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グリッター!  作者: ちけっつ
Monochrome&Scarlet
4/45

---Strife〈闘争の始まり〉---(2)

「全くアンタが軍人だの警察官だのの制服着てるとメチャクチャ違和感あるわねー」

「ACHなACH」

 安い集合住宅の四階。俺の家で姉ちゃんは俺の姿を見て感心しているのかどう思っているのかはあーあと形容しがたい声を出している。

 その理由は今姉ちゃんも言った通り、俺が黒いジャケットとカーゴパンツ……ACHの制服を着ているからだ。

 ACHの管理局を見学した日の翌日。俺はACHになる旨を尾道さんへ伝え、そのまた翌日には気持ち悪いほど迅速にこの制服とACHの仮証明書が送られてきた。

 特に服はサイズがあまりにもピッタリ過ぎて、着心地は最高なのにちょっと寒気がしたほどだ。いつの間に採寸したんだ。

 そしてその翌日、つまり今日、俺はACHとして初めてあの管理局へと出勤する。

「だけどアンタ戦えんの?」

「さぁ? でも今日から訓練はやるぜ」

 そう言いながら俺はACH用のゴツイ機能性重視のブーツの紐を結ぶ。

「でもあそこ、苦労している人が多いらしいからさ……足手まといにだけはならないように頑張るよ」

 そう言い、俺は荷物の入ったショルダーバッグを担ぎ、玄関の扉を開け、一度振り返る。

「いってきます」

「はいはーい、いってらっしゃーい」

 そんな事を言いながら俺はドアを出て、集合住宅の廊下を歩き、エレベーターのスイッチを押して、やってきたエレベーターに乗る。

 結局あの後、猫と仲直りすることはできなかった。

 ACHになる、ということはメールで言ったのだが、それに関して返事は帰ってこなかった。

 絶交する……ということなのだろうか……そうならばやはり、寂しさがあった。

 アイツとは高校に入ったときから一年半程度の付き合いだが……やはり一番の友達といえばあいつが思い浮かぶ。

 異性ではあったが、入学した直後から気が合い、放課後などにもよく一緒に遊びに行った仲だ。

 絶交する……と事実的に突きつけられたのはやはりショックだった。

 エレベーターから降り、集合住宅のエントランスを出て、曲がりくねった裏路地を歩く。

 百年以上前、日本人全員が中流階級程度の意識を持って暮らしていた豊かな時代は今や過去のものとなっている。

 クリスタルホルダーによる経済への打撃と晶石技術による科学技術の発展。それによる極端な社会の乱れが貧富の差を大きくする大きな要因となっている。

 俺の家庭も決して経済的に潤っているとは言い難い。

 親父と母親は共働きで朝早くに出勤し、夜遅くに帰宅する。

 俺たち姉弟はそれぞれ高校、大学に行っているがそれだって公立に入れたからこそだ。

 俺はどちらにしろ、公立大学に入れる程頭が良い訳じゃないから、高校卒業とともに就職するつもりだったが、やはりACHになるといった時には両親には反対された。

 姉はどちらかといえば弟の俺に対し放任主義なので特に何も言われなかったが、やはり学校をやめるということが引っ掛かったらしい。

 だが、最後には『どちらにしろやめなければいけない』という事を説明し、俺自身が行きたいという意志を辛抱強く説明することで納得してくれた。

 これからACHとして功を成す事ができれば、ウチの家計もだいぶ楽になるだろう。

 徒歩で駅へと到着し、行き先が変わった磁気定期を自動改札に押し付け、一週間前とは逆のホームの階段を上る。

 いつもならここで猫が待っているのだが……時間帯も少し違うし、何より絶交といわれたのだ。会ったとしても何かの反応を返してくれるとは思えない。

 ACHになって今のところ最大の後悔はそれだ。本当に頭を抱えたくなる。

「縁の切れ目ってやつなのかな……」

 もしそうなら……これからあいつとはもう会わなくなるのかもしれない。

 そう考えると……少し、いや凄く寂しくなった。

 空を仰ぎ、自分の心に整理をつけようとする、が……そんなことで簡単に整理がつけば苦労はしない。

 三分も経たない内に自分が乗るべき電車がやってきて、硬いシートに腰を落ち着ける。周囲からはACHの人間が珍しいのかチラチラと目線が飛んでくるが無視する。

 それと同時に反対側のホームにも電車がやってきたらしく、車輪がレールをこする金属音と、排気を出す噴出音がだけが聞こえて来る……と思っていたのだが、もう一つ聞こえる音があった。

 すぐ後ろ……それこそ一メートルも離れていない場所から発生したガン! という打撃音だ。

 明らかに俺の後ろを意識して鳴らされたその音になんだ!? と振り返ると……

 そこに、向かいの電車の中からこちらをジト目で凝視している猫がいた……

 そしてソイツは唖然としている俺に対し目の下を指で引っ張り明らかに女の子が公衆の面前でやってはいけない表情を作った後、ベェーっと舌を出し……そして、俺の方の電車のドアが閉まり……そいつの顔は横へと流れていった。

 あまりにも唐突で予想外で、そしてアホらしい事をされて一瞬思考が追い付かなかった。が、

 数秒経って落ち着いて、さっきまでの間違った考えを俺は修正した。

 あいつとの縁が切れるわけがない。

 あんな面白いやつとの縁を切ってたまるか。

 そう……思えるようになった。


   

 

   ◇◇◇


 

「よく来てくれたね、歓迎するよ鮫君」

 俺は今、数日前来た関東地区ACH管理局の十五階にある尾道さんのオフィスに居る。

 そして今目の前にいる人はもちろん尾道さん……なのだが、数日前の軽い調子とは打って変わった重苦しい声で述べられた歓迎の声が緊張の糸を縫う。

「君がこのACHの組織図に入ってくれたことは私個人としても、組織全体の創意としても、とても喜ばしいことだ。しかも君はもう体内にある晶石の力をコントロールできるという報告をフェイルク君から受けているのだが、それは本当かね?」

