第三章
成得が目を覚ますと自分の部屋だった。ふと隣を見ると沙依が心地よさそうに寝ている。子供みたいな無邪気な顔で寝息を立てている姿がとても愛おしくて、沙依の頬をつねって、その柔らかい感触を確かめて、成得はため息をついた。
起き上がって布団から出ようとした成得に、起きた沙依が抱き着いてきた。寝ぼけた様子で背中にくっついてくる沙依の温もりを感じて、成得は目を伏せた。沙依の手が自分の胸元に伸びてきて、成得はそれを掴んで組み敷いた。驚いた顔の沙依と目が合う。
「どうして?」
沙依の口から言葉と共に、血が溢れた。
「お兄ちゃんさ、お前にそんなこと求めてないの。あと、お兄ちゃんにいけないことしようとする悪い子にはお仕置きが必要でしょ。」
いつも通りの薄ら笑いを浮かべて成得はそう言った。沙依の腹部には深々と小刀が刺さっていた。成得は沙依をぎゅっと抱きしめると、お兄ちゃんを殺そうとするならもっとちゃんと殺気を隠さないとだめだよと耳元で呟いて、腹部の刃物を捩じってさらに刺し込み、止めを刺した。情景が揺らいで、自分が野営を敷いていた場所に変わる。
「やけに質感もリアルだなと思ったら、沙依は幻覚じゃなくて化けてたのか。」
そう呟いて、成得はそこに転がっていた人物を蹴って仰向けにさせた。自分を監視してた奴じゃない。完全にこと切れているから、これじゃなんにも訊き出せないな。特になんかの手掛かりになるような所持品も持ってないし。まぁ、殺そうとするって事はやっぱ歓迎はされてないんだな。そんなことを考えて成得は薄く笑った。
「偽物だって解ってるとはいえ、自分の特別な人を何のためらいもなく殺せるってすごいね。」
そう声が聞こえて、拍手をしながらおかっぱ頭の線の細い男が現れた。
「特別だから、尋問せずにさっさと殺したんだろ。あんたらのすることはいちいち胸糞悪いな。なんで沙依があんたらを大切に思うのか俺にはさっぱりわからないぜ。」
成得は怠そうに首を傾げながらそう返した。沙依が相手でも必要なら躊躇はしない。でもいくら偽物とはいえ、一番殺したくない相手を殺すのは気分が悪かった。偽物でこうなのだから、本物を殺したらどんな気分なんだろうな。そんなことを考えて成得は気がふさいだ。
「初めまして、僕の名は太乙真人。君と話をしにきたんだ。先客がいたから様子を見てたけど、あまりの手際の良さに感銘を受けたよ。」
太乙のその言葉に成得は、あっそと興味なさげに呟いた。そして一応、成得も名乗っておく。
「刺客を送ってくるっとことは、あんたらは俺らと仲良くする気はないんだろ。それどころか、邪魔にさえ思ってる。なのに、ここのお偉いさんのあんたが俺に何の用なの?俺と勝負しに来たわけじゃなさそうだけどさ。」
へらへら笑いながらそう言う成得に、太乙は肩をすくめて見せた。
「ここも一枚岩じゃないんだよ。外部干渉を嫌う頭の固い連中もいれば、そうじゃないやつもいるさ。まぁ、自分たちが贄にされるために力を与えられて不老長寿となったことを知っても、それを認められずにまだ自分たちが特別で絶対的に君臨してるなんて幻想を抱いてる奴が多くて辟易するけどね。仙人の時代なんてとっくの昔に終わってるっていうのにさ、本当バカだよね。」
太乙はそう言うと自嘲気味に笑った。
「で、あんたは何がしたいの?」
成得の言葉に、太乙はにぃと笑った。
「とりあえず君、ここの会議に出てみない?今回の事で、緊急会議が開かれることになったんだ。そこで君の好きにしてくれればいい。なんならここの連中皆殺しにしたってかまわないよ。もちろん僕を含めて。」
