#10【その 力の源、静かに……】
博士は飛び起きました。海面から勢いよく飛び出るフライングフィッシュのように、ビョーンてな感じで飛び起きました。
その博士の起き上がり方は、途轍もなく重力と言うものを無視したような起き上がり方でした。腕とか足とか全然使わなくって、体全体が一本の棒のようになり、それがそのまま立った……ってくらいの起き上がり方でした。
おまけに目も飛び出ていました。鼻汁も飛び出ていました。お髭も一直線に伸びていました。素敵です。でもなんでこんな風に博士は驚いているのでしょうね。きっとそれは……
「ちょちょちょちょちょちょちょっとぉ!! オゲリちゃ、じゃなかった……オゲルちゃん! それどうしたのよ! アンタそそそそそれ、それ、それ……」
その博士の動揺ぷりったら、とにかく半端なもんじゃありません。そりゃ博士は今の今まで何度となく動揺と恐怖と妄想の繰り返しでしたが、今回のはそんなもんじゃないって事なのです。酷く動揺してるって事なのです。
「OH! ハカセ! コレハワタシノ自信作。『虫歯なくす君《竜一号指令》』デース!」
オゲル君は、何だか満足げにそれを見せています。オゲル君のその大きくってゴツゴツしていて素敵色の手の中にある物は、ちっちゃくって儚げで、それでもってもの凄い力を秘めているように見えました。その発明品を見せているオゲル君のその表情は、しっとりとしてまったりとして、とても素敵色のモアイ像のようです。でもその博士ったら……
「ちょっとちょっと! それどこから見つけてきたの!? それはボクちゃんが以前発明した《ハイパーアトミックモーター》じゃないの!」
博士はそう言いながら、ちょっぴりちびっちゃいました。もうお年なのだから膀胱が緩んでいても仕方がないのですが、それでも何だか恥ずかしいです。後でパンツを脱ぐときショックを受けなければよいのですが……。
でも博士はそんなことはお構いなしのようです。だって股間の辺りなんて全く気にしていないんです。それより何より、博士はオゲル君の発明品のほうに釘付けになっています。
「あああああああんた! そそそそそそれが何なのか分かっているのでしょうね! そそそそれは……!!」
そうそれは……す、素敵、色の……
(えーと、ナレーション、タッチ交代です!)
(ええーっ!?)
――そう、それは博士。つまり松戸群荘ことマッド軍曹が若かりし時代。世界をこの手に治めようと野望という名を研ぎ澄ませていたあの頃。我が名をこの手で世界に知らしめ給う頃の話だ。
そうあの頃、彼は地下秘密組織【オーラ・ムンド】のサド総帥の下で働いていた。
しかし、その行く手を阻むジャンガラ戦隊ドナイダーの抵抗にあい、その野望も風前の灯となっていた。
何としてでも。何としてでもこの世界を茗荷のいっぱい生えた素敵王国に作り変えたい! 大好きな茗荷のあの香りの中でこの一生を添い遂げたい!
きざんでそのまま醤油をかけて食べる茗荷。
そうめんの薬味にして食べようっていう茗荷。
味噌をつけてそのシャキシャキ感を楽しんでしまう粋な茗荷。
いや、天麩羅のあの独特の風合いもたまらない! 甘辛い酢味噌で合えた“ぬた”なんかもかなり“おつ”というものだ。
ダメだ! ダメだダメだダメだダメだダメだ! ダメデッ痛っ!(舌噛んだ)あいつら何かにボクちゃんの大いなる夢を砕かれてなるものか――!!
とまぁ、そんな熱い心を胸に抱いて世界征服を目論んでいたのだった。
だが、あのジャンガラ戦隊ドナイダーはかなり強敵だった。あの念仏踊りの傍若無人な攻撃は流石の博士のコイヘルペスロボの力を持ってしてでも歯が立たない。あのパワーの源はなんだ? あの祐天寺博士の造ったジャンガラパワーの源は何なのだ!? 松戸群荘博士ことマッド軍曹は悩んだ。おおいに悩んだ。
「ボクちゃんは、あの坊主頭のへなちょこ科学者に負けているとでもいうの? あのへなちょこオカルト科学者に劣っているとでもいうの? そんな事はないはずよ。そんな事はないはずよ! ボクちゃんにだって、ボクちゃんにだって……」
その時、博士の後ろからこの世の者とは思えない力の湧いてくるような声が聞こえてきた。
「あせりすぎよ。だからいけないの……」
「パワーがダンチなんだよ。そんな時はどうすればいい?」
その何処からともなく勇気付けてくる声は、さっきビデオで見ていた某ロボットアニメのラストシーンだった。マッド軍曹は、その物語のファンだった。
しかし、マッド軍曹は気にしなかった。その台詞と共に復唱し、入り込み、叫んだ。
「よーぉっし! ボクちゃんのこの頭脳をみんなに貸すぞ!!」