---New Stage〈新天地〉---(5)
「うっはうっは♪ これ何円くらいになるかなぁ♪」
「リアルにうはうはなんて言ってる人初めて見ましたよ……」
そう言いながら俺たちは戦闘を終え回収した晶石を山と積み、地べたに尻をつけて缶ジュースを煽っていた。
「いやーやっぱこういうボーナスがあるから榎国島勤務はやめらんないよー」
「……えらくお金が好きなんですね……」
「嫌いな人なんていないでしょー。榎国島に来てる人でさ」
そう言いながら宝生さんは晶石の山の中から一つビー玉程の蒼い晶石を取出し、太陽にかざす。
「ACHは金が必要な若者が多い、って話は知ってる?」
「前に尾道さん……俺の上司から少しは聞いたことありますね」
「そっか、じゃあ私が今から言いたいこともわかるかな?」
「宝生さんもそうなんですか?」
「うん。親が残した借金六百万。小っちゃいころから貧乏には悩まされましたよ……」
やれやれとでも言いたげに宝生さんは肩をすくめる。
「ま、私なんか全然マシな方なんだけどね。尾道さんからも聞いたでしょ? ACHっていうのはマグロ漁船みたいなものだって。借金を返すにはここしかなくて、クリスタルホルダーにビクビクしながら戦ってるような子もいるし、個々の収入があっても生活が回らなくていつも奈落の底にいるような表情の子だっている。それに比べりゃ私は幸せ者だよん。才能があるって認められて師匠に直々に指導してもらってんだからさ」
「鋼哉さんですか……」
「うん。あの人こそACHの完成形だよ。最強と言われるのもうなずける」
「俺は……尾道さんにあの人を目指せって言われました」
「へぇ、じゃあ君も最強になれるACHって訳だ」
そう言い、俺を見る目には驚きとわずかな羨望が浮かんでいた。
「ACHってのはね、一定レベルまでならある程度誰でも到達できる。でもね、そこから先に行ける人間っていうのはハッキリ決まってる。そしてその中での序列は生まれ持った才能と今までしてきた努力。上にたてるのは天命を授かった人だけっていう厳しい世界なのさ」
「………………」
「せっかく神様にもらった才能なんだからさ、腐らせずに輝かせなよ。ましてや黒の祖の晶石なんて欲しがって手に入るようなものじゃないんだよ? 自分のためでも他人のためでもいい。腐らせておくのはもったいないよ。それに竜ヶ崎君だってわざわざACHになったんだからさ、理由とかあるんじゃないの?」
「理由……ですか」
理由というならいくらでも理由はある。
偶然こんな体になってしまったこと、家がそこまで裕福ではないため稼ぎを入れたかったこと。だがやはり一番の理由は。
「俺のきっかけはフェイがカッコイイと思ったからなんですよね。実をいうと」
「へ?」
そう、やはり一番の理由はコレだろう。
「初めて会った時がクリスタルホルダーに襲われてる真っ最中だったんですけど。その時堂々とクリスタルホルダーに立ち向かってる姿がカッコイイっておもって、俺もそうなりたいって思ったのが理由なんです。もう一つ言うならこの身体になったせいで学校もやめなくちゃいけなくなって、それも理由ですね」
「学校も辞めさせられたんだ……」
そう言い、宝生さんは缶を口に運び、一息つく。
その顔には先ほどまでの快活さとは裏腹のどこか憂いを含んだ表情が浮かべられていた。
「私さ、妹がいるんだ。十五歳。で、今ACHになるんだって訓練と勉強頑張ってる」
「え?」
「高校にいかせてやりたかったんだけどねー。バカだから公立校落ちてさ、私立なんて行けるわけもなし、そのまま私の紹介でACH訓練候補生になっちゃった。もっとも晶石扱う才能の方は私よりも上っぽいからうれしかったり悲しかったりなんだけどね……」
「……」
「そう言う事情があるからなんていうのかな……そういうの気になっちゃうわけよ。もちろん話してくれても何ができるって訳でもないけどさ……。不愉快かな?」
「いや、全然大丈夫です。っていうか聞いてもらってもいいんですか?」
その返答にドンと来いと笑ってくれる宝生さん。それならばと思い、俺は無意識に形無く溜めていた何かを言葉として吐き出していった。
「正直未練はありました。辞めさせられるってのが確定した時に惜しんでくれる友達もいましたし、ACHになるってことにかたくなに反対もされました。それに俺自身身体の変調に戸惑っていた時期でもありましたし……正直ベストな別れ方ができたのかって考えると自信はないです」
「……もしかして、ACHになったこと後悔してるのかな?」
「いや、なったこと自体には後悔はないんです。ただ……」
「ただ?」
「……俺自身が変わってしまったから、元の友達との関係まで変わっちまったんじゃないかって思うのが怖くて」
そう、俺自身自分の身体や心の変化に戸惑うことが多い。
それは戦いへの向き合い方だったり、自分の身体を取り巻く常識だったり、立場に関するものだったりと多岐にわたる。
そんな中でお前など竜ヶ崎 鮫ではないと誰かの中で否定される。それが怖いのだ。
「……そんなこと大丈夫だと思うけどなぁ」
そう言いながら宝生さんは缶ジュースを飲みほし、コトリと地面に缶を置く。
「キミさ。その缶ジュースなんで買ったの?」
「へ?」
いきなり投げかけられた意味不明な質問に俺は目を白黒させる。
「なんで……って好きだからですけど」
俺が買ったジュースは別に珍しい銘柄でもなんでもない。極々一般的でメジャーな商品だ。
「そ、君は好きだからその缶ジュースを買った。別にACHになる前と今で食べ物の好みまで変わったわけじゃない。他の事にしたってそうだよ。好きな音楽、好きなゲーム、好きな異性。そう言う君を君たらしめているものまで変えられるモノなんてどこにもないよ」
そう言い、ポンポンと宝生さんは俺の肩を叩く。
「ま、あんまりクヨクヨと考えなさんな! 榎国島での勤務がひと段落ついたら元の学校の子でも誘って遊びにでも行きなよ。全くつながりが無くなったってわけじゃないんでしょ?」
「え、そりゃまぁ……」
「あんまり深く考えすぎだって! なんならACHになって身に着けた軽業の一つや二つでも披露してあげなよ。あんまり変わったことで悪くなることばっかり考えずに、ポジティブに考えていった方がいいよ」
そう言い、彼女はこちらに手を差し出す。
「少なくとも私は君の変化が悪いことだとは思わないよ」
「宝生さん」
「だってキミが入ってくれたおかげでこれからもいっぱい稼げそうだし♪」
「宝生さん……」
台無しだった。いろいろと。
それでも、胸の中にあったわだかまりが話すことで解けたような快感があった。
出された手に右手を上げ答えようとし、そしてそれがかなうことはなかった。
握手を返す前に宝生さんの右手が消し飛んだからだ。