 その一切の冗談や稚気の混じっていない真剣な問いかけに俺は無言で頷いた。

「ふむ……実際に見せてくれないかい?」

「……わかりました」

 そう言い、俺はフェイに見せたのと同じように腕へ晶石の力を送り込み形態を変貌させる。

 それを見、尾道さんははぁ……とため息をつく。

「通常、晶石から力を取り出す、というプロセスに普通の人間はゼロから初めて三か月はかかる。君の場合は体内にあるからなのかもしれないが、扱い始めてたった一週間で力を取り出してそこまで制御下に置けるのは大したものだ」

「そ……そうなんですか……?」

 正直、大したことをやっているという自覚はない。

 蛇に襲われている最中フェイに言われた通り血管の中から力が滲み出て、腕を覆う、というイメージを整えているだけだ。

「うむ、大したものだ、実に大したものだ、だが実戦レベルではない」

 その言葉とともに今、俺が入ってきた扉がバタン! と開かれるそして、その扉を開いた人物は俺が誰かを確認するより前に風を巻いて襲いかかってくる。

「なっ!?」

 地を這うような低姿勢で一瞬で接近しそいつは左手に持った何かを振るってくる。

 だがなんとなくだが軌道が見える。もしかしたらこの晶石の強化は単純な筋力だけでなく反射速度や思考スピードも強化してくれるのかもしれない。

 とっさに強化した右腕で振るってきたものを払いのけようと応戦する……が。

 ゴリ……という嫌な感触と、空気が破裂するような音とともに、逆に俺の腕の方が払いのけられた。

「うわッつ!?」

 払いのけられた右腕に痛みは全くないが、右手を打たれた衝撃で体が開き、体勢が崩れる。

 そして気づいた時には……襲撃者が両手に持つサーベルのような二刀剣でまるでハサミに挟まれるような形で首を挟まれていた。

「……やはり君はまだ強力な武器を持っただけの素人だ。本格的にACHになってもらうにはやはり戦士として完成してもらう必要がある、そうだねフェイ君」

「ええ、こればかりは才能だけではダメ。浅かろうが短かろうが何度も何度も繰り返し鍛錬して身に着けてもらうしかないわ」

 そう言い、襲撃者……フェイは俺の首筋に当てられた二本の剣を下げ、まるで血糊を払うようにピッピッとシャープに動かす。

「今日から貴方には私と模擬戦をやってもらうわ。実戦投入のタイミングは私がOKと言ったら。思い切りしごくから覚悟しなさい」

「ついでにその過程で晶石の実践的な使用に慣れるといい。身体適合型に教えられる人材は此処にいないから君自身が探究していってくれたまえ」

「あと模擬戦と同時並行で各晶石の特徴やクリスタルホルダーに対する知識を私が教えるわ。全部……とは言わないけどせめて実戦を行う上で必要な知識は吸収しなさい」

 その矢継早に放たれる『これからやるべきこと』の連続に俺は顔筋を引き攣らせた。


 

   ◇◇◇


 

 関東地区ACH管理局の地下に俺が戦い方を学ぶ場所はあった。

「ここは関係者以外は立ち入り禁止の場所だから以前貴方がここに来たときは見せられなかったけど、今日から実戦投入までは此処であなたは仕事をしてもらうわ」

 地下にあったその空間は非常に簡素でわかりやすかった。

 建材の薄いグレーの色の壁に青いラインがところどころ走った直方体の空間、それを俺は水族館の展示スペースのようにガラス越しに上部の廊下から見下ろしていた。

「この模擬実戦室には青属性の晶石の力が働いていて、晶石を使って派手に暴れても壊れないようになってる。今日から最低でも二週間はここで模擬戦をするわよ」

「青属性……?」

 青……というのは晶石の色のことだろうか……?

「……晶石の色に関する説明はもう今からしておいた方がいいのかもね、もっとも、黒属性である貴方に限ってはそれほど重要な話ではないのかもしれないけど」

 そう言い、フェイは廊下を数歩進み、模擬実践室を見下ろすガラスの十メートルほど横にある扉のドアノブへ手をかける。位置的に見てそこが下への道なのだろう。

「一から十まで説明していたら日が暮れるから今は多少省略するけど、晶石には様々な色があることはあなたも知っているでしょう?」

「ああ……そりゃまぁ……」

 そう言われ、俺は今まで見たことのある晶石を思い出す。

 フェイが使っていた物や俺が襲われた蛇が宿していたのは赤の晶石、俺自身が持っているのは黒の晶石、そしてこの部屋に使われている青の晶石。たしかに晶石という同じ物質にしては色がバラバラだ。

「晶石は色によって、特性が違うのよ。基本的に赤、青、緑、黄色、紫がよく採取できる色だけど、貴方の黒のようなレアリティの高い色も存在するわ」

「へぇ……黒って貴重なのか……」

「そう、そして全ての晶石には相性が存在するわ。私の赤の晶石は黄色と緑の晶石、クリスタルホルダーに対してとても有効的だけど、青や紫のクリスタルホルダーに対しては弱い、というようにね」