成得には太乙の言っている意味が理解できなかった。これは罠なのか?そうも思うが、目の前の人物からは何も読み取ることができなくて、どうすべきか即決することができなかった。
「沙依ちゃんと違って慎重だね。あの娘なら、こんな話聞いたら何も考えずに飛びついてくるのに。話し合いの場に参加させてくれるの、ありがとう。皆殺しなんてそんな物騒な事しないよ、理解してもらえるように頑張るよ、とか言いそう。」
それを聞いて成得は、あぁ、想像つくな、と思った。想像つくけど、今の沙依は軍人だった頃よりだから多分、戦闘になった時は応戦する気で、死人が出るの覚悟でそこに向かうな。そんなことを考えて、成得は決心した。この男がどれだけのことを知っているのかは解らないが、ある程度の自分の素性とここに来た目的が知られているのは確かだろう。なら選択できる道は一つだった。
「あんたの策略に乗ってやるよ。俺にとって都合がいいのも確かだ。ただ、俺は戦闘はそんな得意じゃないし、状況が悪くなったらそく逃げるから皆殺し期待してんなら、期待外れだぞ。」
そう言う成得に、あれだけ戦えてよく言うよと太乙は呆れたように呟いた。
「あ、ちなみに道徳は帰してくれなくていいよ。あいつ会議じゃ役に立たないから。というか邪魔だし。」
しれっとそう言う太乙を見て成得は、あいつそんな扱いなんだと少し道徳を憐れに思った。
○ ○
「太乙、その男は誰だ。部外者を会議に連れてくるとはどういう了見だ?」
そう問われて太乙は答えた。
「部外者じゃないよ。こちらは児島成得さん。老子に危機を伝えて助力までしてくれた恩人で、沙依ちゃんのお兄さんだよ。」
太乙の紹介を受けて自分に向けられた視線の中に、親しみや感謝の目が混ざっていることが成得には意外だった。しかし、相変わらず威圧的に敵意を向けてくる奴がいて辟易する。その中には自分を見張っていた男もいるし、刺客を送ってきたのもこの中の誰かなのだろう。太乙の目的もよく解らないし、警戒するに越したことはないと成得は思っていた。
「文珠広法天孫は知ってるよね?ずっと見てたんだから。」
太乙は成得を見張っていた男を見てそう言った。何も答えないその男と暫く見つめ合ってから太乙は、一人一人に視線を移しながら話し始めた。
「この中でどれだけの人が現状を理解してるの?僕は、今こそ崑崙の在り方を、僕達仙人の在り方を見直す時だと思う。仙界大戦終結から約四千年。原始天孫様がいったい何をしてきたのか、何をしようとしていたのか、自分たちが何に踊らされて何をさせられ、何をされようとしていたのか。皆現実から目を背けてきたけれど、今がそれに向き合うときだと思うんだけど、違うのかな?」
太乙は最後にリーダー格と思われる人物に目を向けて止まった。
成得はとりあえず太乙の隣でおとなしく状況を見守っていた。部屋の構造や逃走経路の確認は済ませている。いつでも退避できる体制はとっていた。ここに成得が把握していない人物はいないし、伏兵もいなかったが、全員と戦闘になった場合には自分では太刀打ちできない。それが理解できているからこそ、もしものタイミングは間違えるわけにはいかなかった。
「急にこんな問題提起をしても何も解ってない状況じゃ何も考えられない。というか現状維持でいきたいと思うのは仕方がないことだと思うだろうから、ちゃんと考えるためにも皆に見てほしいものがあるんだ。」
そう言って太乙は何処からか資料を取り出し配った。
「これは僕が原始天孫様が隠してた資料庫を見つけ出して調べて、あの人が何をしてきたのかまとめたものだ。信じられなかったら、自分の目でその資料庫を見てくればいい。あの人の筆跡で記録が残されてる。他にもいろんな残骸があるからさ。原始天孫様が何かしてたと信じられなくても、実際これが誰かの手で行われた事実だとは理解できると思うよ。」
