もう一人いる
これは、俺が大学二年生の頃に体験した話だ。
俺は埼玉県にある某大学の生徒だった。地元は広島で、埼玉に下宿して通っていた。大学生活は、彼女もいたし、バイトもしてて、そこそこ充実してた。友達も面白い奴ばっかりだったから、世間一般で言うリア充ってやつだったのかもしれない。…あの事件が起きるまでは。
ある日、俺は大学の同じ学科の友人達と、どこかの山へバーベキューに行こう、てことになった。勿論彼女とかみんな連れて来るわけだけど、全員の日取りが合う日がなかなか無くて、段取りやら計画を立てるやつを決めようってことになった。ジャンケンで負けた俺と、友人のAが日にちや、必要なものやらを決める係になった。
初めは、めんどくせ〜、って感じだったけど、テントとかランタンを選んだりしてる内に楽しみになってきた。(勿論費用は全員から徴収した)
それはAも同じだったみたいで、大学で会って段取りする他に、家でも電話で話すことが増えて来た。
とりあえず必要なものは全部揃えたので、メンバーに報告し、(テントやランタンはメンバーが一つずつ分担して持っていた)後は山だけだねってことになった。
その日は、本気で山ちゃんと決めようってことになって、俺とAは夜中の2時くらいから通話を始めた。「行くならいっそ富士山でどうだww」とお茶らけるA。俺も「白神山地でもいいんじゃね?wwww」と返したりして、結構な時間談笑してたと思う。
んで、結局、そこまで有名じゃないけどいい感じの川が流れてる山に決まった。そこはAの地元で、よく一般人がバーベキューをしてる、とのことだ。俺もその提案を快諾して、「おやすみ」と通話を切ろうとした。
すると、何やら小さな音か声か分からない怪音がAの方から聞こえてきた。普段なら、そんな音気に留めるはずもないのだが、この時は何故か体中が総毛立ったのを覚えている。
Aがおやすみ〜と言うのを「待て!」と遮る。まだその怪音は続いていた。背中から気持ちの悪い汗が流れる。段々とその音は大きくなっている。だが、Aは何とも無いと言うように「何だよ?」と聞き返してくる。
音はいつの間にか声に変わっていた。いや、それは初めから声だったのだ。
受話口から流れてくるそれは、誰が聴いても、お坊さんの唱えるお経だと解った。音量と低音で受話口が振動し、最早Aの声は聴き取れなくなっていた。俺は失神しそうになるのを堪えて、受話器を本体に叩きつけると、急いで布団を被り、一晩中震えた。何故か喉がヒリヒリして、そこで初めて、恐怖のあまり自分が絶叫していたのだ、と悟った。
翌日、昨日のことが嘘だったかのような晴天に迎えられ、俺は家を出た。勿論、大学に行くため、そしてAにあうだめである。昨夜のことを聞かなければ、と使命感のようなものがあった。
だが、それが実現することはなかった。大学に警察が来ていて、講師から「本日は臨時休校とします」と告げられた。理由は告げられなかった。
更に、困ったことに、Aがどこにもいない。バーベキューに行くことになっていたメンバー全員に聞いてみたが、誰も知らなかった。俺は講師にAのことについて尋ねると、驚きの答えが返ってきた。
「実は、昨夜二時頃、A君の一家が惨殺されているのを、近隣住民が見付けたんだ。警察はそう説明してくれた。まだ細かいことまでは分かっていないらしいんだが、警察の推理では、どうやら同じ学生の線が濃厚ということになっているらしいね。…まあ、これは他の講師伝いで知ったんだけどね」
俺は理解が出来なかった。二時頃? 俺は確か三時過ぎまでは通話していたはずで、しっかりとAの声も聞いている。別人ではないはずだ。どうなっているのだ。
俺は全く理解できないまま、帰宅することになった。その後、Aのことがあったので、バーベキューは中止ということになった。
それから三日後のこと。家でゴロゴロしていると、突然インターホンが鳴った。俺の家のインターホンはカメラ付きではないので、受話器から声を聞くことになる。俺は、あの日のことを思い出しながら、恐々と受話器に耳を預けた。
「○○さんのお宅ですね? 警察です。お聞きしたいことがありますので、出て来て頂けますか」
あのお経ではないことにホッと安堵しつつ、ドアを開け、警察と対面する。
「○○さんですね?」
「はい、そうですけど」
訪ねて来たのは三人の警察官だった。ぽっちゃり体型が二人と、まだ三十代の警察官だ。
「Aさんについてお聞きしたいことがあります」
警察官は先程の言葉を繰り返した。
「はぁ…」恐らく、電話の件だろうが、信じてもらえるはずがなかった。
「三日前の夜二時頃、何をしていらっしゃいましたか?」
「? え? 何を、ですか?」
予想だにしない質問に戸惑ってしまう。電話のことではないのか?
「そうです。実は、あなたにAさんの殺害容疑がかかっています。三日前の夜中三時について話して頂けますか?」
「は?! 殺害容疑? 何でですか?」
俺が一体何をしたというのだ?あの日は二人で談笑していただけだ。俺がどうやってAを殺害するのだ。
「とぼけるのはいいんですが、こちらには既に証拠が上がっています」
言うと、警察官は俺を部屋の中に押入れて、懐から二枚の写真を取り出した。
「こちらが犯行に使われた凶器。指紋が付着しています。そして、こちらがあなたの写真です」
俺は自分の目を疑った。写真は、Aの家の裏口をハンマーで叩き割る俺の姿が写っていた。無防備に、顔を晒して。