---New Stage〈新天地〉---(4)
「とゆーわけで彼が今回入ってきた期待の新人! 竜ヶ崎鮫君です!」
「ど、ども」
部屋から連れ出され、俺が連れてこられたのは蒼空の下食事をする5,6人の男女の集まりだった。
島の中心にあるタワーの側にある広場のようなところで、それぞれが缶詰やカップ麺などを広げて談笑をしているところに宝生さんが『紹介したい人がいまーす!』と会話に入って行ったのである。
平均をとると二十歳ほどのその集団の目は先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わり値踏みの感情を持って自分へと向けられている。
「えっと……君、身体適合の能力者ってのは本当なのかな」
一人、二二歳ほどの男性のACHがおずおずと自分に言葉を投げかけてくる。
「良かったら力を見せてもらってもいいかな? 俺達、身体適合のACHに会うのは初めてなんだ」
「あ、はい、よろこんで!」
一応業務以外での力の使用は禁止されているのだが、ちょっと体を変化させるくらいならば大丈夫だろう。
心臓の晶石から血管を通して力を流すイメージを形作り、右手をほんの少し変化させる。
右腕部に黒いラインが走り、甲殻のように硬質化した腕が具現化する。爪も鋭くなっているが、この程度なら普通の刃物程度だろう。
「うわ……本当に身体そのものが変化するんだ……」
「痛みとかないの?」
俺の身体の変化に見ていた先輩方は驚きの表情を浮かべ、近くで見ようと俺の周りへと集まってくる。
少々こそばゆいが、まぁ普通ではないことは確かなので仕方ないかと納得する。
「違和感とかは全然ないですね、晶石心臓に埋め込まれた最初は心臓が痛かったりもしましたけど、今はそう言う事もありませんし」
「ああ、フェイルクが使ってた晶石にたまたま適合したんだって?」
「あ、その話聞いたことあります! 凄い偶然ですよね」
そんなふうに俺が入ってきたことによる硬さも抜け、俺と宝生さんが来る前の和やかな雰囲気を取り戻した時、唐突に少し離れた場所にあるスピーカーから耳につく音声が流れ始める。
『南部第3ブロックにおいて、クリスタルホルダーが確認されました。至急近辺にいるACHは各位置についてください、繰り返します……』
そのアナウンスに先ほどまで緩んでいた周囲の人間の表情に芯が入った。
「おっと仕事だ、アナウンスされるってことは大物かな?」
「大物?」
「うん、小物ならそこにいる人たちで対処できることがほとんどだし、アナウンスされるっていうのは大物か数が多いかのどっちかなんだよ。」
なるほど
「さってと、着たばかりの竜ヶ崎君には持ち場もないだろうし、遊撃でもしてもらおうかな! さっきの鋼哉さんとの訓練じゃ結構スピードある能力みたいだし」
そう言いながら折りたたんだ状態のブーメランを懐から取出し、宝生さんはニヤリと笑い走り出す。
「今は鋼哉さんがお休み中だからね、いつもは三割くらいは鋼哉さんが岸につく前に仕留めちゃうし、マザー級みたいな本当に強い手におえない奴も鋼哉さん担当だからさ、儲け時だよん」
「え、前衛とか一人もいないんですか?」
走り出した宝生さんについていきながら彼女が言った言葉に返事を返す。
鋼哉さんは確かに最強と呼ばれるにふさわしいACHなのだろう。だが、あの人の武器は狙撃銃と拳銃、つまり遠距離攻撃武器だ。
いくらなんでも行動を押さえる前衛が一人もいない、というのはないだろう。
「いないことはないんだけど、あんまり必要ないんだよね。99%までは一撃で終わっちゃうし。それにさっき鋼哉さんと模擬戦したときも見たでしょ? 君の力を無理やり解除したあの力」
そう言えば。
先ほど鋼哉さんの下へと肉薄したとき、鋼哉さんの手が俺の身体に当たった瞬間俺の身体強化が解除されたことを思い出す。
アレはいったい何だったんだろう?
