21:00
教会は国で信仰されている女神に祈りを捧げる場所。
苦しくなった時、悲しくなった時、葛藤している時。
女神に自らの心の内を告白する為にある、神聖な場所である。
教会へ着き中へ入ると、シスターが迎えてくれた。
「こんばんわ、マーチェ」
「こんばんわ、シスター」
彼女はこの教会で一番偉いシスターで、国王様からの信頼も厚いらしい。
そんな雲の上に居るような人と話してもいいのか悩んだが、神の前で身分など関係ないとシスターは言うので、この美しい女性と話をする機会を与えてくれた神に感謝しながら会いに行くのがマーチェの唯一の楽しみになっていた。
「今年もよろしくお願いします」
「あら。まだ年は明けていないわよ?」
「シスターはお茶目だね、とっても可愛い」
「あらあら。貴女の方が可愛らしいわ」
「むむ」
揶揄われている気がしたが、シスターがマーチェで遊ぶのはいつものこと。自分を元気づけようとしてくれてるだけなので、怒るに怒れない。
「シスター。わたし、もうすぐ大人です。だから甘やかさないでください」
「妹の様に想っている貴女を甘やかすのは、神が私に与えた特権です。絶対止めませんからね?」
「特権って……シスター、さすがに言い過ぎです」
「神の前で嘘は言いません。観念して甘やかされなさい」
ころころ笑いながら話すシスターは、マーチェより少し年上としか思えない程若い見目をしている。本当の年齢は知らないが、女性に聞くのは失礼な事なのであえて話の話題に挙げたことはない。
「ありがとう、シスター」
「いいえ。どういたしまして」
素直に口に出来た感謝の言葉に、シスターは嬉しそうに微笑んでくれた。
「さて、聖歌の準備を始めましょうか。貴女の歌声が好きで毎年聴きに来ている常連さんもいるの。私も鼻が高いわ」
「歌う前から褒めないでください……」
「仕方がないでしょう。……あぁ、そうだったわ。貴女と話してみたいという知り合いがいるのだけれど、歌が終わった後でいいから会ってくれないかしら?」
「私に?」
何故、シスターの知り合いが私と会いたいのか。
不思議に思っていると、笑みを深くしたシスターが説明を始めた。
「彼ね、さっき話した常連さんなの。貴女の歌声が好きで毎年聴きに来ているのよ。どうしても一度話をしてみたいと頼まれていたのだけれど、お忙しい方だから、聖夜に毎回仕事が入ってしまって予定が合わなくて」
なるほどと思ったが、ふと疑問が湧く。
「会うだけなら、聖夜じゃなくてもいい気がするんですけど……」
今の話だと、聖夜に歌を聴きに来ていてマーチェと話がしたいと思っているのに仕事が入り断念している、という事らしい。
でも、わざわざ聖夜でなければならない理由でもあるのだろうか。
「聖歌を歌った貴女に直接感想を言いたいと、譲って下さらなくて。ふふふ、でも嬉しいわ。貴女の魅力が判るなんて、素晴らしい」
「魅力って」
あまりにも無縁の単語で褒められてしまった為、吹き出してしまった。
「可笑しい、シスター可笑しいよ」
「そんなに可笑しいかしら」
首を傾げたシスターはとても可愛らしく、人を引き付けるとしたらこの人みたいな女性でなければ無理だ。
「うん、可笑しい。でもありがとう」
マーチェに魅力があるなんて言ってくれるのは、このシスター以外にいない。
街の人達は、マーチェに優しい顔なんてしてくれないのだから。