#14【その けちょんけちょんな夢は】
――はぐっ! はぐっ!……
「ハッ!!……ゆ、ゆめ? 夢だったの?」
博士は、かの研究室の床に、コンニャクのように突っ伏していた。どうやら眠ってしまっていたようだ。よもやだらしないお口からは、ダラダラと涎が垂れている。――ホントだらしない。
ジュルルル……と、よだれが床一面に、滝のように流るる。
「な、なに? なんなのこの展開。前回の“アレ”は夢だったとでもいうの?……ものすごい悪い夢見だったわ。――それより、酷い作者ね。今どき夢オチを使うなんて。最低ね!」
…………。
未だ作者に話し掛ける、非常識な博士は、辺り構わず見えない誰かとお話しているようだった。妖精さんでもいるのでしょうか? まるで、駅構内によくおわします“アブナイおぢさん”みたいでちょっと恐いので、少し放っておきましょう。
「フン! 何が“創造主”よ。このへなちょこ作家め。ド素人め。間合いが甘いっての! バカとは違うのだよ、バカとは。ボクちゃんみたいな天才に、喧嘩を売ろうってのは三百万年早いっての!」
しつこい。
非常にしつこいおっさん――松戸博士は、氷のように冷たい床からスックと立ち上がり、胸元がはだけそうになるくらいふんぞり返ってみせた。いまさら“チョイ悪オヤジ”なんか流行らないのにね。
その時だった――
博士の痩せこけた頬の横を、霞のような、それでいて空気を圧縮したような冷たい風が一筋、空を切り裂くように通り過ぎた。
「ひいふっと!」
それはキレのよい音と共に、堅いコンクリート張りの床に見事に突き刺さった。博士は、予想だにしないその凄まじい風圧に、体を棒がビリビリ震えるように立ち尽くした。
(アララ……。ちょっこっと、ちびっちゃった)
恥ずかしい。まこと恥ずかしき、かの博士。しかし博士は気を取り直し、その床に刺さったものを確認した。
「な、これは……」
それは正しく、矢文型のボイスレコーダーであった。博士は、矢に携えられた装置を器用にむしり取り、その音声の内容に聞き入った。
『ディア松戸博士。ご機嫌如何かな? さぞや己の才能の無さに、心を痛め、枕を恥ずかしい液体で濡らしていることだろう。(おもわず赤面……)
さて本題だが、我々は一時間後に、へなちょこ秘密結社【オーラ・ムンド】の基地を全面攻撃する。我らジャンガラ戦隊、そしてドナイダーロボが吶喊せり。キサマらの茗荷帝国の野望はここで潰えるのだ。アハハハハ! そしてキサマらを倒し、ジャンガラ戦隊が勝利した暁には、竹の子王国を建国するのだ! 醤油と砂糖で甘辛く煮込んだものを、白米と炊き込んだ筍ご飯。旬の頃、柔らかい穂先を天麩羅で揚げて、塩をちょいと付けてほお張るも至福。海の香りプンプン匂う採れたての若布とで味付けした若竹煮もオツだ。う〜ん、筍最高。茗荷なんか絶滅してしまえ。茗荷滅殺。死して茗荷、拾うもの無し。茗荷なんかクソ食らえ。それにひきかえ筍最高。筍万歳。ジークタケノコ。ハイルタケノコ。欲しがりません茗荷だけは! 勝たなくても欲しいですタケノコだけは! ラヴラヴミンキータケノコ、お願い聞いて。ウッフン!ベーだ。
世紀の大天才大発明家――祐天寺秋嗣より』
「お、おのれぇ――祐天寺めぇ!」
松戸博士のその顔は、まるで釜茹でにされた悪鬼羅刹のように、赤く赤く染まっていました。素敵です。一応付け加えておきますけど、博士は照れているのではないのです。怒り心頭に発して、もうプンプン状態なのです。そりゃそうでしょう。こんなおちょくった手紙貰ったら、誰だって怒りますよ。
「否! 断じて否! タケノコが、なんぼのもんじゃい! 神聖で崇高たる芳しき御霊『茗荷』を馬鹿にしくさってぇ……。こうなったら、けちょんけちょんに返り討ちにしてくれるわ!」
けちょんけちょんて……。昭和っぽい……。兎に角博士は、最近聞かないような言葉が流暢に出てきてしまうくらい憤怒を露わにしています。ちょっと素敵かも。
それはそうと、これからどうするのでしょう? あのマッド軍曹の強敵、あの茗荷帝国の最悪な天敵、天才祐天寺博士とジャンガラ戦隊ドナイダーたちが、この秘密基地を全面攻撃してくるというのです。
ああ、とうとうこの日がやってきてしまいました。とうとうこんな最悪の日がやってきてしまいました。どうしましょう。どうしましょう。あの祐天寺博士の造った『念仏スピリチュアル因果サイクロンシステム』に、またやられてしまうのでしょうか。また、ぎったんめったんにされてしまうのでしょうか。今度やられたら松戸博士ならず、隊員のみなさんや、サド総帥なんかも一貫の終わりなのです。最後なのです。
「フフフ、心配は無用之助(古っ!)。当たり前田のクラッカー(古すぎっ!)。何である、アイデアル(だから、生まれてないっつーの!)。ボクちゃんにおまかせよ。この新作さえあれば、今までのようにはならないわ。――よーし、いくわよ!」
松戸博士は、かの《ハイパーアトミックモーター》に、某有名菓子店『○らや』でちょこっと奮発して買って来た、特上どら焼きをセットしました。
「あ…………」
みるみるうちに、特上どら焼きが吸い込まれて行きます。どんどんどんどん吸い込まれて行きます。《ハイパーアトミックモーター》は、まるで大蛇がウサギを丸のまま飲み込んで行く様に、ぬめりぬめりと、その喉を唸らせています。とっても……素敵です。
「さぁ、手筈はととのったわ! それじゃ、《これ》をセットする自慢のロボを呼ぶとしますか……」
博士はブツブツと言いながら、右手を鋭く天にかざし、若人が如く張りのある大声で“それ”を呼びました。
「パイターン、カームヒアッ!!」
さて。
この作品を、どこかの賞に出そうかな。
「出せるか!」