配られた資料を見て、その内容に皆それぞれ顔を顰めた。それを確認して太乙は軽薄そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、僕含めてここにいる皆がさ、これ見てそんな顔するのはおかしいんじゃない?これは原始天孫様がしてきた数々の非人道的な実験や虐殺の記録だ。でも、ここまでじゃないにしろ、皆似た様な事してるよね。殺生禁止?笑っちゃうね。戒律を破った弟子を粛正するという意味合いでどれだけ殺した?殺さないにせよ、自分の弟子たちを使っていったいどれだけの実験をした?自分の弟子を人とは呼べない姿にしたり、壊したなんてざらだよね。僕だって自分の弟子の死体に宝具を組み込んで改造して甦らすとか、本当に非人道的な事を色々やってるけど、皆も同じような事してるよね。これを批判できるほど僕たちは清廉潔白なんかじゃない。僕たちは、自分たちの求めるものを追求するためにとっくに身も心も人間を辞めてるんだ。」
太乙の発言に反論しようとする者もいたがその隙を与えず太乙は、いかに自分たちが非情でどうしようもない奴らなのかということを、時にはここにいる人物を名指しし実例を挙げて話し続けた。
「で、お前はそんな話をして、俺たちが非情であることを訴えて何がしたいんだ?」
その問いに太乙は笑った。
「やだな。これは最初の問題提起を皆に考えてもらうための資料の一つだよ。まずは自分たちが何をしてきたかっていう現実を認識する必要があるかと思ってさ。だいぶ、腹を立ててる人もいるみたいだけど、事実を指摘されて怒るなんて子供みたいで情けないよね。ここにいる全員こういうことしてるっていうのは事実なんだからさ。指標たるべき十二太子がそんなんなんて本当に恥ずかしい。そう思わない?」
そう太乙に言われ誰もなにも言わなかった。下手に反論すれば、自分が崑崙十二太子にふさわしくない未熟者であると認めることになる。だからこそ、自分が十二太子であることにプライドを持っている者達は何も言い返すことができなかった。
「これで原始天孫様だけが巨悪の根源じゃなくて、僕達も同じようなものだって理解してもらえたと思うんだけどさ。それを認識したうえで、僕達仙人がどういった歴史の上に成り立ってるかを知ってもらおうか。」
そう言って太乙はまた新しい資料を配る。
「これに関してはきっと天帝が裏付けをしてくれるよ。僕達に力を与え手のひらで転がしてたのは彼の妹なんだからさ。それに、最初の仙人である三大老もまだ二人生き残ってる。そして沙依ちゃんやここにいるお兄さんは僕らから侵略を受けた側の当事者だしね。」
太乙の言葉に会場はざわついた。
「あ、僕らはその時代まだ生まれてなかったから関係ないって言い訳はいらないよ。そんなの相手には関係ないんだから。それに、さっき証明したでしょ?この時の当事者と自分たちは変わらないって。その当時僕らが生まれてたら、僕らは確実に当事者になっていたんだ。それにこの中の何人がさ、いったいどれだけ沙依ちゃんを殺そうとしたか覚えてる?それだけでも僕らが報復される理由になるって理解できないかな?」
太乙の言葉に一人がすかさず食いついた。
「あれは清廉賢母が原始天孫様を殺そうとしたから議題に上がったことで、彼女を殺すべきという意見には明確で正当な理由があったはずだ。」
