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迷子の彼女。

作者: 孤雲

 

六年も待たせた臆病者が何度も考えた言葉。

短い言葉でもきっと本番になれば頭が真っ白になるのだろう。

だけど、伝えたいのは気持ちなのだ。

言葉選びの失敗くらい彼女なら察してくれる。


―――“始まりの日”に君に伝えよう。


「今日も楽しかった」

そう言って笑う自慢の彼女。

いつもと同じ会話でも暖かくて、くすぐったい。

長続きしない性格は簡単に『好き』で上塗りされていく。

想いが重なって、重なり続けて…大事にしたいと思う。

別れた後の後ろ姿を少し未練がましく見つめた。

(女々しいかな…)

どうしていいのか分からないから、と。

彼女を思って悩んでばかりの自分に苦笑する。

ぼんやりとした月明かりの道を冷えた風に逆らって帰った。


「ハッピーバースデー!」

待ち合わせ場所で待っていた俺に差し出された袋。

そこで自分の誕生日だったことを思い出す。

去年とは対照的な大きさの袋を開けると、コートだった。

(覚えててくれたんだ…)

今度新しく買おうかな、なんて小さな呟きも聴いててくれた。

嬉しくて…暖かい。

寒いのを忘れてコートを着替える。

「どうかな?」

内心、デザインから気に入っていた。

まだ寒い時期は続く。

「うん、似合ってるよ」

なぜか顔が赤くなる彼女をきょとんと見つめて気がつく。

(あ、しまった!街のド真ん中だった…)

刺さっている周りの人の視線に慌てる。

「じゃ、じゃあ行こうか…!!」

堂々と二人の世界に入っていた恥ずかしさは抑えきれなくて、顔が熱い。

それでも「はい!」と手を握って笑ってくれる彼女が居れば何でも出来る気がした。


「今日はここで。今から用事なんだ。」

嘘ではない。

どうしてもサプライズにしたいから。

(大丈夫、平静、平静…)

気づかせないように、変にならないように自分に言い聞かせる。

「あ、そうなんだ。うん、またね…」

珍しく寂しげな雰囲気に後ろ髪をひかれながら、なるべくゆっくりと歩いた。


家でチェックしておいた店をまわっていく。

デートを切り上げてまで用意した時間はあっさりと消えていった。

『そういえばマジックリング買ったんだけど、久しぶりに填めようとしたら入らなくってさ。菜々って指の大きさいくつ?』

昨日から用意しておいたメールを送信しておく。

内容を考えるのに時間をかけたのは久しぶりだった。

割りと早く返事が返ってきて準備は整った。

候補を絞り込んで、何度も店を行き来して、やっと買えた時にはもう夜だった。

「寒っ…」

つい口から零れた。

(買えた…買ってしまった…)

バッグの中に入っているのだ。

その事実だけで緊張が募っていく。

だが同時に、自分が浮かれてしまっているのが分かる。

ゆっくり歩いていられなくて、がむしゃらに走って帰った。


記念日まで後三日。


見てしまうと渡す日まで待てない気がして、机の引き出しに仕舞ってみる。

それでも気がつくと取り出してしまっていた。

「なんて言おうか…」

待ち遠しくもあるが、俺が本番でなんて口走るのか予測がつかない。


後二日。


デート中に焦り過ぎて失敗した。

(残念ながらいつものことなんだよな…)

笑ってくれたり、心配してもらえるのは嫌ではないし、少し嬉しい。

それでも男として、せめて彼女の前ぐらいでは格好よくありたいと思う。

明日もデートだ。

「明日こそは…!」


ついに後一日。


なぜか鞄に箱が入っていた。

まだ渡す予定ではない、あの箱が。

「………。」

どうやら俺は自分で思っていた以上に我慢ができないらしい。

開けずに眺める。

まだ約束した待ち合わせの時間にはならないのだから大丈夫だろう。

(もう渡して…いや、記念日まで!明日まで待つ…!)

今日渡してしまおうとしている無意識に、負けたくない。

買った後に二日耐えた意味が無くなってしまう。

グイッと鞄に押し込んで仕舞って、彼女を待った。


「時間まだあるし、ちょっと歩こうか」

買い物も終えて別れるにはまだ早い、余った少しの時間。

持っている荷物の重さからではない疲労が溜まりつつあった。

(鞄の中に入ってるだけでこんなに意識するのか…)

明日のデートを待たずに渡してしまえ、と誘惑に負けそうになる。

そして、記念日に渡す決意をしたのだからと踏みとどまるの繰り返しだからだ。

頭の中で葛藤をし続けて、ついに思いついてしまった。


(記念日は多くてもいいことじゃないか…!)


そう思った時にはもう我慢は出来なかった。

「菜々、あのさ、」

名案を思いついたこと、悩みの原因を解決出来ることに勢いづいてそのまま言おうとした。

言葉を阻むタイミングで携帯が鳴る。

「あ…ごめん、孝くん…」

申し訳なさそうな顔。

この着信音は仕事用だと、前に教えてもらったことがひょっこりと出てくる。

「いいよ、出て?」

急用じゃないとかかってこないはずなのだ。

なんて分かっていても今はやめてほしかった。

(やっと言おうと思ったのに!!!)

「はい、もしもし…」

もやもやとした感情が湧きあがる。

それでも、電話対応する姿は久しぶりで。

(格好良いな…)

少しして、いつもの公園で、とジェスチャーが来た。

返事を返してゆっくりと公園へ向かった。


「…まだかな」

ベンチに座って、来た道の方を見つめる。

ヒールだが彼女は走ってくるのだ。

(菜々…転ばないといいけど…)

ゆっくり歩いてきたが、追いついては来なかった。

前よりも時間がかかっているのだろう。

鞄の中を覗いてから深呼吸。

「考えておかないと…」

赤く染まった空が、久しぶりに見た気がして見惚れる。

ベンチの背もたれに寄りかかってコートに体温を守られていた。


“ベンチがある公園なんて結構珍しいね!孝くん!”

“ベンチがあった方が長く話ができるから、置いた方がいいのにね…”


一番に座ったよ、なんて笑った彼女にこの場所で伝えよう。




時間は流れているはずだ。


風が服の上から冷やしていく。

君の居ない時間はこんなにも長く感じるのか。

黒い…黒い闇。

蛍光灯の電気がついているのに明るくない。

(星が…)

気づけば夜空にあちこち居た。


「まだかな…菜々…」

約束した。

言葉では言っていなくても、小さな約束。

公園は徒歩の距離でそんなにない。

『ごめん、もうすぐ着くから待ってて』

携帯の画面は彼女の言葉。

(おかしいな…時計の読み方間違えてんのかな…?)

三時間も経っているはずがない。

自分の感覚がおかしくなっているのかもしれない。

待つことくらい、しっかり出来なきゃ呆れられる。


(大丈夫、待てるよ…)

迷子なんて可愛いじゃないか。


彼女が来たら指輪を渡して―――もう伝えるんだ。

 

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