ダブルベッド
部屋まで、ふたりとも黙って歩き続けた。
部屋の鍵を開けて、ふたりで中に入る。
先に入った誠は、部屋の様子を見てがっくりと膝を折った。
「どうしたんですか? 師匠」
「これ……」
誠の指を差した先を見て、まどかもすぐに意味を理解した。
ツインではなく、ダブルベッド。
大きなサイズのベッドがひとつだけ部屋の隅に置かれていた。
「……僕がソファーに寝ますから」
「師匠」
「なんですか?」
「私と同じ部屋は嫌でしたか?」
まどかの意外な質問に、誠は慌てながらも必死に否定した。
「そっ、そんなことありえないです! ただ、変な噂でも流れたらまどかさんに申し訳なくて……」
「有り難うございます。でも、私は気遣いよりも、一緒の部屋になるのが嬉しい師匠を見たいです」
「まどかさん……」
「いつも私が先走ってばかりで……不安になるんです。気持ちを押し付けているだけじゃないかって」
「そんなことないです。僕もいつも同じ気持ちです」
まどかはじっと誠の目を見てきた。
「じゃあ、ベッドはどうしますか?」
「うっ……」
まどかは何も言わずに、待っている。
正直な気持ちを言って欲しいのは解る。
誠は恥ずかしい気持ちを抑えこみ、何とか本音を伝えることにした。
「その……一緒に……ベッドで寝ませんか?」
誠も耳まで赤くなったが、まどかも同じように赤くなる。
でもその表情はなぜか、嬉しそうに見えた。
「恥ずかしいから駄目です」
「えっ……」
「でも、師匠のことは信頼しています。許可します」
まどかは恥ずかしそうにそうつぶやいた。
まどかの表情に、誠は思いっきり心を鷲掴みされたような感触を覚えた。
その表情だけで、3日間は幸せな気持ちになれそうだ。
誠は思わずまどかを抱きしめ、まどかもそれを嬉しそうに受けてくれた。
抱きしめたまどかから、ほのかなシャンプーの優しい香りがする。
この温かな、柔らかい感触を離したくなかった。
いつまでも抱きしめていたかったが、扉がコンコンとノックされ、扉の向こうから桜の声が聞こえてきた。
「えー、いちゃついてるところ申し訳ありませんが、用意ができたらフロントに集合してください。コンビニに行って花火を買いましょう」
こちらの様子が見えるはずもないのに、そう桜はそう伝えてきた。
「はっ、はい!」
誠がまどかを抱きしめたまま、返事をした。
どこからか見られているんじゃないかとあたりを見渡したが、当然部屋の中には誰もいない。
ふたりはゆっくりと離れた。
「用意して行きましょうか」
すっかり機嫌の治ったまどかが、いつもの笑顔で言った。
「そうですね」
誠も笑顔でうなずく。
「手、つなぎましょうか」
「そうですね」
ふたりは手をぎゅっと握り合った。
こんなことでまどかの笑顔が見られるのであれば、一生だって握っていたい。
誠は心の底から、そう思う。
いつもこの笑顔が横にありますように、と誠は神様に願った。
潮風が香る道を歩いて、みんなで近くのコンビニにやってきた。
桜が「やっぱり海といえば花火でしょう」と言い出したのがきっかけだった。
それぞれに欲しい物もあり、8人で騒がしく店内で買い物をしていた。
桜もお目当ての花火をたくさん見つけて、どれを買おうかと悩んでいる様子だ。
特に買うものもない誠は、先に外に出ることにした。
「誠、ちょっと」
外に出ると、曜子が手招きして誠を呼んでいる。
「なんですか?」
誠は素直に曜子の近くに寄って行くと、曜子はレジ袋を差し出した。
「はい、これ。プレゼント」
「なんですか? 中身は」
レジ袋を受け取ったが、中の物は意外に軽い。
四角い箱だが、何かのお菓子だろうか?