それを聞いて太乙は目を伏せると、ある映像を流した。それを目にした瞬間、成得は頭に血が上るのを感じた。瞬間的に感情が爆発しそうになったが、すぐに抑えてそれを隠した。自分がこんなに激昂すること自体驚きだったが、ここで感情にまかせて何か行動すれば全てが水の泡だ。今自分がすべきなのはこの流れを見守ることだ。一瞬でも感情を吐露してしまったことは反省すべきだが、持ち直せた大丈夫。そう思った成得に、彼にだけ聞こえるくらいの小さな声で太乙が話し掛けた。
「君は強いね。君にとってここで起こることは本当に気分悪いだろうから、僕含めて皆殺しにしてもいいって言ったんだけど。それだけの感情を抑えつけて目的を優先させるとは、賭けてみて正解だったよ。」
冷静な太乙の態度に、成得は彼を評価した。太乙の目的をまだ掴みかねていたが、彼が命懸けでここに臨んでいることは理解できた。その覚悟は汲んでやってもいい。ここにいる人間を皆殺しにするのはいつだってできる。わざわざ分が悪い戦いをする必要はない。殺すか殺さないか、利用できるかできないか、見極めるまでもう少しの間この胸糞悪い劇を見続けても構わない。そう考えることで、成得は自分を保った。
太乙が流したのは、沙依が原始天孫から拷問を受けている映像だった。拷問の末に凌辱の限りを尽くされる映像。これは大昔に太乙が沙依の秘密が知りたくて、沙依を唆して彼女の記憶に干渉した際のデータ。装置自体はその記憶に耐えられなかった沙依が叩き壊してしまったが、データは残っていた。それを沙依が拷問されているとはっきり解る様に加工編集したものだった。太乙は映像を止めると、再び一同を見渡した。
「その資料にある通り、沙依ちゃんは最終的には雉鶏精の羽根で時間を遡らされて子供にされて原始天孫様の手元に置かれた。僕らの元に来たとき、沙依ちゃんは記憶喪失で大人、特に原始天孫様に対して強い拒否反応を示していた。子供だった頃のあの娘の怯え方は尋常じゃなかった。それはこの拷問のせいだった。これ見てもさ、沙依ちゃんを弁解の機会も与えずに殺そうとしたことに正当性があるって言えるの?ただ怖かっただけでしょ。僕らと違ってあの娘は元々人間じゃなかったから、あの娘の存在が、強さが脅威で、だから殺しておきたかっただけでしょ。実際、何人が殺そうとした?彼女を殺すことが否決されても、何人かは殺そうとしたよね。僕らには正当性なんて微塵もない。報復されても仕方がないってことをちゃんと受け入れようよ。それだけのことを、僕ら自身がしてきたんだ。」
太乙は語気を荒げることもなく、ただ淡々と話していた。静かだからこそ、その言葉には威圧感があった。誰も口を挟むことなく太乙の言葉を聞いていた。
「これだけのことをしてきたのに、原始天孫様が僕らを皆殺しにしようとした時、沙依ちゃんは僕らを助けたんだ。それなのに僕らが彼女にしたことは何だった?仙界大戦後、戦犯扱いを受けて批判の対象になってた彼女に対して僕らは何をした?どれだけあの娘に酷いことしてきたと思ってるの。僕たちは何回殺したって殺したりないくらい 恨まれて当然なんだよ。一人残らず殺してやりたいって思われて当然なんだよ。それを自覚しようよ。こうした僕ら自身の行いが、個人からではなく、一つの種族全体から恨まれ、根絶やしにしようと狙われるという現状を作ったってことをちゃんと認識しよう。そのうえで対策を立て、行いを改めなければ僕達仙人に未来はない。」
そう言うと、太乙は目を閉じて深呼吸した。
「僕の勝手な問題提起に時間をとらせて悪かったね。今日僕らが集まった本来の理由を話し合おうじゃないか。」
そう言って太乙は自分の席に着いた。成得に目配せをして座る様に促す。成得はおとなしくそれに従った。
