---New Stage〈新天地〉---(3)
「うう、入った時フェイにも同じような事されました……」
「ACHの育成なんて実戦か同僚と死なない実戦を繰り返すだけだからな、日本のACHは皆先達にしごかれてきたんだよ」
ACHはもうかる仕事だから志望者は多いと聞くが、訓練の時点で半分くらいは投げ出すのではないだろうか。
今俺は鋼哉さんと一緒に榎国島の生活の上で扱う施設を教えてもらっている。が、そんなことこの島で一番必要とされる鋼哉さんがしなくても、と言うと「少し他にも話がある」とだけ言われたからそれだけではないらしい。
「ここが食堂だ。メニューは日替わりで自動的に出される。追加で金払えばメニューにあるものは作ってくれるけどな」
そう言い、大きめのドアを開けるとそこには本土のACH待機所にもあるような食堂があった。
「ま、話するならここが一番か。座れ」
そう言い、鋼哉さんは部屋の隅のあまり目立たない場所へと座る。
それに倣い、俺も鋼哉さんの対面へとおずおず、という感じで座る。
「お前に話したいことはいくつかあるが、まず話すべきなのはお前の育成についてだろう。ちなみにこの話は他言無用だ。強制はできないがな」
「は、はぁ……」
他言無用? 会ったばかりの俺に何を話すというのだろう。
「単刀直入に言おう。俺はお前がACHになるということに肯定的ではない」
「…………」
まっすぐに俺を見つめる鋼哉さんの目には、これは決して冗談や軽い気持ちで言っているのではないという気持ちが込められていた。
「勘違いしないでほしいのは別に竜ヶ崎の人間性や素行を憂慮して否定的だってわけじゃない。俺が懸念しているのは一つ。黒のアンセスター晶石。この一点だ」
「……どうして、俺がACHになるって事にそれが関連しているんですか?」
「簡単だ。俺は七年前。フェイの兄と一緒に黒のアンセスター『黒麒角端』の討伐に参加したACHの一人だからだ」
そこで鋼哉さんは目線を僅かに逸らす。
「俺は後輩を育てるときは必ず与える力に対して責任を負う覚悟を持っている。何かを教えるときは必ず悪用しないと誓わせ、それを破るときには力づくでも止めるという覚悟をな。だがお前に対しては……必ずしもそれができるという保証がない」
「……俺の力なんて大したもんじゃないですよ。天才なんて呼ばれてますけど」
「ああ、まぁ格闘とか戦闘技能とか心構えとかそう言う才能はないんじゃね? 晶石の力を引き出すっつー一点に限っちゃ超のつく天才だとは思うけど」
……なんか馬鹿も一芸と言われている気がしてならない。
「まぁだから戦闘技能に関しては俺をあんまり頼ってくれるな。ってことだ。尾道さんには育てろって言われてるから大きい声じゃ言えねーけどな」
なるほど。だから他言無用ということだったのか。
「次に言いたいのは宝生の事だ」
「宝生さん?」
さっき一緒にボコられただけの仲なのだが……俺に何の話だろう。
「宝生の奴、君を自分たちのチームに勧誘しようとしてるらしい。別に止めやしねーけどアイツは金銭的にかなりガメついから気をつけろってだけの忠告だ」
「へぇパッと見そうは見えませんけど」
「第一印象よくしようとか言ってたからな……まぁACHは金銭的に困ってるやつが多い。あいつもその一人だ。よく事情聞いてそれでも危険承知で協力したいってんなら好きにすればいい」
「俺、ただのニュービーなんすけど……」
「……言いたかねえけど世の中にはなぁ……教えられもせず、勝手に育っていくやつがいるんだよ。しかもスゲェスピードで。直感だけどお前もそのタイプだろ。どーせ」
な、なんか褒められているのかけなされているのか……
「まぁ教えないっつったのは今日何回か戦うのを見て、死なないだろうって思ったからだよ。すぐ死ぬほどオソマツならさすがに口出しはしたさ」
「…………」
何だろう。この人表面的には厳格そうだけど内面的には結構いい加減だ。
「で、三つ目フェイだ」
「フェイ……ですか……?」
なんだろう。フェイがこの人の事好きって知ってる以上なんか話しにくい……
「お前一応あいつと何カ月か一緒にやってきただろ。ならお前からも言ってくれ。晶石兵装変えろって」
「え、あのオーバードライブ兵装の?」
確かあの剣、お兄さんの形見で大事とか言ってなかったっけ?
