#15【その 春宵一刻のまどろみの中で】
その響き渡る声――博士の叫び声は、彼の最後の獅子奮迅を飾るに相応しい機体を呼び寄せました。身長57.1メートル、体重550.1トン。巨大な姿で空を駆け、荒れ狂う海原さえにもビクともしないだろう無敵の姿をしていました。
「来たわね! ボクちゃんの最後にして最高傑作! その名も『パイターン3』!」
そう、それは正に松戸博士の最高傑作です。その名前がどこかで聞いた風なものではありますが、その容姿もどこかそれを彷彿とさせています。やっぱり松戸博士ですね。パクリは御手の物です。でもそれはちっとも恥ずかしいことではありません。だってやってしまえばこっちのものなんですもの。勝てば官軍。結果オーライ。アンタが大将! 有名になってしまえば何でもあり! その事は博士がまだ子供時代に経営していた『少年フルーツ*ニュートン』で学んだのです。
――そうよ、そうなのよ。ボクちゃんはこの年になるまで色々学んだわ。一番目の商売では『有名人の名前さえ付け加えさえすれば、○ンコだって売れちゃうんだ』って事をね。あの時ボクちゃんはね、お金がガッポリ儲かった事が嬉しかったんじゃないの。ちょこっと町の人達に名が知れ渡った事が嬉しかったんじゃないの。尊敬する科学者ニュートン博士の名前でリンゴが売れたから嬉しかったんじゃないの。ボクちゃんが本当に嬉しかったのは――人類は皆、愚かな生き物だと知ったから嬉しかったのよ。
ボクちゃんはそれまで、この人類稀に見る“イカした頭脳”のお陰でおいそれと周りの人達とは話が合わなかったのよ。それは血を分けた肉親然り、幼児期を同じくした友達然り、怒涛の飛び級で渡米した時に出会った学友然り。みんなボクちゃんのその“頭脳”の前に分厚い壁を造ってしまっていたのよ。でもね……。あのリンゴが見る見る売れていった時感じたの。ああ、なんて人間は素直な生き物なんだろう! なんて純粋な生き物なんだろうってね。
変に気取ってタキシードを着て沢山買いに来る客もいたわ。
ウイスキーの特用ボトルの空き瓶に小銭一杯貯めて「これで買える?」とか聞いてくるこんなちっちゃな子供もいたわ。
老後の少ない年金で、「冥土の土産」とか言って買いに来るおじいちゃんおばあちゃんの姿もあったわ。
その時ボクちゃんは思った。――人間て皆おんなじなんだ、どんな格好してようが、どんな経緯で育ってこようが、どんなに気張っていようが、怠けていようが、美人であろうがなかろうが、そんな事関係ないんだって事をね。そう! 人間なんてみんな馬鹿なのよ! 大馬鹿なのよ! ホント、どうしようもない馬鹿ばっかりなのよ! もう、ホントバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカアァ! 地上は馬鹿の巣窟!! そしてね。このボクちゃんも皆と同じ馬鹿!! 大馬鹿三太郎なのよ!
その時……その時感じた親近感ったら嬉しくて嬉しくてもう――反吐がでそうだったわ!!
「こんなクズ同然のゴミ虫どもと生まれてきたカテゴリーが同じだなんて何かの間違いだわ!!」
――ってね。
ククク……そうね、それは何かの間違いよね。こんな愚かで、くだらなくて、我がままで、身勝手で……そんな“生き物”として生まれ出て来てしまった“ボクちゃん”は間違いなのよね。――だから……だから……だから!! あえてアンタ達人類の記憶を抹殺すると心に決めた! そして宣言した! だから茗荷なのよ。そう茗荷、あの茗荷なのよ!
ほらよく言うじゃない。
「茗荷を食べると、よく忘れ物をする」
――ってね。
だからこの地上を、この世の中を茗荷で埋め尽くす! この地球をこの世の全てを素敵な『茗荷』で埋め尽くしてしまいすれば、この全ての人類の記憶が失くせる!!――そういう算段だったのよ!