リーダー格と思われる男の進行で会議が進められていく。今回のターチェによる崑崙侵略未遂についてどう対処すべきか。今後このような事態が起きた場合どうすべきか。そんな内容の話し合いが行われていたが、中身のない議論が飛び交い無駄に時間がつぶれていった。それを眺め成得は辟易とした。あれだけ太乙が場を温めていたにもかかわらず、自分達の身に現実に降りかかっている脅威だという事が全く理解できていない。危機感が足りなさすぎる。こんな奴らに頼って自分の身を任せている奴らは本当にかわいそうだなと成得は同情さえ感じ始めていた。
一通り意見ができったように思われたところで、太乙が手を挙げた。
「僕はこの問題を解決するためにできる選択は二つだと思う。一つは天上界へ移住すること。その場合の問題は、天上界が僕らを受け入れるかどうか。だいぶ少なくなったとはいえ、崑崙山脈全体となると相当数の仙人がいる。それに、天上界に責任をとって受け入れろ、僕らを護れ、なんて言って実際天上界が僕らを受け入れた場合、崑崙以外の仙人達も天上界は受け入れなくてはいけなくなる。それが許容できるとは思わないから、多分受け入れられない可能性の方が高いんじゃないかな。」
そう淡々と言う太乙に、そんな現実的じゃない事言っても仕方ないんだよ、もう一つってなんだよ、というヤジが飛んだ。
「彼らに協力を仰ぐ。」
太乙はそう言って成得を指示し、全員の注目が成得に集まった。
「正直、僕らにはこの脅威に対抗する手段がない。脅威を排除しに行くったって、彼らと全面戦争なんてしたら最終的には僕らが負けることは目に見えてる。なら、彼らと和解する道を考えるべきじゃないかと思うよ。彼はそのつなぎ役だ。」
そう言って太乙は成得に目を向けた。あぁ、ここが出番ね。そう思って成得は笑った。太乙の一連の行動を見て、こいつも次元の違う天才か、と成得は思っていた。いったいどの情報をどう繋げてそういう結論にたどり着くのか解らないが、次元の違う天才は自分には理解できない思考の飛躍をして正しい答えにたどり着く。天才じゃなけりゃ、よほどのバカだ。この流れで誰がどうして俺たちと和解できると思う。どうしてそのために俺がこいつらに協力するなんて考え付くんだよ。思考が理解できなくても、現状では太乙が自分と目的を同じくする味方だということは理解できたので、成得にはそれだけで充分だった。
「そうだな。ターチェ全体との和解は無理だが、俺は自分の国とお前らが協力しあえるように仲介してやってもいいとは思ってる。何故なら、ここが俺のかわいい妹が命懸けで守り切った場所で、あいつがここを第二の故郷のように大切に思っているからだ。ただ、チャンスはこの一回だけだ。今決断しないのなら俺はお前らを見捨てる。二度と手はかさない。元々助ける義理もないしな。」
出来るだけ高圧的な態度で侮蔑を込めて成得は言った。案の定噛みついてくる奴がいて、成得は立ちあがった。
「じゃあこの話はなしだな。」
そう言って背中を向ける成得を、太乙は止めなかった。そのままゆっくり歩き、扉に手を掛けたところで呼び止められた。成得を呼び止めたのは、司会進行をしていた男だった。
「待ってくれないか。まだ全体での結論が出ていない。一部の者の意見だけ聞いて去るのではなく、会議終了までいてもらえないだろうか。」
そんな男の言葉を聞いて、成得は振り向きざま凄まじい殺気を放った。それに対して動じる者がいなかったことだけは、褒めてやってもいいと思う。これくらい気概がないと張り合いがない。どっかの誰かさんみたいに殺気だけで倒れられても困る。そんなことを考えながら、成得は軽薄そうに笑った。
