間章 ある兄妹の日常③
四郎と遊んでいた末姫は、次郎を見つけると駆け寄ってきた。
「あ、次兄様がお外に出てる。どうしたの?なにかご用事?」
無邪気に聞いてくる姿が眩しい。
「多分、姉さんに部屋追い出されただけだと思う。今日こそ、万年床干して空気の入れ替えしてやるって、さっき次兄の部屋向かって行くの見たから。」
淡々と事実を突きつけられて次郎は辛くなった。そしてふと、自分の前に立った四郎に違和感を感じて、次郎は首を傾げた。
「お前また身長伸びた?ってか、俺よりでかくなってるじゃねぇか。」
ついに下の弟にまで身長を抜かれて次郎は更に精神的ダメージを受けた。
「成長期だからね。まだ伸びる予定。それに、次兄が身長伸びなかったの、引きこもってたからだと思う。」
容赦ない弟の言葉に次郎はうなだれた。いや、それもそうなんだろうけどさ、もう少し言葉選んでくれてもよくない?マジで辛い。
「次兄様、大丈夫?」
そう言って心配そうに自分の顔を覗き込んでくる末姫を次郎は抱きしめた。
「お兄ちゃんに優しくしてくれるのは末姫ちゃんだけだよ。お願いだから、末姫ちゃんはそのままでいて。」
急に抱きしめられて、末姫は意味が分からないという様子で疑問符を浮かべていた。
そんな兄の姿を冷めた目で見ながら四郎は更に追い打ちをかけた。
「次兄ってさ、末姫が思春期になったら真っ先に嫌われそうだよね。」
弟の容赦ない追撃に次郎はノックアウト寸前になった。
「四郎は俺の事嫌いなの?嫌いだから、そんな事ばっか言うの?お前、本当いつも俺に容赦ないよね。」
絞り出した次郎の言葉に、四郎は別にと答えた。
「嫌いじゃないけど。ただそう思ったから、そう言っただけ。」
しれっとそう言う弟に、そうだと思ったよと心の中で次郎は突っ込んだ。
「お前ね。正直なのはいいことだけど、事実を突きつけられると辛い人もいるの。お願いだからもう少し考えてからもの言うようにしようよ。お兄ちゃん現実見るの本当、辛い。」
そう言う次郎に、四郎は意味が解らないという目を向けた。そうだよな、健全な四郎に不健全な俺の気持ちを解れっていう方が無理だよな、お前脳筋だし。そんなことを考えて次郎は泣きたくなった。そんな次郎の背中を末姫がぽんぽん叩く。
「大丈夫だよ、次兄様。わたし次兄様のこと嫌いにならないよ。大好きだよ。」
自分を励まそうと一生懸命言葉を紡ぐ末姫に次郎は心が洗われる思いだった。
「次兄様いつも助けてくれるし、色々教えてくれるし、あと、えっと、やさしい?」
なんでそこ疑問形なの。そう思ったが、そんな妹の姿に次郎は癒された。本当、かわいいな。あの姉貴と同じ生き物とは思えない。
「ありがとう、末姫ちゃん。お兄ちゃんも末姫ちゃんの事大好きだよ。本当、そのままでいて。末姫ちゃんにまで邪険に扱われるようになったら、お兄ちゃん生きていけない。」
姉にがみがみ怒られ強制的に部屋を追い出されてげんなりしていたところに、弟には追い打ちをかけられて、再起不能になりかけていたところの唯一の救い。次郎は末姫を抱きしめて、気力を回復していた。せっかく気力を回復しているのに、四郎の視線が刺さって、次郎の気持ちは萎えていった。
「あのさ、お前が何言いたいかは解るから、お願いだから今言おうとしてること口に出さないでくれる?じゃないと俺、まじで立ち直れなくなるから。あと、強いて言うならば末姫ちゃんと二人きりにしてくれないかな。お前がいると俺どんどん削られてくから。」
「姉さんから、次兄と末姫二人きりにさせるなって言われてるし、無理。姉さん怒らせると面倒くさいし。」
そうきっぱり言い放なたれて、次郎は消えたくなった。俺、どれだけ信用されてないの。ってか、姉貴の中で俺の存在って何なの。この末っ子はしょっちゅう人の部屋に勝手に入って来て好き勝手してるけど、もしかして連れ込んでると思われてんのか。だからいつもあんなに怒られんの、俺。勘弁してよ。
「まさかだけどさ、四郎も俺と末姫二人きりにしたらやばいとか思ってないよね?」
次郎の問いに四郎は即答せず、何か考えこんだ。それって即答できないことなの。本当、俺の扱い酷い。そりゃ、引きこもりだし、夜型だし、ろくなことしないけどさ、そんなに邪険にされるようなことはしてないと思うぞ。多分。普段兄弟と接点がなさ過ぎて自信が持てないのが悲しい。次郎はいつも千里眼で兄弟達の様子を見ているから皆が何をしているのか知っているが、兄弟達の方は引きこもっている次郎にわざわざ会いに来ることは少ないから、次郎が普段何をしているのかよく知らない。不審がられるのも仕方ないのかもしれないが、今の生活習慣を変える気もないし、だからと言って、この扱いはやっぱり酷いと次郎は思った。
「いくら次兄がやりたい盛りで、引きこもりで一人遊びばっかしてるって言っても、さすがに末姫に何かするなんて俺は思ってないよ。ただ、末姫に色々入れ知恵するから二人きりにすると後が面倒くさい。」
四郎の言葉の途中で次郎は反射的に末姫の耳をふさいでいた。
「お前さ、そう言うこと妹の前で言う?バカじゃないの。」
思わぬ弟の言葉に次郎は焦った。末姫には理解できないだろうけど聞かせていい話と、そうじゃない話があるだろ、と呆れたように注意すると、四郎はしれっとした顔で言った。
「そういうところとか、次兄は案外良識人だよね。だから俺は次兄の事信じてるよ。次兄の一人遊びが普通の事だってのも解るし。でも姉さんは女だからどうしてもそう言うことに敏感っていうか、潔癖になるんだよ。次兄、そういうことに興味があるって隠さないからさ、姉さんからしたら不潔に映るんじゃない?普段の生活が生活だし。とりあえずいつまでも末姫の事小さい子扱いしてそうやってくっつくのやめたら?末姫だっていつまでも子供じゃないんだし、そろそろ妹離れしないと本当に嫌われるよ。というか、まだ嫌われてないのが奇跡だと思う。」
そんな弟の言葉に次郎は精神的大打撃を受けた。四郎の言うことはもっともなんだと思う。だけど、それを受け入れることは次郎にはとても難しかった。下の弟はいつの間にこんなことを言うようになったのだろう。ついこの間まで子供だと思ってたのに、自分より大人びて見える。そんなことを考えて、次郎は自分が情けなくなった。そりゃ、こんなんじゃ他の兄弟から軽んじられて、邪険にされても仕方がないよな。そうは思うが、だからと言って変わろうとは思えなかった。
「とりあえず、末姫に嫌われたら考える。」
そう呟く次郎に、四郎は生暖かい目を向けた。