#3【その 博士ったら】
あぁ、何ということだろう。ヤッパリ。ヤッパリそうだったのだ。
この目の前にいる奴のチャーシュウみたいにゴツゴツした腕。どっかの改造人間みたいな無理矢理な胸筋、そして腹筋。まるで歩くギリシャ神話だわ。ヤバイわ、こんなの!
目だって尋常じゃない。若いとき金沢まで行って見た輪島塗を半分に割って逆さまに取り付けたような虚ろなマブタ。蒼みがかったエメラルドみたいに透き通った瞳をしてるけど、そんな綺麗な瞳なものだから、かえって吸い込まれそうになるほど恐い!
時々そんな半開きな目で睨みつけやがる。怖いったらありゃしない! それよりこいつモヒカンだ。
ううん! それより何より、コイツはいっつも上半身裸じゃないの! 大体“これ”がまともな奴であるわけがないじゃない!
名前だって変だ。コイツの名前は『ジャン・バチスト・ブンドール』という筈だ。そうコイツのパスポートに書いてあったのよ。それなのにコイツったら「Oh! ワタシノナマエハ『オゲル』トイイマース!」だなんて言って睨みつけたんだ。いや、睨みつけたんじゃないかもしれない。でもコイツの目はハンパじゃなく恐いのよ! だから従うしかなかったのよ! だからその日からコイツの名前を『オゲル』と呼ぶようになったのよ!
そうだ思い出した。思い出しましたとも。ああ、六年間も一体私は何をしていたんだろう。なんでこんな事に気づかなかったのだろう!?
考えてもみなさい。身長が三メートルと八センチもある一般市民がどこにいるというの? 地球にそんなの存在するの? どこのどういう所に行けば会えるというの? ボクちゃんが知らないだけ? うーん、ボクちゃんの世間知らず!
いくらボクちゃんが、子供のころから『神童』なんて呼ばれて青い眼の異人さんにメリケンに連れて行かれたからって。いくら十才のときにハーバード大学を卒業しちゃったからって世間知らずだなんて思ったら大間違いだわ! ボクちゃんだって苦労してるのよ!
日本に帰って来た時、両親は隣りの権蔵じいさんに三十円の借金が返せないから、なんて置手紙なんかして失踪しちゃったりして。だから大嫌いなリンゴを山ほど仕入れて果物専門店を作ったのよ! 11才の時……。
ああ懐かしいわ。『少年フルーツ:ニュートン』。
そうよ、あれは売れに売れまくったわ。みんなバカだから、
「これはかの有名な科学者ニュートンが万有引力を発見したときに落ちたリンゴの種から栽培された、由緒正しいリンゴなのでしゅ! てへ」
なんて言っちゃったりしたら、もうバカ売れ。商売なんかちょろいもんね。有名人の名前付けりゃウ○コだって売れちゃうんじゃないかと思ったくらいだわ。
でもその後がまずかった。調子に乗って二件目に手を出しちゃったのよ。『うま○棒専門店:斜塔』。なんてったって仕入れ過ぎたのよ。今度は「野口英世博士が黄熱病の研究のときこれにレンズを付けて細菌を覗いてたんでしゅ。てへ」っていうのはちょっとやりすぎたわ。有名人の名前付けりゃ売れると思ってナメテた。せめて「一休さんが和尚さんの毒入りの壺の中味を平らげちゃったのがこのメンタイコ味でしゅ。ニャンニャン」ぐらいしとけばよかったのよ。あぁ大失敗!! 人生の汚点ね。あれで当時三百億リラの借金を作っちゃったんだわ!
……なんて。
博士は遠い目で感慨にふけってしまっていた。年寄りは、ホント、たまにこうである。
「Oh! ハカセ。シロメムカナイデクダサーイ! モットなじってクダサーイ!」
オゲルは未だ赤くなり、モジモジしている。