行間 宝生 阜羊
◇◇◇side change◇◇◇
混乱する意識の中。私は『彼』の背中を見ていた。
へたり込んでちぎれた指から血を流し、神経を伝う痛みすらも忘れ、ただ、ただその鮮烈な姿を見ていた。
私だって、ACHとなって長い。 才気あふれるACH、と形容された人だって何人も見たし、鋼哉さんという理想を間近で見て練を積んできたACHだ。
だが、アレはなんだ。
アレが晶石を手にして半年もたっていない素人に毛が生えた程度のACH?
馬鹿な。ありえない。
アレは化け物だ。ただ身体の動かし方がまだわかっていないだけの只々膨大な力を持った何かだ。
少なくとも私はアレを自分と同じ人間だとは到底思えない。
血まみれの身体を躍動させ、当たり前のように進化しクリスタルホルダーを殺す者。
才能と呼ぶにはあまりにもむき出しで、野蛮で、シンプルすぎるその在り様を私は形容する言葉を持たなかった。
言語に絶する。とはまさにこのことだ。
今までの私の努力を一笑に付し、後ろにいたと思ったら一瞬で追い抜かれたその姿には嫉妬することすら馬鹿らしい。
右手の痛み以上に、私の中で何かが崩壊していく感覚が確かにあった。
自らの血と敵の臓物に塗れたその背を見、私は見えないその表情を予想する。
能面のような無表情か、烈火のような怒りか、それとも今の光景を創りだす人物にふさわしい私には想像もできない表情なのか。
そして、彼は振り返りその顔をこちらへと向けた。
その表情は……その表情は……
「宝生さん!」
まっすぐ、私へと視線を向けていたその表情が意味するものは焦燥、困惑、自分への無力感。
それは何のことはない、私が抱いていたものと全く同じものだった。
不思議だった。あれほどの力を持っていながら、なぜ自分と全く同じ感傷を抱けるのか。
私へと駆けより、右手の傷口を診て顔を青くし、携帯を取り出してしどろもどろに連絡を取るその姿に私はああ、そうか、と得心する。
先ほど自分が言ったではないか。どれ程力を得ても、彼が彼自身である証左まで失われるわけではない。と。
つまりこれは今この反応こそが竜ヶ崎 鮫の本質だということだ。
此処にいる誰もと変わらず人間らしい心を持ち、私に対し労りの気持ちを持ってくれているという事だ。
そしてだからこそ、先ほどの私の言葉の間違いを私自身が身に染みてわかってしまう。
確かに。私が言った通り彼の事をACHとなる前から知っていて、ACHに何のかかわりもない人間なら私の意見は正しいのだろう。
だが、ほんの少しでも晶石にかかわり情熱を傾けた人間ならば彼との間にまともな人間関係など結べるはずがない。
なぜなら隔絶しているからだ。
例えるならば眼が見えない人間と見える人間が同じスポーツをプレイするような圧倒的な不平等さ。
そんな圧倒的なアドバンテージを得た人間を一体誰が真面目に仲間と認めるというのか。
それこそ才能で並ぶ鋼哉さんのような一線を画したACHか彼の才能を知って尚真面目に追いかけようという大馬鹿者しか彼の横には立てないだろう。
ふと、私は思い出す。
『彼の才能を知って尚真面目に追いかけようという大馬鹿者』の事を
一度、彼女と話をしたいな。とほんの少し思った。
少なくとも
この島を去る前に。