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1.さんぼんゆびの大地 ―暗殺者の由縁―

 アカイ。あかい。赤い。赫い――。どうしてこんなに赫いのに、熱くないのだろう。不思議に思って、手を伸ばす。……ぬるりとした、感触。

 ぱちくりと、目が覚めた。全身、汗がびっしょりだった。

 久々に見る夢、だった。熱くない赤はいつまでも現実味がないあの火事を、その後に触れるぬめりとした感触は、いつまでも忘れられない現実を思い起こさせる。

 ……十の時に、家は焼けた。文字通りの家と、そして家族と、裕福な貴族としての地位と、金と、全てが燃えて、焼け落ちた。

 俺はその現場にいなかったし、その後焼け出された跡さえも見ていない。遠くの友人の家に泊っていた俺は話を聞いて、親父が恨みを買っていた連中のどれが火を点けたのだろう、とぼんやり考えた。

 友人は泣いて両親に俺を引き取ってくれと頼み込んでくれたが、彼らはうちの親爺と同じ人種で、あからさまに嫌がっていた。嫌われ者でも確かな地位と金のある親爺のいる俺なら仲良くする価値もあろうが、そうでなければ単なる厄介者というわけだ。

俺は笑って、親戚を尋ねてみると言ってそこを出た。友人が握らせてくれた金貨を手に馬車に乗り、さてどうしたものか、と思案に暮れた。

 屋敷のあった場所に戻ろうという気にはどうしてもなれなかった。そこでまざまざ現実を目の前につきつけられても、嫌な思いしかしない気がして。だから俺は、綺麗な屋敷が建っていた風景しか覚えていない。

 友人に握らされた金貨は世間知らずの坊ちゃんが持つには過ぎた代物で、馬車の御者に巻き上げられたばかりでなく、運悪くそれを目撃していたごろつきに、衣服も剥ぎ取られ、殴る蹴るの末に橋の下に捨てられて、唯一の友人を思ってこのまま死ねれば幸せなのかとぼんやり思って、そのまま目を閉じた。


 気づけば、薄暗い部屋にいた。そこもやはり日が射さず、屋敷の地下牢を思わせた。

「気いついたか、坊主?」

そう言って笑いかけてくれた顔が、今でも忘れられない。続いて、香ばしい焼き立てのパンの匂い。

 その親爺は、俺にパンを食べさせ、洗いざらい俺の素姓を聞き出し、そして最後に、人を殺したことがあるかと聞いてきた。驚いた俺がないと答えれば、ますますいいと笑った。

「そうさな、そう見えないってのが、肝心なんだ。」

そうして俺は、男に密偵として諸々叩きこまれ、育てられた。

 この世界じゃあ、よくある話で、しかしこの歳まで生き延びれたのはそこそこ腕のいい証だと自惚れてもいいだろう。

「まあそれも、もう終わりだろうが。」

自嘲気味に、笑いが漏れる。

 キネマット領領主、クローデア・ララ・キネマット、あどけない少女の面影を残した女領主、しかし彼女が継いだのは肥沃な領地、そして幾ら他領の領主から言い寄られようとも、まだ成人してもいない弟に領地を継がせるため、のらりくらりと縁談をかわし、戦となれば過酷に命を下す。結果たるや百戦百勝、もちろんそれは若い女領主の実力ばかりでなく、先代の遺した忌々しいほどに優秀な補佐たちのおかげであって……。

雇い主も、そんなキネマットを狙う一人だった。俺を拾って兇手として育てた親爺も亡くなったとは言え、お抱えの密偵なんざ五万といる野郎で、そんでも伝説みたいな噂しかない“藍の暗殺集団”を連れて目の前に現れた時には、驚いた。


藍の暗殺集団――。

その噂は裏の世界では伝説のように囁かれている。

藍色の髪をした暗殺者の集団で、どんな場所であろうとも潜り込み、決して正体がばれないままに標的を殺し、目的を達成するとどこへともなく姿を消しているという。

藍色の髪なんて珍しすぎる特徴から、裏じゃよくある背びれ尾ひれがついて誇張された話だろ、くらいに思っていたのだが、今回の仕事にあたって実際に組まされ、実感せざるを得ない。

「クローデアさまのかみのけは、きらきらお日様にすけてきれいです。」

無邪気な笑顔を浮かべて自らの仕える女主人にそう言い放つ藍色の髪の少年を、誰が暗殺者などと疑うだろうか。侍童として女領主に仕えるスゴロフの姿を見た時、さすがの俺も目と耳を疑った。