「晶石の使い方はいくつかある。武器に宿す兵装型、君みたいな身体に宿す身体適合型、そしてもう一つ、純粋使用型ってのがあるんだ」
「純粋……使用?」
「うん。黎明期のACHは皆その方法で戦ってた、そこから強く身体適合できるACHと兵装化するACHが現れていったんだ。特徴は晶石の純粋な性質を引き出せること。そいで『相殺』を起こせること」
「相殺……つまり互いに打ち消し合う、ってことですか?」
「うん。アレはさ、晶石から純粋にエネルギーを取出して相手の晶石のエネルギーとぶつけて対消滅させたんだよ。もっとも、相手よりデカいエネルギーをほぼゼロ距離で打ち込まなくちゃいけないから超高等技術なんだけどね」
「へぇ……もしかしてあのどでかい銃を振り回してたのも……」
「そ、青の特性『超効率伝導』で摩擦率とかを操作してたの。持ち上げるならともかく方向変えるだけなら引きずっても何とかなるしね」
「……純粋使用か……」
試しに走りながら手に晶石のエネルギーを集め、先ほど鋼哉さんがやったように晶石の色へと光らせようと試みる、が。
「あ」
「あはは、さすがに一回でできる程簡単じゃないよー」
手はいつものように鋭利な爪を備えたモノに変わっただけだった。
「例えるなら電気製品についてる電源を電気製品動かすのに使わず純粋に放電させろ、って言ってるようなもんだから。慣れと理論的な理解がどうしても必要なんだよ」
「なるほど……?」
宝生さんのよくわからないたとえに頭の中に疑問符が浮かぶが、今まさにクリスタルホルダーとの戦いに赴く最中だということを思い出し、頭の中のスイッチを切り替える。
打ちっぱなしのコンクリでできた地面をリズミカルに走って行った先には晶石の色とりどりな光が渦巻いている。
恐らく複数のクリスタルホルダーと戦闘を行っているのだろう。混戦状態だ。
「わお! 派手にやってるなぁ!」
「こういう混戦状態の時ってどういう風に斬りこんでいくべきなんですかね?」
「うーん、基本的にはあそこらへんの手薄になってるところをカバーする感じかな。私はどちらかというと中距離で支援するタイプだし、前衛頼める? 危険そうだったらフォロー来るだろうし」
了解です。と返し脚部を強化。宝生さんが指さした咆哮へと向かって矢のように突っ込んでいく。
ひた走る先を見つめ、殲滅すべきクリスタルホルダーの姿を見……ギョッとした。
全身が紫がかった半透明のゼリー状の物質に覆われている全高5メートルほどの何とも名状しがたい生物だったのだ。
透過している表皮からは中の内臓の様子が実に鮮明に見て取れ、そのさまは実にグロデスクだ。
そう言えば昔テレビで見たドキュメンタリー番組でああいう生物を見た覚えがある。クリオネだ。
そのテレビ番組では海の天使とかなんとか言っていたが、あんなグロデスクな天使がいてたまるか、と思う。
小さかったら可愛いという感想も抱くのかも知れないが、紫がかった半透明の触手や外部から内臓が丸見えの巨大生物には気持ち悪いという感慨しか抱きようがない。
少々鳥肌を覚えながら全身の強化を解き、攻撃、防御、回避全ての行動へと迅速へつなげられるようにクリスタルホルダーの方を見る。
『まずは安全を確保し、相手を観察すること』
明らかに一撃で倒せないクリスタルホルダーに対する最初の一手は情報収集だ。
晶石の力の戦いにおいては予想外の事態が当たり前に起こる。
それに対処するには経験を積むか、ある程度相手を観察し情報を集めるの定石である。
動きが止まった俺に対し、飛んできたのは紫がかった触手だ。
だが、単純な物理攻撃なら今の俺は銃弾に後出しで反応しても回避、防御できる。
50センチの余裕を置き、身体をスライドさせ触手を回避。体勢を崩さず、攻撃してきた触手に右手で斬りつけ……
そこまで考えた時、俺の身体は意識外から来た攻撃によって吹き飛ばされていた。
「……!?」
防御強化、いや遅い。強化するべきは平衡感覚だ。
空中で三半規管を強化し、空中で姿勢を制御。猫のように体勢を立て直した後右半身に受けたダメージを確認する。
確実に避けたはずの一撃だった。晶石の光もそこまで強い物はなかったのに、いったい何をされたのだろう?