「ふぅん……じゃあ俺の晶石の……黒の特徴ってなんなの?」

「自分で使っていてわかっていなかったの? 自己強化。自らの身体能力を強化するのが特性よ。そして黒属性と……白属性にはほかの属性にはない優位性があるわ」

 そこで一度言葉を切り、フェイは振り返る。

「黒と白のみ、弱点と呼べる属性のない、他の色に対して完全に優位な上位色であるということ。だから尾道さんは是が非でも貴方がほしかったのよ」

「黒と……白だけ……」

 白。その単語を聞いたときとある人間の存在を思い出した。

 それこそ、今の今まで誰にも話さなかったことを逆に不思議に思うくらい、インパクトのある記憶を。

「な……なぁ! 話変わるんだけどさ、ちょっと聞いていいか?」

「……? 別にいいけど何?」

「あの蛇に襲われた日なんだけど……あの時白属性の晶石を持ってるACHって戦ってたのか!? それも身体適合型!」

 あの見たこともないような真っ白な美しい髪、あれはもしかしたら白属性の晶石を身体に宿している故のものだったのではないだろうか。

「……白属性の晶石を扱えるACHは今現在関東には存在しないわ。ましてや身体適合型なんて世界中見てもいるかどうか……」

「じゃ……じゃあ、ACHの人の中に白い髪の若い人間っているか!? 蛇に襲われた時に白い髪の人間に会ったんだ! その人が俺の胸の晶石に触って、何をしたのかわからないけど、何かしたからあの時晶石が使えたんだよ!」

 そう、そうでなければ俺もフェイもあの時死んでいただろう。

 晶石をイジる技術を持っているならあの人はACHのはずだ。せめて一度会って素性を知りたい。会話をしたい。礼を言いたい。

「……私の知る限り白い髪のACHなんて人は存在しないわね」

「……そんなバカな……」 

 じゃあ……あの人は一体誰なんだ。

 そう思い悩む俺を見て、フェイはため息をつき、階段を下りた先にある扉のノブへと手をかける。。

「そんな無駄話してないで、さっさと使い物になるように努力しなさい」

 厳しい言葉を俺にぶつけながら、彼女は青が混じった灰色の部屋の中を進み、中心から少し過ぎた所で振り返り、ホルスターから剣を引き抜き構える。

 体の側面を相手に向けるような構えではない。むしろ体と足を開き体勢を低くし、野球の守備のように前後左右どこにも機敏に動けるように考えた構えだ。 

 そして、抜いた剣の柄を光らせ、両手の剣に赤い雷火を宿らせる。 

「貴方も晶石の力を使いなさい。殺す気……とまではいかなくても、油断すると重傷を負うわよ」 

 その鋭い言葉と目つきに、急いで右手を強化し、素人ではあるが……構える。

「貴方、両手を同時に強化することはできないの?」

「あー……やってみたことはあるけど無理、何かをぶっ壊すような強化は一か所にしか無理だった。防御したり、足を強化してスピードを上げるのとかは別々の場所に同時にできたけど」

「そう、ならせいぜい……」

 そう言いフェイはぐぐ……と前傾の姿勢を更に沈み込ませ軸足に体重をかける。

「ケガしないことね!」

 その言葉と共に、フェイはさながら翼を広げた猛禽類のように俺へと切りかかってきた。

 黒い晶石によって反射神経も強化された俺は戦闘という経験がなくとも何とか見えているが、そうでなければおそらく何をされたかもわからずに切り伏せられていた程のスピードだ。

 とっさに強化した右手で応戦しようとするが、先ほどそれで弾かれたことを思い出し、攻撃的な強化から防御的な強化へシフトする。

 肩から手首までを強化し、ボクシングのガードのように右腕を折りたたんで、横薙ぎの一撃へと対応する……が、

「ぐっ……痛っつ……」

 剣が当たった瞬間、腕の強化にお構いなく、剣にまとわりついていた炎と電気は俺の腕に熱を伝え、神経を痺れさせた。

 そして、その動きが止まった一瞬で……俺に当てたのとは逆のフェイの剣の柄が一際強く光り……小さな焔の玉が切っ先へと出現する。

 その炎の玉をともした剣先をフェイは俺の胸へと当て……そして次の瞬間、あの蛇を吹っ飛ばしたときと同じ破裂音と凄まじい衝撃、熱が俺の体へと襲いかかった。

「うわっ!?」

 そのまま俺は吹っ飛び六メートルほどノーバウンドで吹っ飛んだ後……後ろ向きに転がり、すべり、倒れた。

 起き上がり様直撃した胸のあたりを触るが、無意識に力を使ったのか、黒く変色して傷一つついていない。が、衝撃全てを遮断することはできなかったのかズキズキ傷んでいる。

「まったく呆れた強度ね……黒の身体強化は……」

「呆れた強度って!! フェイ! お前もし今俺が身体強化してなかったら俺大怪我だぞ!?」 

「当り前じゃない」

 俺の抗議にフェイははぁ……とため息をつき、再び剣を構える。

「私たちの仕事に安全保障なんて言葉は存在しないわ。もう仕事は始まってる。そのことをちゃんと自覚しなさい」

 その言葉に俺は唾をのみ緊張感の糸を改めて縫う。

 あまりにもいきなりだったから自覚できていなかった。今日から俺はこの仕事に命を懸けるということを。

 それはたとえ模擬戦であったとしても例外じゃないのだろう。

「……少しはマシな表情になったわね、来なさい、次の先攻は譲ってあげる」

 俺は無言で晶石の力を引き上げ、右手に集める。

 たしかに……実戦に出る日は遠そうだ。 


   ◇◇◇


「うう……体中に鈍痛が……」

「鈍痛なだけマシよ。会心の一撃が一つでもまともに入っていたら貴方大怪我してたわよ」

 俺たちは今、地下の模擬戦闘用の部屋から出て地上へと階段を上っている最中だ。

 あの後、結局俺はフェイに攻撃をカスらせることさえできなかった。

 足を強化しての高速での突撃、右腕を強化しての爪での斬裂、この二パターンしか攻撃方法がなかったのである意味当然といえば当然なのだが。

「戦い方の方はともかく、晶石の扱い方の方は筋は悪くないわ。攻撃された時に打撃点を強化して防御するってことができていたし、最低限それができていたなら死ぬ可能性も少ないしね」

