第一話 ミカエル
夜の間、歩き続けたミーケは住んでいた町を出て、えんえんと続く野原を歩いていました。
「はあ~つかれた!」
ミーケは、リュックからサンドイッチをとりだし、もふもふと食べ始めました。空は青く、気持ちよい風がふいています。
「まさしく絶好の旅日和だわ!」
マーマレードジャムが入ったサンドイッチは、甘酸っぱくて、それはそれはおいしいものでした。
「幸せって、なにか知らないけれど、きっとこういうのが幸せっていうものだわ」
そこに黒いカラスが降りてきました。
「やあ、おじょうさん。おいしそうなものを食べてるね。おいらにも一口、食わしてくれないか」
「やーよ。これはミーケのものなんだから! あんたみたいなまっくろくろすけにはあげないわ」
べーと舌をだすと、カラスは怒って、お空に飛んでいってしまいました。
「はあ、すっきり」
しばらくしてから、サンドイッチを残さず食べたミーケは、指をなめながら言いました。
「どうしよう。のどがかわいたわ」
さすがにお水まではもってこれなかったのです。頭上では、カラスが「バーカ!バーカ!」と、叫んでいます。
「まあ! なんて失礼なカラスなの! きっと、礼儀もなにも教わったことがないのね!」
ミーケは川を探すために走りだしました。そのうち、水の流れる音が聞こえはじめ、河原にたどりつきました。
「おいしそう~」
ミーケはリュックをおろし、両手で水をすくい、飲みはじめました。
その瞬間ーーーびゅっ! カラスがすごい勢いでとんできて、ミーケのリュックをかっさらっていきました。
「あ~!!!」
ミーケは怒って追いかけ始めましたが、あとの祭りです。カラスはバカにしたように、かーかーとないていますし、ミーケは魔法も使えないので、ほうきにのって、空をとぶこともできません。
ただ、お空に向かって、「返しなさい~!返さないとひどいことするわよ!」と、負け犬の遠吠えしかできません。そのうち、叫ぶのにも疲れてきて、ミーケはへたへたと座りこみました。
「わたしの……リュック……」
ミーケは心もとなくなり、えーん、えーんと泣くことしかできなくなりました……。
「いじわるするからだよ。ばーか!」
カラスが笑いながら、言ったその時!
「ぎゃ!」
カラスの悲鳴が聞こえました。
その声に気づいたミーケが思わず顔をあげると、地面にカラスが落ちてきました。
「きゃあ!」
ミーケもびっくりして、悲鳴をあげました。よくよく見ると、カラスは背中から翼がはえている人間にふんづけられていました。
その翼の人間ーー白い布切れだけを全身にはおった金色の髪の青年が口をあけました。
「ふん! いつからそんなに偉くなったんだよ。カラス」
「ミ、ミカエル!」
「カラスはいつから泥棒になっちまったのかね。お前が好きなのは、金品だろ」
ミカエルといわれた青年の手首に金色の鎖があらわれ、じゃらじゃらいいはじめます。
カラスの目が、かがやきました
「そ、それは!」
「ほら、これやるから、どっかうせろ。コソドロ」
「コソドロじゃねえぞ!」
と、ぶつぶつと言いながらも、カラスは鎖を口にくわえて、どこかにとんでいきました。
「やれやれ。カラスはいつの間にあんなに意地汚くなっちまったんだが。ほら、起きろ。おじょうさん。リュックだ」
起きあがったミーケのかたわらに、リュックがおかれました。
「……あなたは?」
翼のはえた青年なんて、今まで見たことがないミーケは、ただただ、ぽかんとしていました。
「まずは礼だろ。おじょうさん」
「あ、ありがとう……」
「礼」
「え?」
「なんか食べ物くれ」
あわててミーケは、りんごをだしました。
「しけてんな。でも、これがないとおまえらも産まれなかったんだから、きちょうといえば、きちょうか」
ミカエルは、左肩だけ白い布切れはないので、右肩の布でりんごをぬぐって、食べはじめました。しゃりしゃりという歯切れのよい音があたりにひびきます。
よく見ると、金色のくるくるっとした髪も空のような瞳もすごくきれいだけれど、時々動いている翼が不気味だわと、ミーケは思いました。
「あなたは誰?」
「え? 俺はミカエル。さっきカラスが言ってたよな」
「そうじゃなくて! あなたは魔法使い?」
ミカエルは口の端をぬぐい、ふふんと笑いました。
「そんな人間と一緒にしないでくれ。俺は天使。天使だよ」
「天使!?」
「そう、天上の神様につかえるもの☆」
ミカエルは片目をつぶって、人差し指を上にあげました。
「さーて、おいしかったんで、帰るとしよう。じゃあな。おじょうちゃん」
翼が大きく動きはじめ、ミカエルはあっというまに空にすいこまれていきました。
空を見あげたミーケは、もう一回ぺたんと座りこみ、呟きました。
「……この世って、ありえないことばかりなんだわ」