――だけど祐天寺。アンタはそのボクちゃんの理想を邪魔した。いいえ! ことごとく踏みにじったのよ!
ここへ来て知った。この【オーラ・ムンド】に来て解かったわ。ここに有象無象の雁首揃えただけの様な戦闘員。その戦闘員のみんなだっておのおのが皆の理想を果たさんが為に頑張っているの。
それを何!? 一生懸命茗荷を植えている所を、後ろから撲殺!? 一所懸命茗荷を栽培している所を、真上から圧殺!? 酷い! 酷い! 冗談じゃないわ! ボクちゃんは人類の記憶を消してしまおうとはしているけど、殺してしまおうなんて言っていない! 殺してなんかもない!――だけど、だけど……キサマッ! 祐天寺秋嗣、アンタはやった! 正義とか何とか言っちゃったりして、結局自分の発明や理論が凄いってとこ見せたくてボクちゃん達……いいえ、健気な戦闘員の方々の仄かな夢を踏みにじった、そしてとっても良い国だったこの日本の精神をグチャグチャにしてしまったのよ!――許せない……。許せない。許せないぇ。――うぉぉぉぉぉっ!! てめえらっ、ぜってぇゆるせねぇっ!!
博士の憤懣たる怒りの鼓動が、辺り一帯を震わせていた。それは天変地異にも似た神の断末魔のようでもあった。山は裂け、大地はおどろどろしく唸りを上げた。海は荒れ、空が雷鳴と共に豪雨の涙を轟かせていた。
そんな中、マッド軍曹が最終兵器『無敵凡人パイターン3』が仁王立ちしている。
――『パイターン3』
それは「塩」「味噌」「醤油」の三位一体から成る『宇宙味付け三大理論』の究極の進化形態であった。イノシン酸、グルタミン酸、コハク酸、グアニル酸等の各種旨み系アミノ酸・核酸が融合進化合体し、その相乗効果によりそれまでの数万倍のパワーを誇る物質に生まれ変わるという偉業を成し遂げている。
ある人は言った――
「ラーメンは、『ブタガラ』『トリガラ』『人柄』」
――だと。
そう、その名言を元に考え出され、あらゆる試行錯誤を繰り返し開発されたのが、この『パイターン3』なのだ。
山野の恵みを存分受け、健康に育った地鶏のガラを丁寧に水洗いし血生臭さを取り、広大な大地で存分に自然の愛をそのボディに蓄えた豚の骨をこれまた丁寧に水洗いし、無農薬の丸のままの野菜などと一緒に鍋で煮込むこと480時間。その宝珠とも侮りがたい究極極まりない液体を、マッド軍曹特有の調合で混合されたレアメタルの粉末で混錬する。その後は幾度とも幾度とも叩きつけ、エア抜きを行い、成形をする。それは体力と根気の要る作業。そして最後は摂氏5000度にも及ぶ炉で58時間もかけて焼き上げるのだ。窯からむせ返るようにして立ち上る芳しき香気。その至宝の香気に魅せられて、何百人の“戦闘員”が腹を鳴かせた事か! ううん! そんな事知ったこっちゃない。だが、それはある意味“戦闘員”達の魂の叫びでもあった。何故なら、その焼かれているものは、“戦闘員”の給食の予算を削ってまで造られていたものだからだ。
「そうよ! そうなのよ。この『パイターン3』の装甲は、みんなの夢の塊なのよ。魂の現れなのよ。そんな機体があんな『ドナイダーロボ』なんかに負けるものですか! いいえ、負けるわけにはいかないのよ!」
気合十二分といった具合のマッド軍曹の瞳は狂った太陽の如き輝きを見せ、いわんや絶滅せんが如き突進して来る祐天寺軍団――ジャンガラ戦隊へと駆けて行った。
「行くずぉぉ!! とぅりゃぁぁぁっ!!」