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今年も終わりを迎える最期の月。
この月には『聖夜』と呼ばれる日がある。
一日中家族と過ごす。神に歌を捧げる。恋人と愛を語らう。
一年で一番寒い日は、一年で一番温かい日でもあるのだ。
しかし、それは立場の違いで見方が変わるのだと、誰も気づかないのだろうかーー?
「ねぇ、今日は何食べるの?」
「ふふ。今日はね、皆でチキンを食べるのよ」
「チキン?何それ」
「夜ご飯までのお楽しみ。さぁ、帰るわよ」
子どもが母親に手を引かれて歩いて行く。
楽しそうに笑いながら、幸せだというように。
「……いいなぁ」
ポツリと呟かれた言葉を拾う者はいない。
遠ざかる背中を眺めていた少女は、溜め息を吐いてから歩き始めた。
「マーチェ!こんな所でどうしたの?」
しかし、程なくして少女ーーマーチェは声を掛けられ足を止めた。
「レイラ、貴女こそどうしたの?」
「足りない食材があって買い出しに来たのよ……貴女は?」
幼馴染であるレイラは気立ての良い娘だ。孤児院育ちのマーチェにも優しくしてくれ声を掛けてくれる。
「今年も教会で歌を歌って、そのまま朝まで居ようと思ってる。院長に心配掛けるわけにはいかないし」
「女の子が一人で過ごすのは危ないと思うわ」
「仕方がないよ。院長も、今日は家族とだけで過ごさせてあげたいんだ。毎日子ども達を相手にしてるんだもん、今夜ぐらい罰は当たらないって」
「マーチェ……」
マーチェの暮らす孤児院では聖夜から翌日の聖日まで、教会のシスター達が子ども達の世話を代わりにしてくれる。また、そこそこ大きい子どもは街の家に招かれ、そこで過ごさせてもらうのだ。
でも、マーチェは一度招かれて以来、街の家にやっかいになる事はなかった。
「もう馴れたし、大丈夫。レイラも家族が心配するから早く行きなよ。ご馳走、冷めちゃうよ?」
「……そうね、わかったわ。でも、我慢出来なくなったら家に来て。お願いよ?」
「わかってる。ありがとう、レイラ」
お礼を言い、彼女と別れる。
長い髪を躍らせながら走り去るレイラがどんどん遠のいて行く。
「行ける筈、ないけど」
心優しい彼女の好意はとても嬉しいが、行けない理由があるのだ。
止めた足を再び動かし、マーチェは教会へと向かって進んでいった。