「知ってるなら話は早い。オーバードライブ兵装は扱うのに非常に高度な技量を要する兵器だが、フェイはそれを扱える技量に達していない。だから前から変えろ変えろって言ってるんだが」
聞きゃしねぇ、と天井を仰ぎ見、ため息をつく鋼哉さん。
「そりゃお兄さんの形見なんですからそう簡単に変えないでしょう……」
「なんだんなことまで知ってんのか。なら話が早い。さっきも言った通り、俺は七年前の黒麒角端の討伐に参加した人間だ。フェイの兄、オーリ・ソーヴァに指導を受けたACHでもあり」
そしてここからは本当に他言無用だ。釘を刺し、重々しい口調である言葉を言う。
「そして、黒麒角端と一緒にオーリさんを撃ち殺した人間でもある」
「え……!?」
フェイの兄を……この人が殺した……!?
「どう取ろうがかまわねえよ。関係者や親族なら知ってる話だ。もちろんフェイもな、まぁそんなことはどうでもいい。重要なのは俺にはフェイの面倒を見る責任があるっつーことだ」
だから、と鋼哉さんは続ける。
「フェイがあの武器を使うのはなんとしてでも止めさせたいんだよ。晶石兵装ってのは繊細なモノだ。身の丈に合わないものは実力に枷をつけ、死亡する確率を高くする。だからお前からも言ってくれ」
「いや、あの……俺むしろフェイとは険悪な仲なんですけど……っつーか鋼哉さんが言って聞かないならどうしようもないっすよ」
フェイこの人の事好きなんだし。
「ああ、フェイが俺の事好きだからか?」
飲み物を飲んでたら吹き出してた。
「はい!? ってかそのこと鋼哉さん知ってるんすか!?」
「気づかない方がおかしいだろ、あんなわかりやすいの」
な、なんだか本気でフェイがいたたまれなくなってきたぞ。
「あの、ちなみに鋼哉さんの方はどういう感じなので?」
「……興味本位だろうけど答えてやる。付き合うつもりなんぞあるわけねーだろ。っつーかオーリさんの墓前でどう報告すりゃいいんだ。アンタを殺した人間ですけどアンタの妹の恋人始めました。とでも?」
ああ、なるほどね……。
「でも、あの、言っちゃなんですけど、その事情とフェイの感情って別じゃ……」
「あ?」
「すいません、出過ぎた事でした……」
ダメだ、諫言をしようにも怖すぎる。
「ま、俺が言いたいのはそれだけ……」
「あっいたっ!」
唐突に、快活な印象を与えるそんな声が俺の背後から聞こえてくる。
振り向くと、そこにはふわふわとした茶髪の女性……宝生さんがいた。
「師匠と鮫君じゃん! 何話してたんですか?」
「……いや、なんでもねぇよ。何か用か? 宝生」
「あー、実をいうとですね、鮫君を案内したいというか……ぶっちゃけ勧誘したいというか……お邪魔でした?」
「いや、今終わったところだ。勧誘するなら止めねぇよ、だけどあんまりしつこくすんじゃねえぞ」
そう言い、鋼哉さんはあくびを一つし食堂を出ていく。
「どこ行くんですか―? 師匠ー」
「寝る、12時間連続勤務だからな、8時間したらまた戻るからそれまでキッチリ守っとけよ」
それを最後に鋼哉さんは手をひらひらと振り姿を消す。
「さて! じゃあさっきも言った通り勧誘なんだけど、時間良いかな? とりあえず私たちの仲間内だけでも紹介したいんだ!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
◇◇◇