石人の美しさ
「美しさとは心の中にあるものです。あなた様の中にも美しさはありますわ」
女は微笑みながら、鳥の美しさを描いた。
王宮に住んでいる羽が青色に光る鳥。金色に輝く鳥かごに収まっている。
女の故郷の山には居ない鳥だ。
「石人にはかなわない」
王は、描き続ける女を目を細めて見つめる。
鳥にも負けず劣らず石人という人種の女は美しかった。
オパールのように輝く髪、金色の瞳、白いなめらかな陶器のような光沢を放つ肌。
喉元には石人の証の守護石がはまっている。
この石人はガーネットの守護石がキラキラと光りながらはまっていた。
王が熱のこもった目で見つめても、石人の女は摑みどころなく微笑むばかりだった。
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この世界には一番美しいと言われる人種がいる。
心も体も誰もが美しいと認めた。
その人種の名は石人と言う。
山の地方に眠る宝玉から自然発生する人々だった。
髪はオパールのように七色に輝き、瞳は金や銀にきらめく。喉には自然発生した時に核となった宝玉がキラキラと光る。
食べ物や飲み物を取る事なく、山の気を吸って生きる。
誰もが石人を発見した時に捕まえて自分のものとしようとした。
だが石人は山から連れ出すと一週間と持たずに唯の灰色の石となって消えてしまう。
山の気を吸わないと生きていられないのだ。
喉元の石を取っても灰色の石となって消える。
石人はそもそも自然発生したものだから、消える時にも特に悲しんだりはしない。
生きている時には山の里で、日がな一日芸術を磨いている。
音楽、絵、造形、踊り。
ありとあらゆる芸を磨いていた。
その芸の結果は世界中の人間が欲しがった。
世界は協定を結んで石人を保護する事にした。
摑みどころのない石人を、時々近くの国に招待して楽しむだけとした。
石人の里には石人以外が入ると山の気が乱れてしまうから入れない。
また、石人は何も欲しがらない。
どんな大富豪でも石人を見たい、芸術の結果が欲しい時には請い願った。
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それはさておき、 世界で豊かな国第2位の国の王が願って、ようやく王宮に3日だけ招く事が叶った。
この国は、石人の国から少し離れている。
飛行馬車で空を駆けても、石人が消えてしまわないようにと3日だけの日程だった。
「ようこそいらっしゃいました。ガーネット様。私はフロウと言います」
ようやく王宮の庭に飛行馬車が到着した。
中から薄く微笑みながら、石人が現れる。
王であるフロウは、ガーネットに頭を下げる。
「こんにちわ。フロウ様」
興味深そうにこちらを見るガーネットに、フロウは圧倒される。
生きている宝石がこちらを見ているのだ。
初めて石人を見た時のように胸が熱くなった。
ガーネットは小さい頃に見た時と変わらない。
フロウは小さい頃に一度だけ石人を見ていた。
10才の誕生日を迎えたフロウの為に、今は亡き両親が石人に頭を下げて王宮に迎えてくれたのだ。
ダイヤモンドやルビーやガーネットの石人が王子を祝う為に集まった。
王族が頭を下げたから、というのもあるが大部分は気まぐれだ。
石人が王宮の広間で華麗な三重奏を奏で、簡単な絵をプレゼントした。
その破格の豪華さに集まった貴族達は息を呑んだものだ。
その中でも摑みどころのないのがガーネットだった。
小さかったフロウは、その摑みどころのない微笑みに心を奪われていた。
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フロウの回想はさておき、ガーネットは王宮でバイオリンを弾いたり絵を描いたりはたまた詩を書いてみたりして過ごした。
石人は寝る事もない。
広い王宮でいつも通りに芸術を磨いて過ごした。
年頃の人間の女のように着飾る事もなく、美食もしない。
王であるフロウの側でひたすら美しい芸術を産み出した。
フロウは夢のようだった。