「ボコられるのが上手いって言われても何にもうれしくねえ……」

 攻撃できなきゃクリスタルホルダーは倒せないのだ。カメになって足手まといになるって言われているようなものではないか。

「とりあえず……そうね、当面は私の攻撃をかわせるようになってもらうのが目標」

「うん、そうだな……話変わるけどさ、この建物って食堂みたいなところないの?」

「……私の話ちゃんと聞いてた……?」

 失敬な、ちゃんと聞いてるよ。

「食堂が三階にあるわ。値段も味もそこそこよ、これからよく利用するかもね」

 はぁ……と心底呆れたという感じで教えてくれるフェイ、動いたあとなんだから腹くらい減るっての。

「ありがとな、フェイはこの後どうすんの?」

「今日の訓練の成果を尾道さんに報告した後帰るわ、しばらくは命の危険とは無縁だし割のいい仕事よ」

 じゃあね。と手を軽く上げ、振りながらフェイは一階のエントランスへと歩いて行った。

 俺の方はフェイに教えてもらった食堂へ行こうと再び階段を上り、三階へと向かう。

 そして、階段を上がったその先には……

「おぉ……流石、日の丸親方……」

 ちょっとしたレストランくらいの風格はありそうな清潔感のある食堂が広がっていた。

 どうやら学食などと同じテイクアウト式らしいが、食券ではなく、展示されてある食品サンプルとメニュー表でメニューを決めてから口頭で注文を店員にする形式らしい。

 数十秒メニューと食品サンプルの間で視線を迷わせながら注文するものを考え、とりあえず四百円のカツカレーにするか……と決め、調理場兼レジのような場所へと歩を進める。

「カツカレーひとつ」

「はい、ビーフカレーでございますね、少々お待ちください」

 ……ん? 今繰り返されたの注文したのと違うメニューだぞ?

「いや、カツカレーひとつ」

「はい、コロッケカレーですね、しばらくお待ちください」

 この人耳遠いのかな……なんか後ろ向きで顔よく見えねえし、くそ、もう一度だ。

「だからカツカレーひとつ!」

「はい肉じゃが定食ですね、ただ今少々込んでいるのでお時間よろしいでしょうか」

 そのあまりにもフザけた解答に少々カチンと来る。

 くそ、なんだこの店員うつむきながら接客してふざけやがって、というかなんで注文するたびに待ち時間増えてんだ、一言言ってやる。

「だからカツカレーだって言ってんだろ!?」

「……はいカツカレーですね……少々お待ちください……」

 その……顔を上げながら今までで一番陰気な声で営業トークを返したのは……俺の知っている人物だった。

「……なんでテメーがここにいる……猫……」

「……猫? 何のことでしょうか。私は単に今日からここで働くことになったアルバイトにすぎないのですが……」

 そのあまりにも陰気な声に……一瞬コイツは本当に猫なのかという疑念すら働いた。なんだその声。

「……バイト?」

「そう、バイト。頼み込んで雇ってもらったの」

 そう言い、猫はカレーライスを盛り付けるための平皿に白米を盛り付け、厨房の奥の方から渡された切り分けられたカツをその上に乗せ、カレーをかけ、俺の前にドン!! と音を立てて、置いた。

「……あのさ……猫……」 

 ACHになった事への言い訳か、今の勤務態度のことについてかどちらを言葉にしようか迷っている俺に猫はそのアーモンド型の眼の瞳孔をかっ開き。

「言っとくけどね、私がこんなことしてるからって鮫がACHになったことを許してると思ったら大間違いだよ。……お金」

 そう言い、唖然とする俺に手を差出し、つい俺が差し出した千円札をもぎ取り、お釣りをカレーのトレイの上に置き、プイッとバイトの仕事の方へと戻ってしまった。

 いろいろ聞きたいこと、聞くべきことがあるのは分かっているが、何一つ言葉にできず、俺はカレーのトレイを持ったまま、重々しく長いテーブルの端っこへと腰かけた。

 なんだろう……何から思考すればいいんだろうそれすらもわからない。

 そんな事を思いながら、持ってきたカレーに手もつけずに俺は時間感覚も忘れ、ボーッと呆けていた。

 何分経っただろうか。いきなり肩をポン、と叩かれる。

 振り向くとそこには、恰幅の良い中年女性が立っていた。

「え……っと? 誰ですか?」

「アンタ、猫ちゃんの友達かい?」

 ふと、その中年女性……というかオバちゃんの服装を見ると、白い清潔感のある調理服だった。どうやらここの厨房の店員さんらしい。

「あ、はい。そうですけど」

「ちょっと話いいかい? 猫ちゃんの事。アンタには言っとくべきだと思ってね」

 そう言うとそのオバちゃんはふーどっこらせ、と息をつきながら俺の向かいの席へと腰かける。

「びっくりしたろ、いきなり友達が自分が働くことになった職場でバイトしてるんだから」

「ええ、本当に驚きました……ってなんで俺の事?」

「そりゃアンタちょっとした有名人だもんさ。アタシはよく知らないけど、特別なACHなんだって? ここのACHの子たちの中じゃ噂になってるよ」

 そりゃそうか。普通の新人ならともかく、俺みたいなイレギュラーが入って噂にならない方がおかしい。

「そいで、話を戻すけど、猫ちゃんね、一昨日いきなりここに来たのよ。ここで働かせてください! ってね」

「え?」

 な……なぜそんなことを? アイツはACHを毛嫌いしてると思っていたのに、なぜこんなところでバイトをしようとしたんだろう。

「理由聞いてみてねこの子は熱いねぇと思ったよ、気に入っちゃってね、ついアタシの権限で雇い入れちゃったのさ。アタシこの厨房の責任者だからねぇ」

「その理由って何なんですか?」

 その俺の問いにオバちゃんはクックッと笑いながら答えた。

「友達がここで命がけで働くことになった。だけど、私はそれに賛成できない。でも友達と離れたくないし、縁を切りたくもない。だから近くにいて、友達を理解したい。だってさ」

