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1.さんぼんゆびの大地 ―牢獄にて受ける治療―

 次に目覚めたのは、薄暗い石壁に囲まれた部屋で、部屋というかまあ牢屋で、ぼうっとした頭で、俺は記憶を手繰り寄せた。

 まず思い出したのは、スゴロフのチビが俺ごと連中を刺して逃げだしたこと、包帯の巻かれた脇腹が嫌でもそれを思い出させる。じっとしてれば痛みはなかったが、起き上ろうとすると呻き声が漏れた。

「目が覚めたのか……!」

その声で、外を見張っていた奴に、気づかれたらしい。俄かに騒がしくなり、すぐに収まる。……報告に行ったのだろう。

「……俺は何日くらい眠ってたんだ?」

まだ靄のかかる頭を振りながら、尋ねる。

「…………。」

「かぁっ、罪人とは話したくもないってか?怪我人には優しくしろって、母ちゃんに教わんなかったのかい、旦那。」

「…………。」

いっそ小気味いい程に、無反応。面倒なので、会話を諦める。

 窓のない部屋、恐らく地下、見世物のごとく廊下に面する壁は一面格子で、こちらの動きは丸わかり。しかも油断なくこちらの手の届かない距離に陣取り、背に腕を組み、報告に行った兵士を待っている。別に取って食いやしないってのにな。大体死ぬ思いした傷をまた開かせるような真似したくねぇっての。

 そんなこんな思ってる内に、すぐに足音が響いてきた。すぐ近くに階段があるのだろう、上から響いてきたそれはすぐに大きくなり、そしてその姿を現した。

 鍵ががちゃがちゃと音を立てて、そして回される。その戸を潜って入ってきたのは、この場に似つかわしくないことに、女が二人。一人は麗しのハレア・クイン・ソリューシャ嬢、今回のターゲットの一番の側近であり腹心、他に類を見ない女領主共々、他に類を見ない女騎士、黒髪の巻き毛に縁取られた輪郭はほっそりとしており、しなやかな手足は効率よく筋肉がついている。俺と同業のある種の女連中と、似たような体つき、それでいて澄んだ瞳、正義感に溢れた眼差しをしている。

「調子はどうだ?傷は痛むか?」

そう尋ねてきたのはもう一人の女で、驚いたことにその声は、意識が途切れる直前に聞いていたそれだった。

「女だったのか!?」

驚いて声を挙げると、ハレア嬢に比べてずっと小柄な彼女は、眉根を寄せた。

「相も変わらず無駄な元気が有り余っているようだな……。騎士殿、これでこ奴と私のつながりがないことはわかったでしょう?仲間であれば性別くらい知っているものです。」

「その通りですね。ですがクローデア様が完治しますまで、貴方への疑いが晴れることありませんことお忘れなきよう。」

「ああ……まあしょうがない。旅人なんてそんな扱いしかされないもんだ。」

そう言って軽く肩を竦める。

 クローデア様が完治しますまで……ということは、スゴロフが毒を盛った女領主は、奇跡的にまだ生きているらしい。しかも解毒不可能と奴が豪語していたにも関わらず、目の前の得体の知れぬ女が治療に当たっているらしいことが知れた。

「……包帯を取るぞ。」

告げて、こちらが承諾を与えずとも、構わず包帯を丁寧に剥がす。

 その頭は目の前、だから俺は手を伸ばした。


――――世界が逆転する。


「……今のは?」

ハレア嬢の剣先が、俺ではなく、その女の喉元に突きつけられている。俺はと言えば、首を抑え人質に取るつもりだった女の摩訶不思議な目に見えぬ何かによって、薄いベッドに叩きつけられ、頭がガンガンと痛い。

 女ははあ、と溜息をつき、そして首を振った。

「……信用を得ていない今お話しても理解して頂けないでしょうし、私の身を危険に晒すばかりです。ただ、これだけは申しておきましょう。私に危害を加えようとする者には、今のように何かが起こる、と。」

突きつけられた剣先に全く動じず、女は言い切った。ハレア嬢はしばらく女を見据え、そして言った。

「前に兵が取り押さえた時は、何もありませんでしたが?」

「その時は無防備でしたから。しかし暗殺者の仲間でないかと疑われている今、何の安全策も講じずにここに留まるわけにもいきませぬので、あなた方から見れば少々怪しげな術を。」

「そもそも、女の一人旅は安全ではないでしょう。それなのに無防備だったと?」

女は溜息をつき、剣先を突きつけられた首を動かさずに、器用に肩をすくめた。

「怪しげに見えようとも世の理に則った術である以上、何らかの代償が必要になってきます。煩わしいのは好きませんので、このような形で術を使うことはあまりありません。それに何度も申し上げましたように、あそこに落ちたのは事故であり、不慮の事態でした。」

しばし、ハレア嬢は女を見つめ、そしてすっと剣先を引き、今度はこちらに向けられる。

「不審な動きをすれば、即斬る。」

その目の純粋な光が、まっすぐ俺を射抜く。が、こちとらそんなん幾度となくあった場面、軽く肩を竦めて、おどけてみせた。

「お優しいこって。」

ハレア嬢は少々眉根を寄せたが、すぐに剣先を収めた。代わりに女が身を寄せ、包帯の続きを剥ぎ取る。

「大分ましにくっついてきたな。」

「いつつっ!」

悲鳴を上げる。野郎っ、安易に傷口に触るな!

「痛み止めが切れてきてるな。」

「この野郎っ!さっきの仕返しか!」

「賑やかな患者だな。痛み止めはいらないか?」

「いるに決まってんだろ!こんな状態で拷問に耐えられると思ってんのか!」

途端、女の眉がピクリと動く。ハレア嬢は眉間に皺を寄せる。

「……素直に雇い主の名を吐く気はないと?」

「こちとら信用第一なもんで。」

再び肩を竦め、ハレア嬢を観察する。美しいお顔は能面のよう、何度もこういうことやってきてるんだろうが慣れない様子、でいて、主人の為なら躊躇いなく手を汚せる堅い覚悟が窺える。

「完治するまでは私の患者です。勝手な真似は謹んで頂けますか?」

軽く、驚く。この降ってわいた女にとって、不慮の事故とやらから巻き込まれた一連の騒動はどう考えても迷惑でしかないだろうに。

「……やはり仲間、ですか?」

怪訝そうに、ハレア嬢が俺に尋ねる。俺は軽く肩をすくめて、意味のない肯定も否定もしなかった。

「見ず知らずの人間治すのが生業ですから。」

素っ気なく答えて、手を止めることなく、持ってきた薬を傷口に塗る。

「まったく……材料も調達できないってのに……。」

薬の精製ができないということだろうか。そう言う割には、たっぷりと惜しげなく薬を塗る。

 一しきり塗り終わると、傷口を触られてからずきずきしていた痛みが、少しずつひいていった。何ともまあ、よく効く薬だ。

「……あんた、名前は?」

「ミュゼルです、キルケ・ゾールさん?」

薄く笑って、やはり肯定も否定もしない。ハレア嬢が鼻白んでいるのが見えたが、こんなところでとうの昔に捨てた本名言うはずもない。

「地獄に戻してくれてあんがとな。」

途端、女は、思い切り顔を顰めた。が、何も言わず、首を振った。

 「……今日の治療は終わりです。」

ハレア嬢が頷き、連れだって牢を出てゆく。……ガチャン、と錠が下ろされた。

 俺は再び、薄いベッドの上で目を閉じた。薬の副作用か、すぐに眠気が襲ってきた。


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