「ずいぶんと偉そうだけど、あんたは自分の立場が解ってるのか?うちの第二部特殊部隊の隊長を捕まえてあれだけのことをして殺そうとしたことも、助けてやった俺のことを殺そうとしたことも目を瞑って帰ってやるって言ってんだよ。それだけでも感謝してほしいくらいなのに、そんな俺をさ、あんたらの都合で引き止めるってどういう了見だ?お前らが今生きていられるのはここにいるのが俺で、俺がお前らを殺したらかわいい妹が悲しむから我慢してやってるだけだって理解できないの?」
そう言って成得は自分を中心に全方位に向けて衝撃波を放った。書類が飛び、窓ガラスが割れる。
「沙依はうちの軍人の中じゃ強い方じゃない。そんな沙依相手にてこずるようなお前らが、俺の機嫌損ねて無事ですむと思ってんの?沙依にできる程度のことなんて俺にだって出来るんだよ。そんでもって、俺はあいつほど甘くない。覚悟はできてるんだろうな。」
そう言うと成得は笑顔を引っ込めてリーダー格の男を睨みつけた。目が合って、相手の目の中に恐怖の感情を読み取って、成得は満足した。こういうバカは、どっちが上かはっきり認識させないと自分の立場が解らない。そして、相手が圧倒的に自分より強いと認識したらひれ伏し、もう強気には出られなくなる。沙依は甘いから舐められていたのだ。こういうのは実際の戦闘力じゃない。どれだけ精神的に優位に立てるかが勝負。本当、ここの連中はろくな奴らじゃない。そんなことを考えながら、成得すっと手を挙げた。その瞬間、リーダー格の男が力なく膝をつき頭を垂れた。
「すまなかった。許してくれ。どうか命だけは。」
そう言う男を成得は静かに見下ろしていた。手を挙げたのはただの脅し。衝撃波は放てても、沙依のように雷撃や疾風が起こせるわけじゃない。一撃必殺出来るような大技も、一対多で使えるような大技も自分は持っていない。戦闘になっていたら負けていたのは自分なのだ。二、三人は殺せても全員殺すなんてとてもできない。戦闘態勢はとりつつも、攻撃はせずに冷静に自分の動向を観察している目をいくつか感じて、成得はそう思った。なんだかんだ言ってもここにいる連中は皆手練れなのだ、分が悪すぎる。この状態になる前に攻撃されなかったことはこちらにとって幸いだったが、仲間の命より自分の命を優先して攻撃をしないなんてやっぱりろくな奴らじゃない。そう思って成得は気分が悪かった。
項垂れた男は何か言い訳じみた謝罪を繰り返し、許しをこいていた。聞きたくもなかったので成得は右から左に聞き流しながら相手を見下し続けていた。こんなの聞いてても胸糞悪いだけなんだよな。俺がドエスだったら、こういうの楽しめたんだろうな。楓ちゃんとかこういう相手虐めるの好きそうだよな。そんなことを考えて気を紛らわせながら、成得は相手の言い訳が尽きるのをひたすらプレッシャーを与えながら待っていた。
相手が精神的に疲れ果てて黙り込んだところを見測り成得は手を下ろした。侮蔑を込めた笑みを浮かべ、ゆっくりと威圧的な態度で席に着く。
「そこまで言うなら考え直してやる。ただ、もう無条件でお前らに協力してやる気は消え失せた。俺の出す条件を全て呑めるっていうなら、龍籠がお前らの助けになる様に働きかけてやる。」
もう成得に何か言う者はいなかった。成得は技術提供や資源提供など適当に条件を出して、後は適当に話を進めながら、書類を作って押印させた。
全部終わらせると成得は心の中で一息ついた。これで後は時を見て軍事会議を開いてこの話しを可決させれば完了。休暇中にたまたまいざこざに巻き込まれた俺はその解決に助力して、その流れでこいつらからの要請を受けて龍籠がこいつらと仲良くできる様に尽力しましたというお話の出来上がり。そう考えると悪くないな。沙依の好きそうなストーリーだ。お兄ちゃんの評価上がるかな。昔みたいに「ありがとう、大好き」って抱き着いてきてくれないかな。かわいい妹の笑顔がみられるなら、お兄ちゃん本当なんだってできるのに。そんなことを考えて成得は立ちあがった。