「今あけちゃ駄目」
「何でですか?」
曜子が小さな声で注意してきたので、誠もつられて小さな声で聞き返した。
「コンドームだから」
「…………え?」
誠の身体が固まる。
「可愛いまどかと一晩同じ部屋でしょ。何があるか解らないから、持っていなさい」
曜子はいたって真剣な顔つきで、誠に話してくる。
誠はかぁっと顔が赤くなるのが解った。
「いりません!」
誠はレジ袋を曜子に押し返したが、曜子がまたそれを誠に戻す。
「今日は要らないかも知れない。でも、いつかは必要かもしれない。そんな時、まどかに辛い思いをさせたくないの。解る?」
そこまで聞いて、曜子がからかっているのではなく、真剣に心配してくれているのが解った。
万が一、理性の歯止めが効かない日が来たとき、まどかが妊娠してしまうことがないように。
まどかも周りの人も傷つけないように、という曜子なりの心配しての行動のようだ。
それにしても、女子がこれを買うのには勇気が必要だっただろうに。
それも自分が必要なわけでもないのに……。
誠はレジ袋を押し返すことができなくなった。
「解ったみたいね。いくらふたりが奥手だからって、まどかだってもう生理は来ているし、誠だってまどかの水着姿を見てドキドキしたでしょ。ふたりとも準備は出来ているの」
準備ができている。
曜子の言葉に、誠の心臓がどきっと鳴った。
「結婚するまで我慢できるかどうか解らないし、決して悪いことじゃない。ふたりとも両親にも認められているんだし、高校生なら興味を持つのも自然なことだし」
悪いことじゃない、自然なこと。
曜子の言葉がひとつずつ、誠の胸に落ちていく。
「ただ、妊娠はまだ避けたほうがいい。誠はまだ結婚できる年齢でもないし、養うことも出来ない。まだ責任をとれる年齢ではない、ということ」
曜子の言葉に、誠もうなずいた。
まったくその通りだと、誠も思った。
「だから、持っていて。使う日がいつかは解らないけど、私は男の方が持っているべきだと思っているから」
「……解りました。いつも、有り難うございます」
「しかし、私も経験ないのに、何でこんなところまでサポートしなくちゃいけないのか解らないよ」
曜子が苦笑いしながら、そうつぶやく。
「僕にとって、曜子さんは恋愛の師匠です」
「恋愛の経験もないっての」
「でも、いつもアドバイスをいただいています」
「ふたりでいると見えなくなることもあるからね。まあ、まどかとの付き合いも長いし」
「本当に有り難うございます」
誠が頭を下げると、曜子は笑いながら手をひらひらさせた。
「とにかく今夜、キスぐらいはしなさいよ」
「……はい」
「まどかも待っているから。解ってるよね?」
誠は何度もうなずいた。
「頑張ってね。みんなで二人の恋を応援しているから」
「はい」
コンビニからまどか達が出てきて、ふたりを見つけた。
「あれ、もう出ていたんですか?」
「うん。みんな遅いよ」
「桜が、なかなか花火選びを止めなくて」
見ると、桜が嬉しそうに花火のセットを抱えていた。
満足いく買い物ができたようだ。
「じゃあ、帰りましょうか。そろそろ夕食の時間よ」
「そうだ、お腹すいた!」
「桜。せっかく綺麗でスタイルもいいんだから、もうちょっと女の子らしい言動しなさいよ」
薫子が困ったように桜にアドバイスをおくると、みんなからさざ波のような笑いが起きた。
「素直な私がいい、っていう人を見つけるからいいの。思ったことを口にしているだけだから直らないって」
「だから、もてないのよ」
薫子の容赦ない一言に、今度はみんながはっきりと笑い声を上げた。
桜は納得行かない顔つきで、ぶつぶつとつぶやいていたが、みんなの笑い声でかき消され、そのつぶやきは誰の耳にも届くことはなかった。