 その言葉に、俺は目を見開いた。

「そんなこと本人に内緒で俺に言っていいんですか……?」

「まぁアタシが言いでもしない限りあの子絶対に自分からは言わないだろうしねぇ……人のことを一日二日見ただけで理解できるなんて言わないけど、あの子、頑固そうだったから」 

 まぁ確かにそうだろう……猫は自分が言いたくないことは言わないしやりたくないことは絶対にやらない。

 だから、とオバちゃんは続ける。

「おせっかいかもと思ったんだけど、こうしてアンタに言いに来たって訳、だからアンタもあんな健気な子放っとかないでちゃんと大切に……」

「本当におせっかいです、郷原さん」

 突如、オバちゃんの(郷原さんという名前らしい)背後から声が聞こえ、ゴン!! という音が響く。

 気づくと、郷原さんの背後から猫が寸胴鍋で郷原さんの顔をテーブルへと押し付けていた。

「あっはっは。バレちゃってたか」

 そんなことを気にした様子もなく、郷原さんは立ち上がり、さーて仕事仕事、とか言いながら厨房へと帰って行ってしまう。

 そして……残された気まずい空気の俺と猫。

 この状況でどういう会話をしろというのか。

「……さっきも言ったけど、許したわけじゃないから」

「うん、わかってる」

 ついさっきも言われた台詞を反復され、俺は再び、関係修復が必要なことを示される、だが、その言葉には続きがあった。

「だから、今度の日曜日、朝から夜まで私の好きな物全部おごってもらう」

「へ?」

 その突然の言葉に面食らう。

「それでとりあえずは許してあげる。でもね、だからって鮫がこの仕事をやるのにいい顔をするわけじゃないから、鮫が自分の身を危険にさらすのを許したわけじゃないから。それだけは覚えておいて」

 そう言い、猫は『私も仕事行くから』と言い、先ほどいたレジの方へと戻っていく。

 その猫の様子に……俺は思わず笑ってしまう。その理由は……安心だ。

「……ありがとな。猫」

 そう、猫に聞こえない小さな声で言う。

 俺が勝手な選択をしたのに見捨てないでくれて本当にありがとう。そんなふうに我ながら真摯に思った。




    ◇◇◇




 キュッという靴のグリップを効かせ、方向転換する。

 視線の先にフェイの飛ばした雷火が壁にぶつかり、青い晶石の力でフワッと消失するのが見て取れる。

「よそ見している暇はあるの?」

 三秒前までは十メートル程離れた場所にいたフェイが鼻が触れるほどの近距離に接近し飛ばしてきた言葉にニヤリと笑い返す。

 フェイとの模擬戦闘を始めてから一週間、ようやくまともな戦いと呼べるレベルになっていた。 

 だが、それでも未だにフェイには触れていない。

 攻撃に対しての対処が何とかできているから戦いになっているだけ。防戦ばかりうまくなっても仕方がない。

 だから俺は一週間考え、フェイに一発食らわせるのを目標に作戦を考えた。

 接近したフェイ対し俺は強化部位を足から右手へと変え、靄のような黒い光で右の掌を巨大化。牽制のために斜め下から無造作に振るい、バックステップでよけるフェイを確認し、強化部位を足へと戻し、こちらもバックステップで距離を取り仕切りなおす。

 数日経ち、フェイの使える攻撃はかなりわかるようになってきている。

 そしてその全てが俺の身体強化の防御で防げるようになっている。それでも尚、俺が防戦一方なのはひとえに戦闘技術と経験の差だ。

 だが、一週間考え俺は一つだけ、彼女に攻撃を届かせる方法を思いついている。 休む暇ももらえず、フェイが再びこちらへと向かってくる。

 接近して乱れた戦闘になったら数秒で攻撃を食らって吹っ飛ばされる羽目になる。

 どんな形であれチャンスは一瞬。集中力を切らさず視線も絶対にそらしてはいけない。

 まるで地を這うような低姿勢で体を回転させ、ステップを刻みながら、彼女が遠心力に任せ下から剣を振ってくる。確認しているフェイの攻撃の中ではかなりよけにくい攻撃だ。変則的な剣の振り方をするのでどこに当たるかが予測しにくく防御もしづらい。

 俺は後ろに下がり回避しようとするが、フェイの剣は回避では止まらない。下がる傍から炎と剣による追撃が押し寄せ、あっという間に壁を背負うことになる。だから俺は後ろには避けずほんの少しだけ足を強化し……上へと跳躍した。

 もちろん、俺はそのせいで身動きが取れない状態となる。

 剣を振り切ったフェイが、逆の剣を構えるほんの僅かな時間的余裕。

 ゼロコンマ数秒の間、構えなおした左の剣を見て俺は内心でほくそ笑んだ。

 俺の策を実行するには絶好の状況だ。

 足の強化を解除し、今から行うアクションのためにどこだろうと強化できるように心の準備を整える。

 集中力が高まり、時間が鈍化するような錯覚……いや、実際に鈍化している感覚が俺の中に生まれる。

 フェイが左の剣に雷火をまとわせ、俺へと突き出してくる。

 その剣を俺は一瞬だけ左腕を強化し受け止めその次の瞬間右手を攻撃のために強化する。

 左手を強化したのが一瞬だったためか強化していない素肌が雷火に触れ熱く鋭い痛みが左腕に走る……が無視。

 この一瞬で強化部位を切り替えるのはこの一週間の訓練の成果だ。

 未だに複数の部位に攻撃や防御の強化を同時に施すことはできないが、そのチェンジを素早く行うことはできるようになったのだ。

 強化した右腕を向ける先は俺の左腕へ当たっているフェイの左の剣だ。

 俺の右手は果たして……彼女の左の剣を弾き飛ばし、俺は無事に着地し彼女へと右手を向ける

「一週間! よーやく初めて剣をはじけたよ」

「……貴方……まさか今の……」

「上に飛べば例え自分の体勢が中途半端でもフェイはこっちを叩いてくると思ってさ。それにフェイの剣ならたとえ体勢が万全でも防御ちゃんとすれば大したダメージは受けないしな。こう言っちゃなんだけどフェイの剣の威力が防御できる程度でよかったよ」