王である自分が忙しい中、時間を作り山の里の前で頭を下げ続けた甲斐があった。
自分が心を奪われた美しい人が、側にいてくれる。
「この鳥の絵をあなた様に」
ガーネットは、王宮にいる珍しい青い鳥を描いた。
水彩の淡い色を幾重にも重ねて、鳥の光る羽を表現した絵だ。
フロウは手を震わせて受け取る。
感激で力の加減が分からない。
破かないように、すぐに膝の上に置いた。
「そんなに私の事が好きですか? フロウ様」
少し困ったようにガーネットが首を傾げる。
フロウは迷わず頷いた。
「好きです。ガーネット様」
そう、フロウはガーネットを好きだった。
でも、王の権力を持ってしても自分の妃には迎えられない。
側に置いても、山の里で近くに居ても相手は灰色の石となってしまう。
熱のこもったフロウの言葉に、ガーネットは微笑んだ。
「あなたのその恋情。情熱は美しいですね」
フロウはそのガーネットの言葉に目を伏せた。
石人と人間の果てしない距離を感じて。
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別れの時間のほんの何十分か前、フロウは人払いをしてガーネットをずっと見続けていた。
ほとんど瞬きしないで、ガーネットを目に焼き付けるかのように見つめ続けていた。
「私、そんなに見られては穴が空いてしまいそうですわ」
ガーネットが鈴を転がすように笑う。
王宮の庭にはガーネットの乗る飛行馬車が準備されていた。
もどらなければ灰色の石になってしまう。
戻る時間を遅らせる事は出来ない。
フロウは3日の間、ガーネットに合わせて寝る事なしに見続けていた。
もうすぐ別れの時だというのに、フロウを眠気が襲う。
フロウは眠気を払うため、小刀を自分の腿に突き立てた。
「………っうぅ」
血が流れ頭が少しすっきりする。
「そんな、フロウ様。王というお立場を考えなさい」
さすがにガーネットが慌てて、持っていた白いハンカチをフロウの腿に当てた。
いつもの余裕の微笑みではなく、珍しく焦った様子にフロウは少し笑う。
「あなたのそんな顔初めて見た」
「自分を好いてくれる人間がそんな事をしたら驚きます」
ガーネットがムッとしたように唇を尖らせた。
「好きだ。王でないなら山の里の前にずっと暮らして、あなたを一目見るために一生を捧げたのに」
真剣な顔で言うフロウにガーネットは顔をしかめた。
そうしてから、そんな表情を変える自分に驚いたように目を見開く。
熱っぽく自分を見続けるフロウに頷いてみせた。
「そんなに好きなら約束をあげましょうか?」
「欲しい」
ガーネットのくれるものなら、フロウは何でも欲しい。
間を入れず頷くフロウにガーネットは摑みどころなく微笑む。
「来年からこの時期に1日だけ会いに来て差し上げます」
「………なんだって?」
「この時期に山の里に飛行馬車を出して下さったら、1日だけ毎年会いに来てあげますわ」
「それは本当か」
「ええ。嬉しいでしょう?」
ガーネットの思いがけない申し出にフロウは何度も頷く。
そのフロウの必死さにガーネットは可笑しそうに笑った。
フロウは思いがけない幸運に天にも昇る気持ちだった。
石人が定期的に会ってくれるなんて、世界中見てもない。
本当はもっと会いたいが、気を変えられても困る。
そして、会う取り決めを話しあってる内に別れの時間になる。
フロウは幾分軽い気持ちでガーネットを見送った。
来年も1日会える。
愛しい人と1日会えるのだ。
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石人と王の一年に1日の逢瀬については今も語り継がれている。
王はその1日だけは訪ねてくる石人と、何があっても2人きりで過ごしたという。
フロウ王は生涯を独身で通した。
子は、何処からか遠縁の貴族の子を養子として、次の王につけた。
その子は喉元に濃い灰色のホクロがあったという。
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