。もう、体は熱くなかったし、体のどこも痛くありませんでした。
どこからか声が聞こえてきます。
その道をまっすぐいくと、村にでるわ。そこで、あたたかいものでも食べなさい。
ミーケは周りをみわたしますが、やはり誰もいません。
「変な旅だわ。」
不思議なラファエル。なんだか背中から翼が見えた気もするわ。この前のミカエルとなにか関係があるのかしら?
そう思いながらも、眠りをみたしたミーケのおなかはぺこぺこで、勝手に足は前へと進みはじめていました。ミーケは、時々、後ろを振りかえりました。けれど、やはり誰もいなく、優しい風だけがふいていました。