 そう言い、俺はようやく前に進んだと続けようとした……が、フェイは俺が弾き飛ばした剣を拾い、再び両手の剣を構える。その構えが今までのものと違う。

 こちらに半身を向けそのまま体勢を低くし、両手の剣をクロスさせるように構えている。

 フェイの目を見ると明らかに怒っている。な……俺そんなに怒らせるようなこと言ったのか?

「貴方……私の剣が大したことないって言ったの?」

「へ? いや別にそんなことを言ったつもりは……ただ、防御できるって言っただけで」

「そう……なら、防御できない一撃で攻撃していいのね?」

 へ……?

 その言葉と共にフェイの二刀剣が二つともまるで脈動するような輝きを湛え始める。

 右のひときわ大きい晶石の光が右刀全体を包み込み、その光が交差させた左刀へと流れ込み、そしてその輝きが右刀を凌ぐ大きさへと成長し右刀へと戻り、さらに大きくなる。

 その繰り返しが俺が見ている間に何度も……何度も繰り返され、彼女の剣の赤い光はもはや、この青い部屋を包み込むほどに巨大になっていく。

「え!? な……何するんだよ!」

 その明らかに危険な光に俺は冷や汗をかき、後ずさる。 

 アレは規格外だ。あんなものを食らったら防御するどころか確実に消し飛ばされる。

「ま、待てよ! 模擬戦闘だろ!? そんな規模の技、使わなくたって」

「うるさい! オーバードライブ機構システム起ど(スター)……」

 その恫喝の声とともに、俺へとその巨大な暴力の矛先を向けようとする寸前……


 甲高い警告音が俺たちの耳へと届く。


 頭上に設置してあったスピーカーからその警告音とともに、焦ったような声が聞こえてくる。

『あーフェイ君。聞こえるかね? 模擬戦闘室でのオーバードライブ機構の使用は禁止されている。即刻晶石の発動をやめたまえ。繰り返す。模擬戦闘室でのオーバードライブ機構の使用は禁止されている。即刻晶石の発動をやめたまえ』

 その頭上からのスピーカーの声にフェイは正気をとりもどしたように目を見開き、自分が握っている剣の構えを解き、ピッピッと血糊を払うように……いや剣の赤い光を払うように振り、両足のホルスターへと剣をおさめ、俺の背後へある模擬戦闘室の出口へと歩いていく。

 猫といい、フェイといいなぜ怒らせたのかわからない……その理由を頭をひねって考えているとふと後ろから。

「ねぇ」

 そう……呼びかけがあった。

「は……はい……」

「ゴメン。今のは私が百パーセント悪かった」

 それだけを言い残し、彼女は模擬戦闘室のドアを開けそして一人で帰ってしまった。

 俺は自分に非がなかったということに安心し、ハァ……とため息をつく。

「……なんだったんだろ……」

 そうごち俺もフェイにならって模擬戦闘室から出るためのドアを開け、階段を上り、地下のエレベーターホールまで歩き、エレベーターのボタンを押す。

 エレベーターが四階から地下一階にゆっくりと移動するのを表示のライトを見ながら確認していると、後ろから足音が聞こえる。

 振り向くとそこには。

「やぁ、災難だったねぇ」

 朗らかに笑う尾道さんが居た。

「えっと……さっきの声って尾道さんですよね?」

「うん、そうだよ。たまに模擬戦をみせてもらっていたんだが、さっきはさすがにあわてたねぇ……模擬戦闘室であんなモン発動したら地下フロアが消し飛んでたよ」

 あっはっは、とフランクに笑っているがそんなもんを俺にぶつけようとしたのかフェイは……

「俺……なんか変なこと言ったんですかね?」

「うん? 何か怒らせるようなことでも言ったのかい?」

 その尾道さんの問いかけに、俺はさっきのフェイとのやり取り、出来事の一部始終を話す。とはいってもそこまで複雑な話ではなかったからすぐに終わった。

 フェイとの模擬戦で俺がフェイに一発当て、俺が少し生意気……といっていいほどなのかはわからないが少し出過ぎた言葉を言ったこと。その時なぜそうなったのかはわからないがフェイが怒りあのものすごい晶石の力を使おうとしたことだけだ。

「ふむ……なるほどね」

「尾道さんは分かるんですか? フェイがなんであんなに怒ったのか。俺は彼女はあんな簡単に取り乱すような人間には見えなかったんですが……」

 その俺の言葉に尾道さんはクックッと喉を鳴らすように笑う。

「それはまだ若いからだろうねぇ……私は五十年と少し生きているが人間の第一印象なんてものほどあてにならない物はないと思っているよ? ……そうだな、ちょうどいい」

 チーンという機械音とともにエレベーターが到着し、尾道さんは先に中へと入る。

「一緒に食事でもどうだい? フェイ君の事、少しなら話してあげるよ」

 その誘いに俺は少し考え頷いた。


 

 

    ◇◇◇


 

 

