#2【その オゲル君の発明、博士の憂鬱】
そんなある日、草木も眠る丑三つ時のことである。『マッド軍曹』こと松戸博士は、痩せこけたその身体を落木のようにベッドにあずけ、とがったアイロンの先のような赤い鼻を雷のように響かせて、深い深い眠りに浸っていたのである。
そこにいきなり、
「ドクトール! ドクトール! ドクトールぐんしょー。オキテクダサーイ!」
と、冬眠していた熊も飛び起きるほどのドデカイ声。ベニヤ板にカラーコピーで施したロココ調の扉は、瞬く間に倒壊した。そして、否応なく加齢臭が漂う抹香臭い寝室は、途端にベニヤ板の木生臭い惨状と化した。
博士は、まだくっついて離れないマブタをこすりこすり。某○イクマの見切り品で買った、ダイナミックなブルーのナイトキャップのぽんぽんが、ユラユラと揺れている。
「もう、なんなのよ……。ボクちゃん今、ものすごーいクラゲサラダの夢を見ていたのよ。それを邪魔するなんて、あんた本当にオカチメンコなんだから」
なんともわけの分からない起き抜けの一言である。
「Oh! ドクトール、寝ている場合じゃアリマセーン! 完成シマシタ。ツイニ完成シタノデース」
声のデカイ男は、ついでに体も飛び切りでかくて、身長が三メートルと八センチあった。
しかも大男は芭蕉扇みたいなデッカイ手で、博士のヒョロい肩を揺さぶったのである。
「うがががががが……」
これには博士も堪らない。震度7のような揺れで脳天をガクガク。ほっそい首をボキボキ。
「はがががが……ひふぅ。もうっ! なにすんのよ、このインチキフランス人!! ボクちゃん死んでしまうじゃないのよ!! 大体アンタ、ボクちゃんの名前は“ぐんそう”よ。“ぐんしょ〜”じゃないんだから! よく覚えといて!!」
博士はピョーンと飛び上がって、頭からやかんのように湯気を出した。飛び上がった高度はなんと三・六フィート。何ともお若い七十七才である。
しかしこの、博士の眠りを妨げた大男も大そうなものである。人並外れた体格もさることながら、この気構え。
六年前のある日、
「田舎ニ一晩ダケ、トメテクダサーイ」
なんて言って博士の家を訪ねてきて、ちゃっかり今日まで住み込んでしまった。
しかも観光ビザだけで……。
「それよりコイツ地球人かしら……?」
なんて博士は心配なんか言って見ちゃたりなんかしちゃったりして、パスポートの写真を見てみると、全然顔が違うじゃあーりませんか。
「アンタ、随分とパスポートの写真と顔が違うじゃないの?」
とか言っちゃったりしたものの、何だか恐くてそのまんまになっちゃったのです。
「オゲルちゃん! あんた今何時なのか分かってんの? 二時よ夜中の二時! エキセントリックな良い子はもう寝る時間なんだからぁ!」
松戸博士は声が裏返り、少女みたいなツンツン声で大男をなじった。
「Oh! ぐんしょー! イタミイリマース!モットなじってクダサーイ!!」
オゲルは顔を赤らめモジモジした。はっきり言って気味が悪い。いやそれを通り越して恐い。
「あんた何感じてんの? もう、変なとこマニアックなんだから。アタシは男なんだからデレデレなんかしないんだからね!!」
「Oh! Oh! ハカセ、タマラナイデース! ボクのホシではオトコもオンナもセイベツもナイデース!」
博士は色んな意味で青ざめた。身震いを起こす前に、色んな危機を感じた。
「はぁ!? オゲルちゃん今なんて言ったの? あんた設定ではフランス人でしょ? 星って何よ、星って!?」