「帰るの?」
太乙に声を掛けられて成得は心底うんざりした様子で、帰るよと答えた。
「そういや、お前は全く動じなかったな。」
あの中で太乙はずっと姿勢も表情も変えず座り続けていた。他の連中は多かれ少なかれなにかしらの反応を示していたのに、ここまで無反応も珍しい。
「僕は最初から君に殺される覚悟はできてたからね。僕はここでの今の生活を手放したくなかったし、ここを離れてまた一から設備を整えるなんて不可能に近いし、逃亡生活なんて性に合わないし。最悪自分の洞府に立てこもって応戦するだけの準備はしてたけど、自由が失われるのは嫌だったしね。あの場面では全く動かないのが一番でしょ、あいつらに僕の立ち位置を示すためにもさ。」
しれっとそう言う太乙に、そういう事ねと成得は相槌を打った。
「このタイミングで君が道徳を連れ出してくれたことも、こうやってここに来てくれたことも、僕にとってはとても都合が良かったよ。君にとっては不本意だろうが本当に助かった。ありがとう。」
そう言う太乙に成得はいつもの軽薄そうな笑いを浮かべて返した。
「うちの軍人になる気があったら、情報司令部隊(俺のとこ)に来いよ。お前なら歓迎してやる。」
ここまで準備を整えてあったということは、こいつはもうだいぶ前からこういう計画を立てて実行するタイミングを計っていたんだろう。態度は偉そうだがこいつの事は嫌いじゃない。成得はそう思った。
「そうそう、こんなこと言っても信じられないかもしれないけど、道徳は人体実験も弟子殺しもしてないよ。あいつはそういうところ潔癖だから。あいつが追求したのはそういう物に頼らない強さだしね。まぁ、他の奴らがしてるの容認してたから、同罪っちゃ同罪かもしれないけど。」
そう言う太乙に成得は嫌そうな顔を向けた。
「あいつがどうとか本当どうでもいいの。あいつがどんな男でも、沙依の恋人って時点で気に食わないの。妹に悪い虫がついたら排除するのがお兄ちゃんの役目なの、解る?」
そう言う成得を面白そうに太乙は見ていた。
「とりあえず君がシスコンなのは理解できたよ。」
そんな会話をして、二人は軽く笑い合った。
○ ○
「こんな短期間でよくもまぁここまでの事が出来ましたね。」
そういう楓に成得は運が良かったんだよと答えた。
「本当は対等な立場での同盟がベストだったんだけどな。あいつらがクズ過ぎて、結局あそこがうちの下になるような従属関係になっちまった。下手に上下関係作ると色々面倒くさいんだけどな。それにあそこは元々天上界の傘下みたいなもんだし、そっちも配慮するとなると、さすがにそれは司令官に出てもらうしかないな。同盟が本格的に締結されたらどうあがいても仕事が増えるわ、ごめんね。」
へらへら笑いながらそう言う成得を楓はバッサリ切った。
「あなたが今の倍以上働けば問題ありません。責任とって頑張ってください。」
うゎ、楓ちゃん酷い。そんないつも通りのやり取りをして、成得は帰路についた。
帰る途中で沙依を見つけて、いつ通り乗っかかろうかと思ったが止めた。見つけなかったことにしてそのまま寄宿舎の自分の部屋に戻る。
さすがに疲れた。そう思って、成得はそのまま布団に倒れ込んだ。
真っ暗な世界に成得は一人立っていた。あぁ、夢見てんのか。夢みるなんていつぶりだろう。普段なら何か術式をかけられたと警戒するところなのに、何故か成得はそんなことを呆然と考えていた。これが何かの術式ならやばいな。俺、今無防備にもほどがあるじゃん。そんなことを思って苦笑が漏れる。それでも成得は何かに備えようという気が起きなかった。