「さて何から話したものか……まずは彼女を語る上で彼女のお兄さんのことは避けては通れないことだろうね」

 尾道さんはきつねうどんをすすりながらそう切り出した。ちなみに俺の前におかれているのは親子丼である。

「フェイ君の両親は彼女を見てもわかるとおりヨーロッパ系だったんだが、いわゆる日本かぶれというやつでね。夫婦そろってこの国に帰化したんだ。そしてその長男……つまりフェイ君のお兄さんはACHになった。特に財政難だった、というわけではなさそうだったけど高い適性があったんだろうね。数年経ったら彼がこの関東地区のACHのトップだったよ。今でも古参のACHの中では色濃く伝説として残っている」

 その言葉には過去の栄華を懐かしむような、少し残念そうな響きが含まれていた。

「だが七年前、太平洋近海に出現した黒のアンセスター『黒麒角端こっきかくたん』によってその伝説は儚くも終わりを告げたわけだ。それでも最前線であのバケモノ相手に一歩として引かずに戦い抜いた彼の姿はそれこそ英雄と呼ぶにふさわしい物だった」

「そこまで強い人だったんですか……」

「ああ、彼に匹敵するAC……いや兵装型のACHは過去、現在、未来含めて存在しないだろうね」

 今言い換えた意味はニヤニヤしながらこっちを見ることで代弁されていた。要はその人をも超えるACHになると期待しているよというプレッシャーだ。

「そして、フェイ君はその妹として将来を嘱望されたACHだった。十三歳歳の離れた妹君がここに入るとなったときは君が来たときと同じお祭り騒ぎだったね、だが」

 そこでうどんを箸でつかみズルズルとすすり、そして尾道さんは言い放った。

「彼女は凡人だった」

「へ?」

 あのフェイが……凡人?

「初めて会ったときには彼女はノーセンス。兄と違い何の才能もなかった。兄妹なのにここまで差が出るのかと思ったくらいだよ。今でこそ血のにじむような努力を積んで上位に食い込んでいるが、晶石の力を満足に使えるようになるまで半年もかかった」

 その言葉に俺は信じられないような思いを感じた。あのフェイが……凡人?

「そんな、凡人って……じゃあさっき俺に食らわされそうになったあのデカイ晶石の力は何なんですか? あれが凡人レベルなら俺なんて……」

 あんなレベルの力を出せるまで実戦投入できないとかいわれるなら俺は何年かかるか知れたものではない。

「ああ、アレは特別さ。少し別の話になるが、彼女の剣は十年ほど前に作られた彼女の兄のための対アンセスター装備でね。『オーバードライブ機構』というシステムを内臓しているんだ」

 ここからは部外秘だよ、と付け加え尾道さんは少し硬い……いうなれば仕事の顔で言う。

「晶石を武器に搭載する場合、無駄に出力が高いと使用者の技量が追い付かず、誤作動を起こして大怪我を起こす場合がある。だから強い晶石を搭載している晶石兵装には何らかのリミッターがかけられているんだが、オーバードライブ機構はそのリミッターシステムの一つなんだ」

「え? でも俺の晶石にはリミッターなんて……」

 俺の晶石はアンセスター級、等級としては最上級のはずだ。

「君の場合は君自身がリミッターのようなものさ。生理機能として晶石の力を制限する機能が働いている、それでオーバードライブ機構なんだが、あれはメインとなる強力な晶石をほか六つの晶石が抑え込むようにして制限をかけている。だが、晶石を扱う技量が並はずれて高い人間はその六つの晶石の制限を解除し、逆にメインの晶石を加速させる方向に働かせることができるんだ」

 だが、と尾道さんは続ける。

「そのコントロールは至難を極める。並のACHでは晶石の力を暴走させてしまうのがオチだ。だからオーバードライブ機構は現在最高の技量をもつ者が所有する対アンセスター装備六つにのみに搭載されている」 

「じゃ……じゃあフェイはそんなものを?」

 今の俺の言葉には二つの意味があった。そんなシャレにならんものを俺にぶつけようとしたのか。という意味とそんな扱いの難しい物をフェイは使っているのか。という意味だ。 

「実際、今の彼女には手が余る代物なんだが……そのことについての思いが今回の事にも関連しているのかもね」

 あーなるほど……だから自分の実力が大したことないって言われてると思い、怒ったと。

「それに、内心君に嫉妬しているのかもね。自分は死ぬほど苦労して実力を身に着けたのに君は彼女がほしい物をアッという間に身に着けた天才だ。そのことに対してまぁいい感情を抱いてはいないだろうねぇ……」

「天才天才って言われてますけど俺そんなにすごいことなんてしてませんよ?」

 その俺の言葉に尾道さんは一瞬ポカンとし……はぁぁぁと長い溜息をつく。

「あのねぇ、ついこの前まで晶石に触れたこともないような子が、今はフェイ君に一撃当てられるってだけでも十分驚異的といっていい成長率なんだよ。自信を持ちなさい」

 そう言いうどんのつゆを飲み干し、トレーを持とうとしたところでふと気づいたように俺へと向き直る。

「ああそうそう、今日でフェイ君との模擬戦訓練は終了だ。フェイ君に一発当てられるなら十分さ。具体的な行動はフェイ君とチームを組んでもらうから彼女に聞いてくれ」

「え! もう実戦ですか?」

 というかフェイとチーム組ませるのかよ! 今日のもめごとの後で!