「あーらら、っと早速一撃もらっちゃった?」
いぶかしんでいる俺の横に宝生さんが走ってくる。
「……確実に避けたはずなのに何故か喰らっちゃったんですよね……ゲームの理不尽判定みたいな感じで」
「紫の相手はそう言う事よくあるよー、紙一重でよけようと思っちゃだめさ」
そう言いながら宝生さんはブーメランを振りかぶり野球のピッチャーのように大きなモーションでクリオネへと投げつける。
蒼い光を纏い、クリオネの頭部(と言っていいのかは定かではないが)に直進していくブーメランだったが……
ぶつかったと思った瞬間にバチン! という破裂したような音と共に弾き返されてしまう。
「なるほどねー、ありゃ斥力かな? 紫の特性は引斥力支配だから、竜ヶ崎君を引っ張り寄せたか、周り全部をはじいたかだとは思ってたけど、後者だったか」
「つまり触れたら問答無用ではじかれるってことですか?」
全身に常にそんな防壁を張っているとしたらどう攻撃したらいいんだ?
その疑問を顔から読み取ったのだろう。宝生さんは弾かれたブーメランを回収しながら
「大丈夫大丈夫! ああいうのはね、力づくで突破すりゃ大抵何とかなるんだよ、ちょいと力を込めりゃ私のブーメランでも突破できるしね。ってわけでちょいと前に出て時間稼いでくれない? 20秒でいいからさ」
「……わかりました。」
時間稼ぎ、つまり自分にのみ注意が向くようにすればいいという事か。
少し危険だが、防御力がほぼゼロの宝生さんに攻撃を向けるわけにはいかない。むしろ頑丈すぎる身体を持っているのだからそう言う面で役に立たねばなるまい。
脚部を強化し、サイドステップで宝生さんから距離をとり、クリオネを睨みつける。
先ほどの感覚からして斥力とやらの威力は単体では強くはない。距離的な安全マージンを取ったとしても150センチの間隔を開ければ影響なくかわせるだろう。楽勝だ。
先ほどと同じく。振り回されてきた触手をキッチリとかわし、跳躍。
いくら宝生さんが決めるとはいえ、一撃も加えないというのは少し腹に据えかねる。
「こっちで攻撃するのは初めてかもなっと」
空中で強化部位を変更しながら回転。強化したのは右足の踵あたりだ。
そしてそのまま回転の勢いを利用し、かかと落としをクリオネの頭部へと叩き込む。
ブニュ……という軟質な手ごたえのあと、先ほどと同じ衝撃を感じ、身体ごと弾き返される。
ダメージは自分も敵もほとんど負っていないが、注意を向けるという目的ならばこれで十分だ。
振り回してくる触手を避けながら後退し、余計な追撃を食らわないように注意する。
一息つき宝生さんの方の方に視線を飛ばすと、ニヤリと笑いブーメランを高く掲げている。どうやら『溜め』は終わったらしい。
先ほどと同じ大きく振りかぶって投げられたブーメランは煌々と蒼く輝き、クリスタルホルダーへと一直線に飛来。
クリオネの頭部へと突き刺さり、内部にもぐりこんだ直後、内部から蒼い晶石光と共に爆発を起こした。
「な!?」
「はっはー! 汚い花火だぜぇ!」
何が起こったのかと目を凝らし、確認した事象を見て、なるほどと思う。
ブーメランについている晶石から出た光がブーメランそのものの形をとり、直径4メートルほどの巨大な刃へと姿を変えていたのだ。
晶石の力で攻撃範囲と威力を増強する兵装、ということなのだろう。たしかにあの直系のブーメランを敵がウジャウジャいる場所に突っ込ませれば銃よりも効率的にダメージを与えられるのかもしれない。
弧を描き、光も収まって戻ってきたブーメランを華麗にキャッチし、こちらへと手を振ってくる宝生さん。
「さーてと! 晶石の回収に関しては戦闘全部終わってからだからどんどん行ってみようか!」
「りょーかいっす」
そう返し、戦場全体を見渡す。残ったクリスタルホルダーは未だ三十体程いる。
これは稼ぎがいがあるなぁと皮肉った思考を浮かべながら内心ため息をつき、俺は次なるターゲットの下へと走って行った。