「なんであんたがここにいんの?」
暗闇の中、目の前に現れた人物に成得は話し掛けた。
「夢だからだろ?親父曰く、俺たちの夢は繋がってるらしいからな。」
そう言う長兄を見て、成得は何とも言えない気持ちになった。
「いつも眉間に皺よせて難しい顔してたくせに、そんな顔もすんだな。あんたがそんな風に安穏とした顔してると虫唾が走る。ちゃっかり肩の荷下ろしやがって。俺は絶対あんたを許さないからな。」
そう言う成得に長兄は、そうだな、許してくれなくていいと言って微笑んだ。それを見て成得は舌打ちをした。
「あんたのそう言うところが腹立つんだよ。なんでも解ってるような気になりやがって。」
成得は長兄の胸倉を掴んでいた。言いたいことは沢山あるはずなのに、言葉が出てこなくて、長兄を睨みつけて、泣きたくなって、成得は手を離して俯いた。
「お前の記憶、消さなかったんじゃなくて消せなかったんだ。俺の能力よりお前が家族を想う心の方が強くて、全部奪えなかった。」
長兄の言葉に成得はハッと顔を上げた。
「次郎。お前いつも千里眼で兄弟の事見守って、何かあるとそれとなく助けてやってただろ。いかにも自分は何もしてません、怠けてますって態度で、いつも皆に気を配ってた。お前が昼間寝てることが多かったのも、夜中に一人で鍛錬積みながら見回りしてからだろ。お前がそうやって家族を守ってくれるから、俺はお前がいれば大丈夫だって安心しきってた。自分が家族の輪に入れないから、目を逸らして逃げたかったから、俺はお前に全部押し付けてた。最初から、俺はお前らの兄貴失格だったんだ。なのに、兄貴ぶろうとしたのが間違いだった。」
それを聞いた瞬間、成得は長兄を殴っていた。感情のままに行動するなんて本当、自分らしくない。長兄を殴った拳が痛くて、痺れていた。
「バカじゃねぇの。あんたは兄貴だったろ。ずっと、俺らの兄貴だっただろうがよ。あんたは間違ってたさ。俺はあんたがしたことを絶対に許せない。だけど、それでもあんたが本当に俺たちの事大切にしてたって、俺たちの事守りたかっただけだって解ってるからさ、だから俺は・・・。」
言葉が詰まって続かなかった。色々なことを思い出して、思い出が溢れてきて成得はどうしようもない気持ちに襲われた。
「兄貴失格だなんてさ、兄貴ぶらなきゃよかったなんて言うなよ。あんたが間違えたのはそこじゃねぇよ。俺たちを頼らなかったことだ。誰かに弱さを見せてちゃんと甘えようとしなかったことだ。そんでもって、俺の間違いはあんたの弱さに気が付いてたのに、勝手にこっちを拒否してるあんたに腹を立てて何にもしなかったことだ。あの時、あんたのことを末姫に任せちまったことだ。あの妹ならなんとかしてくれるんじゃないかって、あんなちっさかった妹に全部任せちまったことだ。」
本当は兄貴じゃなくて自分の事が一番許せない。そう実感して、成得は拳を握りせめて俯いた。
「お前は本当に強い男だよ。」
そうやって長兄に頭を撫でられて、成得は泣きそうな顔で笑った。
「何だよそれ。あんた、ガキの頃もそうやって俺の頭撫でたろ。ガキ扱いすんなよ。あんたに頭撫でられたって別に嬉しかないしさ。」
そんなことを言いつつ、成得は自分の胸に温かいものが溢れてきているのを感じていた。幼い頃こうやって長兄に頭を撫でられて、長兄に認められた気がして嬉しく思ったことを覚えている。無自覚にやっていたが、自分がよく人の頭撫でるのはこれの影響か。そんなことを考えて、成得は苦笑した。夢でくらい涙が流れてもいいと思うのに、涙は一滴もでてこなかった。そんな成得を、長兄は本当に愛おしそうに見ながら笑っていた。