初めて引き会わされた時のことが思い出される。

雇い主と会うのはいつも地下の隠し部屋だった。地下と言っても柱の内側にあたる天井の吹き抜けを上手く利用して、明かりは十分にあった。仕事で滅多にそこにいないとは言え、十で家が潰れ兇手として育てるべく拾われてから、俺にとってはそこが帰るべき場所だった。

吹き抜けから落ちてくる明かりが一瞬増し、石の螺旋階段に足音が響けば雇い主が降りてくる合図だった。次の任務までに体力温存とばかりに寝そべっていた俺は跳ね起き、簡単に身なりを整えて雇い主を迎える準備をした。

そして雇い主の陰に隠れていたそれを発見した時、思わず眉根を寄せてしまった。

「……子供?」

 雇い主以外の人間が、表から来ることはまずない。……足音一つさせない身のこなしを取っても、雇い主の後継ではなさそうだ。

「お前は初めてだろうが、名前くらいは聞いたことあるだろう。“藍の暗殺集団”だ。」

その言葉にますます眉根が寄る。雇い主が自分たち以外でそういうのを子飼いにしてるなんて考えたことがなかった。

「集団というには、寂しすぎやしませんかね。」

「ああ、こ奴らは他領に拠点を持たせてあるからな。こちらに来ることは滅多にないんだが、もののついでだ。」

「もしかしてリーデン候の下手人?」

つい口を滑らせると、雇い主は鬱陶しいとでも言うかのように眉根を寄せた。……つまり是、ということだ。

「はあん、こんな子供がねえ。」

リーデン候は雇い主、つまりゲルグ領領主と密約を結んだ同盟相手だったが、先の戦で裏切り、ゲルグを追い詰めた。そして呆気なく、自陣で側近と共に、鮮血を噴水のように散らして派手に殺されたと聞いていた。

 見せしめとしてそれだけ派手に殺されたのに、下手人は闇の中、そういう裏方連中に顔の利く俺でさえも、正体の片鱗も掴めず不思議に思っていたのだ。それがまさかこんな子供の仕業だとは、到底思えない。

「リーデン、ガリャが潰れたから、お次はキネマット、ってとこですかい?」

茶目っけたっぷりに肩をすくめて言ったのに、ますます鬱陶しそうに眉を顰められた。……この業界、あんまり賢しいと生き残るのが難しい。

「小娘を黙らせてこい。」

「へえい。」

気の抜けた返事だったが、与えられた任務は返事ほど容易くはない。しかし渋ったところで断れるわけでもなし、これ以上雇い主の機嫌を損ねるよりは、見事なほどに気配を消している小僧に詳細を聞いた方が早そうだった。

「ほんじゃよろしくな、相棒。」

しかし差し出した手が握られることはなく、射抜くような視線は感じ悪く逸らされた。

「なんだよー、仕事仲間なんだから握手くらいいいだろ。」

「……慣れ合う趣味はありません。」

少年にしても高音域の声が突き刺すようだった。やれやれと頭を振って肩を竦め、雇い主に尋ねる。

「どういう間柄になるんですかね。」

「赤の他人だ。たまたま里帰りから戻る途中、一緒になっただけのな。」

そして声を落とす。

「……子供だからとて躊躇うな。こ奴とて同じだからな。」

つまり万一正体がばれたら、一方を始末しろ、という事だ。

「へいへい、分かってますって。今更そんなんで躊躇してたらこの歳まで生き残ってませんって。」

しかしどう見たって俺より年下のそいつは、ぴくりとも反応を示さなかった。……嫌な感じだ。

「……痛つつつつつっ!」

わしゃわしゃと頭を撫でるつもりが、腕を伸ばした途端にその対象は視界から消え、後ろ手に腕をねじあげられていた。雇い主は満足そうに嗤った。

「せいぜい仲良く仕事に励め。朗報を期待している。」

簡潔に告げるとさっさと階段を上り始めた。

 ねじあげられた腕を大げさにふり、痛みを紛らわそうとする。ねじあげた張本人は澄ました顔で、冗談が通じない相手なのは十分わかったので責める代わりに質問する。

「里帰りってのは?」

「元々侍童として潜入してたのを戦力増強として呼ばれたので、里帰りしたことになっています。」

「なんだよ。俺行く必要あんのか、それ。」

「保険要員です。」

きっぱり言われ、へいへいと溜息を吐いた。

 実際のところはリーデンとガリャを潰した今さっさか確実にキネマットを潰したいのだろう。保険要員という言葉はあながち嘘でもない。


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