「あはは、まぁそんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。フェイ君は部下を率いて統率するってスキルに欠けているからね。実力が高くなってもそこを改善しないと出世は見込めない。君なら付き合いもあるしちょうどいいだろう? 少し難しい子だけど気を使ってやってくれ」

 その尾道さんの言葉に……はぁ……と先ほどの尾道さんのようにため息をついてしまう。

「わかりましたよ……でもいきなりクリスタルホルダーの群れの中に放り込むような真似は勘弁してくださいよ?」

「……君が僕をどう思っているのか知らないが、そんなことしないよ……しばらくは此処を拠点に沿岸での危険度低めのクリスタルホルダーの迎撃、及びACHの関連施設への警護をしてもらう。声を大きくしては言えないが、いろいろな意味で君はほかの新人のように扱えないからね。金の卵をドブに捨てるようなまねはできないよ」

 その言葉を言う尾道さんにはいつもの飄々とした笑顔はなかった。

「だが、早めに使い物になってほしいのは事実だよ。ACHを育成する過程において、一番問題となるのはメンタル面の構築だ。晶石の扱いにおいて才能を示した子もそこでつまずいたり、挫折する子は多いんだ。こちらとしてはデリケートな調整で一苦労なのさ」

 そんなこと本人に言ってもいいのかよ、と僅かに頬が引き攣る。

「ま、とにかくここからはより責任意識を持ってやっていってくれ。めったにないこととはいえ、ACH関連施設への襲撃、なんてのも前例がないことじゃない。日本の質のいい晶石兵装を狙ってテロ組織が襲撃をかけたりすることもあるのさ」

「ちょ……それって結構危険度高いんじゃ!?」

「あっはっは、大丈夫だよ。君なんかマシンガン打ち込んでも倒れないようにできてるんだし、銃をものともせずに近づいて、ブチのめせばいいだけの話じゃないか。事実テロ組織の襲撃で死んだACHなんて一人もいないよ」

 何そのぞんざいな扱い!? 大切に育てていこうとかいうニュアンスの事、さっき言ってなかった!?

 じゃあまた明日詳細は伝えるよー、と言い、尾道さんはトレーを持って食堂を出て行ってしまった。

 とにかく明日からは『実戦』に出るということらしい。

 俺は手を目の前に寄せ、握り、開く。

 ACHになる前、フェイが言っていたことが脳裏へとよみがえる。

『金を求めて生き物を殺す行為を汚いと罵るなら間違いなくACHは汚い仕事。でもね、私たちはそれに命をかけているわ』

 つまり、これから命のやり取りを行う場所へと身を投じる、命を奪う立場になるということだ。

 世間的にはただのスケールの大きい害獣駆除でも、俺にとって簡単に割り切れるものなのかどうか、それは体感してみないとわからない、予想がつかない。

 だからといって、それを先延ばしにする。という選択肢は俺にはなかった。

「覚悟、ってこういう気持ちなのかな……」

 俺は単なる十六のガキだ。まともな覚悟をした経験なんて、あるわけがない。

 だが、俺はこれからそれを体感するのだろう。

 目の前にあるすっかり冷めた親子丼に箸をつける。

 どんなことになるにしろ、自分で選んだ道だ。

 後悔だけはしない。そう心に刻みつけた。


 

    ◇◇◇ 第二章 ---Strife〈闘争の始まり〉--- ◇◇◇ ------------end-------------





 自分の部屋のベッドへ倒れこみ、私は、最低だ……と嫌悪感に苛まれた。

 何が最低って……何もかもが最低だ。

 たった一週間特訓をしただけで私に攻撃を当てるようなアイツの才能も。

 それを大したことだと思っていないアイツの言動も。

 そんなアイツの行動にやすやすと浅い底を見せ、怒り狂った自分も、何もかもが最低だ。

 正直、尾道さんが止めていなかったらあのまま自分には扱えない力を振り回し、自分もアイツにも大けがを負わせて居た所だろう。

 見つかったのが尾道さんでなければACHの資格が取り上げられるくらいの行いだった。

 だけど……だけど、それでも我慢できなかった。人類にとってはとてつもなくプラスなことでも、私個人の感情において、竜ヶ崎鮫という存在は泣きたいくらい屈辱的で、うらやましい存在だ。

 何なんだ。一週間で晶石の力を扱えるって。半年かかった私は何なんだ。

 ロクに戦いという行為に触れてこなかったくせに少し訓練しただけで私に一撃届かせるってそんなの滅茶苦茶だ。


 いや。


 わかっている。本当はわかっている。それが才能という物なのだ。

 兄がそれを持っていた。歳が離れて、忙しい両親の代わりに私の面倒を見てくれた兄は才能という言葉の塊だった。

 だから、私にもそれがあると思った。私には才能があるのだからと兄の形見の剣を使い、徐々に使いこなせるようにもなった。

 だが、兄とは比べるのも愚かしい。稚拙な力であることは誰よりも私がよくわかっていた。

 故にあの赤い蛇が現れたとき、わざわざ兄の形見の剣に複雑なチューンナップを施し、黒のアンセスター晶石へと適合しようとしたのだ。

 力がないなら別の可能性を追い求めればいい。私にはまだ可能性がある。道が残されている。そう自分に言い訳し、突き進んだ結果が……あれだ。

 普段の実力の半分も出せずに私はあの蛇に追い詰められた。

 そして、私にない才能という言葉の意味を今更まざまざと思い知らされた。

「死んじゃえば……よかった……」

 そうだ、あの時死んでしまえばよかった。竜ヶ崎 鮫は黒のアンセスターなど扱えずに私と一緒に蛇に食われるのだ。

 そしてその後ほかのACHがあの蛇を討伐し、胃袋から私と竜ヶ崎鮫の死体が発見される。そんな結末があの事件にはお似合いだったのだ。

 ……ほんの少し時間がたち、自分の思考をなぞってみて、私はさらに深い自己嫌悪に陥った。

「明日から……実戦に戻るのか」

 尾道さんから人事に関してのメールは帰る途中に携帯に届いていた。

 そこに竜ヶ崎 鮫を率いて仕事を行うことも記されていた。 

 ……正直、もう関わり合いになりたくなかった。

 関われば関わるほど自分の矮小さ、弱さを突きつけられるような気がして……怖いのだ。

 だが、上司の決定を覆すような権利、私が持っているわけがない。

「……憂鬱ね……」

 意味がないとは分かっていてもそうこぼしてしまうのは仕方がないと思った。


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